俺以外、みんな不死身の異世界

ちびまるフォイ

本年も長生きできますように

剣と魔法の世界にやってきた主人公だったが、

思った以上に高齢者ばかりの世界でげんなりしていた!!


「先んじて可愛い子がいないか町を透視してみたが……。

 なんだこの異世界は……。高齢者ばかりじゃないか」


素敵なハーレムを期待していた主人公は下唇を噛み締めた。

そんなとき、草陰からゴブリンのたすきを下げたコボルトがとびだした。


「出たな魔物め!! ぶっ殺してやる!!」


この冒頭の戦闘がのちのちの展開に関わるであろうことを

異世界小説大好きな主人公はとっくに把握済みで魔物をちゅうちょなく両断した。


「フッ、この世界でも俺は強すぎるようだ……力を抑えてもこの差か」


自分の力に酔いしれていたのもつかの間、分断された魔物の体はくっついて元通り。

ふたたび主人公に襲いかかってきた。


「ど、どうなってる!? 誰か蘇生魔法でも使ったのか!?」


主人公が炎魔法でケシズミにしようが、氷魔法で凍死させようがすぐに復活してしまう。

圧倒的な力量差にも関わらず不死身というだけで主人公を恐怖のどん底に叩き落してしまった。


「うあああ! ごめんなさいごめんなさい!!」


たまらず主人公は移動魔法で近くの村にとんでいった。

モガースの村にたどり着いた主人公は息も絶え絶えに、さっきのことを話した。


「あのっ……あの森にいる魔物はやばいです……何をしても死なない。絶対に近づいちゃダメです……!」


主人公の命がけの訴えだったが、村のおじいちゃんおばあちゃんははてな顔。


「なんじゃ? もうちょっと大きな声で」


「だから! 森の魔物が危ないんですって!!」


「なんて?」


「も・り!! ま・も・の! し・な・な・いーー!!」


「なんじゃそんなことか。そんなの当たり前じゃないかぃ。見んさい」


村長が指差した先ではちょうど肉屋さんが鶏をしめようとしているところだった。

首をおとした鶏は、首から胴体を再生してしまった。

胴体は美味しそうに揚げられている。


「うそだろ……へ、へんな魔法がかかっているとか……?」


「そんなものじゃない。単に死なないだけじゃよ。この世界の生物はみぃんな不死身じゃ。

 不死身の生き物を口にした瞬間、みんな不死身じゃ」


「あの魔物も……。お、おじいちゃんも?」


「そうじゃよ。老衰で死ぬかと思っとったが、それもないようじゃ」


主人公はこの世界がどうして高齢者だらけなのか理解してしまった。

ケガもするし、病気も老化もするが、けして死ぬことはなかった。


「お前さん、この村では見ない顔じゃからよそ者じゃろう。

 せっかくだしこの村の歩んできた歴史を語ってやろう。

 わしも若い頃は不死身の体を持て余して戦争をしてーー」


「け、けっこうです!!」


「なんじゃ。どうせ時間はいくらでもあるだろう?」


逃げるように村から出てきてしまった。


すべての生物が不死身なら冒険なんてあったもんじゃない。

死ななければスライム1匹ですら命がけだ。


「はぁ……お腹へった……帰りたい……」


不死身の生物を口にすれば自分も不死身の身体になれる。

同時に永久に続く老化地獄に堕ちるも同然だった。


動物は不死身だが、植物は不死身じゃないようで草をちぎれば再生しなかった。

不死身にならずに食べられるものといえばこの雑草くらい。


およそ食用でない雑草を空腹をごまかすために口に運ぶ。

牛のように草を噛んでいるとき、ふと海の方に沈む人影が見えた。


「誰か溺れてる! 助けにいかなくちゃ!!」


主人公は反射的に海に飛び込んで一瞬見えた人影に泳いで向かった。

海面には持ち物とおぼしき手紙が浮いていた。


「この下か! 今助けるぞ!!」


主人公は海の底を魔法で照らしながら潜水した。

海底を見た主人公の恐怖の叫びはあぶくとなって出た。


(ひ、人がこんなに沈んでる……!!)


