新時代の職場
怪獣災害期。
四年前―――−日本の東北地方にて始めて怪獣が確認された日から一年間を、今ではこう呼ぶようになった。怪獣に対する知識が何もなかった事、対処する法案も設備も用意されていなかった事から、最も多くの犠牲者を出した時期である。一説には当時の世界人口の約ニ割、十五億人が命を失ったという。
それから四年が過ぎた現在、怪獣災害期の名前は過去のものとなった。国連は世界各国と協力して怪獣撲滅を行うと宣言。怪獣と戦う時代の幕開けという意味を込めて、以降の時代を『怪獣大戦期』と呼ぶ事にした。
……尤も、そう呼ぶ一般人は殆どいない。
必ずや怪獣を根絶すると政府や国々は語るが、それが成し遂げられそうな様子は微塵もなし。軍は巨大怪獣を駆除しきれず、今では繁殖まで許している。怪獣は最早野生動物のようにあり触れた存在となり、生活は怪獣なしには考えられなくなった。良くも、悪くも。
一般人は今の時代を、『怪獣支配期』と陰口のように語る。もう、この星の支配者は人間ではなく、怪獣達なのだ。
とはいえ人間の支配が終わったからといって、人の営みまでは終わらない。いや、終わらせられない。惨めだろうがなんだろうが、営みの終わりとは死を意味する。誰だって、死にたくないのだ。
だから、社会は世界に合わせて変化した。
「ふぅ。ようやく町に到着ですね」
百合子がしている軽トラックの運転手も、変化した社会では立派な仕事の一つだ。
軽トラックが走る、コンクリートによる舗装もない土の道。両脇に生える草がフェンスの代わりをしているその道の先に『町』の姿が見えてくる。町といっても大きなビルやマンションなどはなく、一軒家が並ぶだけの市街地だ。
そして町に入れば、市街地という評価すら改めたくなるように感じるだろう。
何故なら建ち並ぶ家の殆どが、倒壊した廃墟だからだ。倒壊の程度は様々であるが、部分倒壊よりも、完全に潰れてしまっているものの方がずっと多い。瓦礫が崩れたり、或いは残っている部分が倒れてきたりする可能性もある、危険な場所と言えよう。西に大分傾いた太陽からの光により、静かに舞い上がる粉塵の姿もよく見えた。
そんな場所でも、人の姿はちらほらと確認出来る。
「おーい、茜ちゃん。百合子ちゃん。成果はどうだー?」
「いい感じですよー。ノルマは達成しましたのでー」
「私ら優秀だからね!」
瓦礫の上に居た男の一人から声を掛けられ、百合子と茜は元気よく返事をした。百合子達からの返事を聞いた男は笑い、大きく手を振る。
その男は百合子達との会話が終わると、すぐに自分の『仕事』へと戻る。瓦礫の中から大きなコンクリートの塊を持ち上げると、傍にあった猫車へと乗せていくのだ。そして猫車がいっぱいになると、とある場所へと運んでいく。その場所は市街地の最外周部分。既に無数に積み上げられた瓦礫により、高さ数メートル程度の『塀』が出来上がっていた。
また、瓦礫の中から鉄骨の欠片など金属を見付けると、堀とは別の場所に運んでいく。百合子達が向かうのは、金属が運ばれていく方角。崩れた市街地を軽トラックで走り抜け、瓦礫の山……かつてマンションやビルだった区画の横も通り過ぎる。その後坂道を登っていき、辿り着いたのは開けた公園、だった場所。
公園だったのはかれこれ四年前。今では無数のテントや施設が並ぶ、ちょっとした『都市部』の様相を呈していた。多くの人や車が行き交い、活気に賑わっている。大半の人は作業着やタンクトップなど動きやすい学校をしていたが、一部は迷彩服を着込んでいた。
此処は四年前、ヤタガラスとレッドフェイスの決戦が行われた際に百合子達が避難した防災公園。されどその面影は何処にもない。もっと言えば公園自体が四年前と比べて拡大している。それはこの四年間で、公園の周りにあった建物を取り壊し、公園自体を拡張した結果だ。全ては公園内に都市機能を持たせるために。
