ためしとて

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ためしとて

「和葉」

 うす暗い住宅街の道路、自分を呼ぶ聞きなれた声にほっとする。

「なぎ! ……えぇと、ということで尾崎さん、ここまでで大丈夫ですから」

 社内の新年会後、夜道は危ないから、同じ方向だから、と、親切ごかしてついてきた同僚に告げる。

 特に親しくしているわけでもない、社内でさほどかかわりもない相手に送られても、迷惑以外何物でもなかったが、だからと言ってむげに断ることも出来ずに、ずるずると一緒に来てしまった。

 家も近くなり、さすがにどうしようかと思っていたところでのなぎの出現はまさに天の助けだった。

「誰? あんな小柄な子じゃ、なんかあった時役に立たないだろ」

 本人は小声のつもりだろうが、全然ひそめられていない声はしっかりなぎにも届いたようだ。

 見た目は確かに細っこい少年のなぎは何とも言えないぬるい笑顔を浮かべている。

「酔っ払いほど危なっかしくはないつもりだが。いろんな意味で」

 ぼそりとつぶやいた声は幸い尾崎には聞こえなかったようだ。

 でもまぁ、そう思うなぎは正しいと思う。私だって、お前に家知られる方がよっぽど怖いワ、って思ってたし。

「ああ見えて、頼りになるんですよ。尾崎さん、ありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね。おやすみなさい」

 尾崎に有無を言わせないよう笑顔を向けて挨拶をし、返事を待たずになぎの隣に並ぶ。

「ありがと、なぎ」

「構わぬよ。わしは和葉専属だからな」

 相変わらずの偉そうな口調で、なぎの立場的には大問題なことを口にしてなぎは私の手を取った。



「この間まで正月だったはずだが、目まぐるしいな」

 そのまま家に帰るのも少々不安だったので、コンビニに寄ると、入り口付近の棚はすでにバレンタイン色で溢れていた。

 そして恵方巻きのチラシと、豆まきグッズ。

 今しがた新年会を終えて来た自分としてはずいぶん先の話に思えるが、良く考えればひと月弱なんてあっという間だ。

「クリスマスにお正月に節分にバレンタイン、冬は大忙しだねー。そういえば、なぎのところは落ち着いたの?」

「当然、もう平常営業だ。三が日過ぎれば、さほど人も来ぬよ。うちのような小さな神社はな」

「なぎ自身がいないことも多いしね」

「わしがいたからと言って何かできるわけでもない」

 なぎはいつも通りのことをあっさりと言う。

 それでも神社の『主』であるなぎが社を不在にするのはどうかと思う。

 参拝者の多い年末年始でさえも、うちでまったりしているのは、こっちが申し訳ない気持ちになるからやめてほしいと伝えたら、ぱたりと来なくなっていた。

 元日に参拝に行ったときに神社では会ったけれど、十日ぶりだろうか。

「久しぶりだね」

「全くだ。和葉は結局、一日に会いに来ただけで、その後はさっぱりだしな。退屈で退屈で」

「うちに来ればよかったのに」

 正月は社にいたほうが良いとは伝えたものの、うちに来るなと言ったつもりはない。

「わしは押しかけだからな。迷惑かと思ってな。和葉が呼ぶのを待っておったが、いつまで経っても呼ばれぬ。わしは拗ねておる」

 どこまで本気かわからないが、唇をとがらせる様子がおかしくて、ちょっと笑う。

「神様を独占するのもどうかと思って、遠慮したんだけど?」

「そんな心遣いは無用だと再三いっておるのに、和葉は物覚えが悪い」

 冗談めかしてみたものの、しっかり本気で、それも判っているはずなのに、なぎは一蹴にする。

 困った神様だ。

「反省の意を表して、なぎが好きなの選んでいいから」

「良い心がけだ」

 お酒コーナーの前で、なぎはうきうきと物色を始めた。



「で、さっきの男は何奴だ?」

「同僚。新年会で席が近くなってね、同じ方向だから送るって……あ、おいしい」

 なぎが選んだお酒を一口飲んで、ほっと息をつく。

 新年会では尾崎がうるさくて落ち着いて飲めなかったから、余計にしみる。

「和葉にようやく男が出来たと喜んでやるべきが、趣味が悪いと進言するべきか悩んだのだが?」

 難しい顔で失礼なことを言ったなぎは、お酒を口にすると表情が緩む。

「そんな雰囲気に見えた?」

「いや。和葉が困った様子だったから、割って入ったが、そうでなければ邪魔などせんよ」

「ありがとう。助かった。家まで来られるのはさすがにちょっと避けたかったからさ」

 酔った勢いにしろ、無自覚な失言を繰り出すような相手と親密にはなりたくない。

「和葉は呼んでくれないからな。わしとしてはたいへん歯痒い」

「今でも十分助けてもらってるよ」

「そういうことじゃないんだよ、和葉」

 少し呆れたような、それでいて優しい声でなぎは微笑った。



「ねぇ、高校生と付き合ってるってホント?」

 昼休み、隣の席に座った同期の言葉に思いっきり眉をひそめる。

「何それ」

「営業部の方でちょっと噂になってるの。で?」

「新年会の帰りに尾崎さんと途中まで一緒で、その時に会った人のこと勘違いしたんじゃない? 別に彼氏じゃないし、それに若く見えるけど私より年上だよ」

 嘘にならない程度の説明をする。

「なぁんだ。そういうことね。そういうタイプだったかー」

「何が、そういう?」

「かわいさ余って憎さ百倍。自分の方を向かなかった上、余計な邪魔されて、八つ当たりでくだらない噂流す。小さい男だなー」

 のんびりとした口調で辛辣な感想を吐き出す。

「いい迷惑だなぁ」

「和葉ってば男っ気がないから。尾崎さんも楽勝気分だったんでしょ」

 ほんとにいい迷惑だ。

「ま、適当に火消しておくから」

 私のうんざりとした顔をみて、なだめるように笑う。

「ありがとう。今度奢るよ」

 必要以上になぎのことを詮索せず、フォローまでしてくれる同期に感謝の意を表した。



「和葉、こんな暗い時間にこんなところに来るものじゃない」

「自分の住処をこんなって言うのはどうかと思うよ」

 仕事帰りに境内に立ち寄ると、渋い顔のなぎに叱られる。

「わしの住処だからと言って安全とは限らない。わしになんの力もないことは知っているだろう」

 なぎは神社に住む神様ではあるけれど、願いをかなえる力はない。

 聞くことだけしかできないと、どこか淋しげな声を何度も聞いている。

「でも、なぎに会いたかったから」

「だから、そういう時は呼べと言ってるだろう」

 物覚えが悪い、とぶつぶつ続ける。

「会社で、なぎがカレシだっていう噂がたっちゃった」

 文句を封じるように言葉を投げると、なぎは目を丸くする。

「……先日のあの男か。全く、案の定ろくでもないな」

「ホントにね。でもね、同期の子はあっさり私を信じてくれたし、そういうのはちょっとうれしいよね」

 彼女は営業部の人間で、尾崎との接点が多く、私とは普段の仕事でかかわることはあまりない。

 それなのに大した説明をしない私を当たり前に信じた。

 話したくなった。

 なぎを見ると優しい顔でただ聞いていてくれる。

 うれしいことを共有できる相手がいるというのはすごく幸せだ。

「いつもありがとう。なぎ。大好きだよ」

「…………わしもだよ、和葉。送ろう」

 はにかんだなぎの差し出した手をにぎって、並んで家に向かった。


                                  【終】

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