第8話

「で、一目惚れした相手に逃げられたってわけか」


 車内の仕事仲間。


「あはははは」


「くそっ」


 車を出る。そう。自分だけが相手の顔を知っていて。相手にとっては、すれ違うたくさんの人の中の、一人にすぎない。


「おい」


 その場を去ろうとして、車内から声をかけられる。


「ひとつだけ覚えておけよ」


「なんですか。失恋して何も耳に入ってこないんすけど」


「たぶんその相手、相貌失認だ」


「相貌失認」


 顔が、分からなかったのか。そうか。だから逃げていたのか。


「じゃあ、どうすれば」


 こちらは相手を認識できるか、相手はこちらを認識できない。


「毎回毎回、はじめましてって言うんだな。あとは流れ星にでも祈っておけよ」

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