「……此処の公園も随分と様変わりしたよね」
「なんですか唐突に。まぁ、確かに昔とは何もかも違いますけど」
茜の独り言に、百合子は同意しながら過去と今を振り返る。
怪獣の存在により社会は大きく変容した。度重なる怪獣の襲撃による経済不安、生活物資の不足による市民のフラストレーションの蓄積、貧困による犯罪増加で警察は人員不足……様々な要因により治安は著しく悪化した。悪化した治安は更なる情勢不安を呼び込み、負のスパイラルを引き起こす。止めなければ国家体制の崩壊という大惨事に、冗談抜きに繋がりかねない。このような時に役立つのは『軍』であり、日本では警察に代わって自衛隊が治安維持に回る事が多くなった。
そして何より怪獣そのものへの対処。六十メートルを超えた怪獣には核攻撃以外に有効な手立てはないものの、避難のための時間稼ぎなら軍にも出来る。いや、軍以外には出来ないと言うべきか。核攻撃にしても運用するのは軍であるし、ニ〜三十メートルの『中型』怪獣であれば軍もしっかりと役に立つ。むしろ駆除しきれずに増えたからこそ、よりその重要性を増したぐらいだ。
治安維持に怪獣退治。軍の仕事は怪獣出現前よりも大きく増えた。仕事が増えれば、当然出費も増える。加えて武器などの需要も大きく増える事から、銃弾や砲弾の大量生産設備が欠かせない。『戦争』をするには社会構造そのものの変革が必要になる。
百合子達が訪れた此処・元防災公園も、そうした変革の結果の一つ。此処は現在、自衛隊が管轄する『軍需産業都市』の一つなのだ。都市といっても居住区にあるのは
百合子と茜が此処で仕事をしている身なのも、時代の流れを考えれば普通の事なのである。
「――――おっと、もうすぐ工場ですね」
過去を振り返りながら運転していたところ、とある工場のすぐ近くまで来ていたとやや遅れて百合子は気付く。
敷地内の駐車場に他のトラックはなく、がらんとした空間が広がっていた。人気もなく、寂しげな雰囲気だ。
そんな敷地内をしばらく進んでみると、雑多に建てられた施設を目にする。コンクリートで建てられた、横幅数百メートルほどの建物だ。真四角の外観にデザイン性も通気性もなく、兎に角「素早く建物を建てる」という事だけを追求した形。機能性は二の次である。
百合子が運転する軽トラックは、そんな建物内のとある入口へと入っていく。そこには作業着を身に着けた、初老の男性が立っていた。男性は軽トラックの元にやってくると、百合子達に親しげに話し掛けてくる。
「よぉ、お二人さん。成果はどうだ?」
「バッチリだよ。ほら、こんなに」
荷台に居る茜が、同じく荷台に乗っている肉の塊を叩く。男はその荷台にある肉の下に駆け寄ると、じっと観察しながら、手に持った書類に書き込んでいく。
「ふむ。こりゃテッソの肉だな」
そして積んである肉の『正体』を、見事言い当てた。
初老の男性が言う通り、百合子達が軽トラックで運んできたのは怪獣テッソの肉だ。それも死体や何処かから買い付けたのではなく……茜が銃器を用い、自らの力で仕留めたものである。
ではこのテッソの肉をどうするのか? 答えは極めて単純――――食べるためだ。
怪獣により破壊されたのは、都市部だけではない。農地や畜産場も攻撃を受けて破壊された。現代社会において農畜産物は主要な食糧源。生産拠点を破壊された国の多くで飢饉が起きた。それが自国だけの問題なら(尚且つ先進国のように金があれば)輸入量を増すという対応も出来たが、怪獣は世界中で現れている。輸入争奪戦は激しさを増し、結局どの国も必要量を確保出来ない有り様だ。
何処からか食べ物を得なければならない。各国は様々な方法を模索した。例えば山菜の採取、狩猟や漁業、新品種の作成、新農地の開拓……しかし自然から採れる食べ物には限度があり、新品種や農地の開発には時間が掛かる。どの方法も上手くいかない。
