第五章──対決
5-1 絶地と反撃
九月十九日。
意思確認期間最終日──島崎は教室にいた。
とは言ってもこの日の授業はすでに終わり、意思確認票の提出期限まですでに二時間を切っている。
島崎は、現時点で何も有効な動きを進められていなかった。意思確認票の提出はできていないし、選挙に向けての活動も何一つ始められていない。
その理由は連上の呪縛──具体的に言えば、常に島崎の周囲で目を光らせている監視者の存在にあった。意思確認期間が設定された次の日から、連上が手配したに違いない連中──おそらくは演劇部のメンバーが、授業中と言わず休み時間と言わず島崎をずっと見張るようになったのだ。島崎が生徒会選挙関係の行動を起こそうとすればすぐに連絡が回り、今度はテコンドー部の残党が邪魔をしにやってくる。そのシステムを逆手に取って連上とテコンドー部の関係を暴露できないものかとも考えたが、そこは連上のそつのない指導の賜物と言うべきか、彼らは実に自然な形で島崎の挙動を妨害してくるのだった。
現状、島崎にはほぼ技がかかっている。抑え込まれ、息の根を止められかけている──しかし、その危機的状況にあっても、島崎はまだ諦めていなかった。限りなく完全に近い連上の包囲網の中に、島崎は僅かな隙を見つけていたのだ。そしてそれを突き、連上を出し抜く作戦もすでに考え付いていた。
監視者が余計なことさえしなければ──島崎の引いた青写真の通りに対応してくれれば、作戦の導入はかなり高い確率で成功するはずなのだ。島崎は現在自分を監視している相手を盗み見た。
今の監視者は、同じクラスの男子だった。教室の廊下側の端の席で参考書を広げ、勉強をしている振りをしながらも横目でこちらを見ている。
これからどういう展開になるか、島崎には予測はできても断言はできない。島崎は一番成功しやすい手を考えたつもりだが、もしかするとそうではないのかもしれない。もっと効果的な手があったかもしれないし、採用した作戦のどこかに見落としがあるかもしれない。
しかし、その時点でもう他の手段を検討する余裕はなかった。島崎は自らの閃きにすべてを賭け、成功させるために周到な準備を行った。
あとは実行に移すだけ──
島崎は教室に設置された壁掛け時計を見やる。作戦決行の時間が近づいていた。
その時。
まったく何の前触れもなく教室のスピーカーからノイズと共に事務的な口調の声が流れ出た。校内放送だ。
「選挙管理委員会からのお知らせです。これより臨時集会を行います。連絡事項がありますので、生徒会長に立候補している方は生徒会室に集まって下さい。繰り返します──」
臨時集会?
背筋に冷たい汗が流れた。
このタイミングで、どうしてこんな事態が起きる?
まるで見えない何かが島崎の抵抗を阻害しているかのような──
「────っ」
そこで島崎は身震いした。
もしや、これも連上の差し金なのだろうか。
だとしたら奴はすべて見抜いている──こっちの作戦を潰しに来ている。
島崎はここまで、自分が行動を起こそうとしていることを監視者達に気付かれないように最大限の注意を払ってきたつもりだった。しかしそれでも──島崎が策を打つであろうことも、その狙いや具体的な内容すらも予知されていたとするならば。
いや──馬鹿な。
そんなことはあり得ない。妄想だ。連上の明晰さを過大評価した結果でしかない。
ならば、現在展開されているこの局面はどう解釈したらいい?
島崎は動揺して監視者を見やった。
「?」
監視者も、動揺していた。
予想外といった様子で放送が流れた教室のスピーカーを見つめていた監視者は、島崎の視線に気付くと厳しい表情を浮かべた。行かせはしない──どういうことだかわからないが、とにかくその臨時集会とやらに行かせはしない。その決意がにじみ出るような表情だった。
それを見て、島崎は安堵する。
どうやらこれは連上の作為の外で起きている出来事らしい。でなければ島崎を直接監視している者にその対応の仕方が伝えられていないということはあり得ない。それに考えてみれば、放送は生徒会室に集合せよと言った。あそこには意思確認票もあり、それを提出する相手であるところの選挙管理委員会もいる。連上としては、決して島崎を近づけてはいけない場所だ。これが連上の意向であるはずがない。
──連上はまだ、こっちの狙いに至ってはいない。
ならば問題ない。
予定は変更なし。すべて計画通りに、実行だ。
時計の針がかちりと音を立てた。
三時三十分。
──最終作戦、開始。
島崎はそう心の中で呟いて、席を立ち上がった。
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