海底には重い石にくくりつけられた人間が大量に沈められていた。

空気がなくなっても溺死することもなく、ただ暗い海底で永久に囚われている。


主人公はそのうちのひとりを海底から引きずり出した。


「大丈夫ですか!?」


「た、助かったよ……もう何十年も海の底に沈んでたんだ……」


「とにかく陸へ!!」


海底で放置されていた男はすでに衰弱しきっていた。

自分で泳ぐ力もない人間を引っ張って浜辺にあがると、村の人達がじっと主人公を見ていた。


「お前、いったい何をしておるのじゃ」


「それどころじゃないんですよ! 海の底に人がたくさん沈んでるんです! 早く助けないと!」


「沈めたのはわしらじゃ」

「はぁ!?」


「お前さんが助けたその男、かつて村でいろんな若い女に手を出しては不貞の限りを尽くしておったんじゃ」


「いくらなんでもやりすぎでしょう!?」


「そいつはわしの娘にも手を出したんじゃ! 本当は殺してやりたい!

 だが、わしらはみんな不死身。この世から消えることなどできない」


「だから沈めたんですか……!?」


「殺すことはできなくても、わしら村のみんなの目に届かなくすることはできる。これは村の総意じゃ」


「あ……あなた達は不死身なんでしょう!? 時間はいくらでもあるんだ!

 なのに、どうしてその時間を使って人を許すことができないんだ!!」


「わしらがどうしてそんな不愉快な時間を過ごさなくちゃならないんじゃ。

 不愉快にさせる人間を消したほうがはるかに良いじゃろう」


「単にわかろうとする努力をしてないだけだ!」


「……もういい。これだからよそものは」


村長は杖でどんどんと地面を2回叩いた。

集まった人の中からひときわ屈強な男が前に出る。


「こいつも村に害をなす存在のようじゃ。そうじゃろみんな」


村民全員がうなづいた。

代わり映えしない時間を過ごす彼らにとって主人公という異分子は部屋に入り込んだ害虫も同然だった。


「殺せ! そして生き返る前に海に沈めるのじゃ!!」


「う、うわぁぁぁ!!」


主人公は必死に移動魔法や攻撃魔法で応戦したが、

いくらでも生きていられる村民たちも同じように魔法を使いこなしていた。


村人たちに捕まって地面に組み伏せられると、屈強な男は手のひらに石を持って主人公の頭を何度もぶっ叩いた。

脳を破壊して殺せば、脳がきちんと再生しないかぎり手足は動かない。


「村長! 脳みそをぶっ潰してやりましたぜ!!」


「ようし、それじゃ手足に石をくくりつけるんじゃ。脳が治らんうちにな」


慣れた手付きで手足に重しをくくりつけていた村民だったが、

いっこうに主人公の亡骸が蘇生する気配を見せていないことに驚いていた。


「こいつ……死んだままだ。死んでいるぞ!?」


「本当だ! 死んでいる!! 蘇っていない!!」


「うらやましい!! 死ねたんだ!!」


どれだけ憧れてもけして手に入らなかった「死」が目の前に現れたとたん、

村人たちは嫉妬で半狂乱となり主人公の死体に手を付けた。


「お前たち、なにをしとるんじゃ! やめよ!!」


村長の制止も聞かずに村人たちは主人公の遺体を貪り始めた。

不死身の生物を食べれば不死身になれると知った彼らには、その逆も当然だと考えた。


骨しか残らなくなったとき、村の人達は目の色が替わった。


「さぁこれで死ねるぞ!! 死ねるぞーー!!」


村の人達は嬉しそうに殺し合いを始めた。

けれど、誰ひとりとして死ななないことに気づくのはずっと先だった。

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