唯一上手くいったのが、大量発生した『怪獣』を食べる事だった。
無論抵抗は少なくなかった。今まで何を食べきたかも分からない、変な物質を持ってるかも知れない、何より人間を食べていた生き物なんて食べたくない……しかしそんな様々な抵抗も、『飢餓』という目前に迫った脅威を跳ね退けるほどのものにはならず。今でも好まれるものではないが、緊急避難としてそれなりに食べられるようになっていた。
百合子達の仕事は正にこの食料生産に関わるもの。茜が銃でテッソなど弱い怪獣を仕留め、百合子が車でその肉を『食品加工工場』まで運ぶ。怪獣の食肉化に関する仕事と言うと四年前なら実に現実離れしたものに思えるが、実際のところは生産者と運送業というごくあり触れた職業関係だ。百合子達と話している作業着姿の男も工場勤務の身である。
怪獣を食べてでも、社会を維持する。人間の逞しさは、ある意味では怪獣並と言えるだろう。
「あ、そうだ。これ仕留める時の弾もだけど、RPGの弾も補充したいんだ。バケネコに追われて、逃げるために使ったからさ」
「む、そうなのか……悪いがまだ次の生産予定がないらしくてな。補充は先送りにしたい」
「そうなの? まぁ、まだ弾の予備はあるから良いけど、なんか最近多くない?」
「仕方ないだろ。市街地からの金属産出は今じゃ殆どないんだ。銃弾の生産すら遅れ気味なのに、一般人の『護身用』のRPGの生産なんてしてられんだろ」
……尤も、その逞しさもそろそろ終わりかも知れないと、百合子は漫然と思う。どうにか食糧生産の方法は確立したが、それだけでは足りない。人間の力は文明の力。文明の力を発揮するには様々な物資が必要だが、その物資の生産能力が全体的に壊滅しているのだ。武器を作る力が衰えれば食糧を得られなくなり、食糧がなければ人手を得られず、人手がなければ文明に必要な物資を作れず。悪循環は止まらない。
銃がなければいくら小型でもテッソを仕留めるなんて人間には出来ないし、RPGがなければ追い駆けてくるバケネコに喰われるのがオチ。自分達の命もそろそろ終わるかも知れない。
しかし、希望がない訳ではなかった。
「ああ、そうだ。お前達、『ユミル』の様子を見てきてくれないか? 他の連中がまだ帰ってきてなくて、頼めるのがお前達だけなんだ」
その『希望』の名を、初老の男は告げてきた。
百合子と茜は首を傾げ、訊き返す。
「『ユミル』ですか? 構いませんけど……」
「私も良いけど、なんでまた? 別にあの子なら一人でも大丈夫っしょ」
「お偉いさんからの命令だよ。アイツから目を離すなってな。今は協力的でも、いずれどうなるか分からないからって理由だ」
「……何それ」
茜は露骨に不機嫌さを露わにした表情を浮かべた。これだけで済んだのは、この男を問い詰めても仕方ないと分かっているからだ。彼は、あくまでも『お偉いさん』の指示を伝えているだけ。
そして自分達が『大人』になった事で、お偉いさん達の気持ちも少しだけ分かるようになっていた。自分達も『ユミル』がどんな存在か何も知らなければ、お偉いさん達と同じような考えを抱いたかも知れない。
それに、「目を離すな」ぐらいなら可愛いものだろう。昔に比べればずっと。だから百合子は、そして茜も、腹の中のムカつきを抑える事が出来た。
「ま、良いけど。んじゃ、この肉を下ろしたら会いに行くよ。ユミルは何処に行ってるの?」
「東の山だよ。何時もの狩場だな、多分」
「OK。んじゃ、百合子頼んだ」
「はーい」
軽い返事をしながら、百合子はこれから向かうべき場所の道順を思い描くのだった。
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