4-5 考察と票数
「どういう──ことだろう」
島崎は呟いた。
目を落としているのは、ついさっき全校生徒に配布されたばかりの選挙管理委員会による立候補者告知のプリントである。
今日は九月十二日──立候補の届出期間は一昨日で締め切られた。確定した候補の公表は、選挙が行われる月末までに誰に票を入れるか生徒に考えておいてもらうための制度である。そのこと自体は従来の慣例通りだった。
異常なのは中身──立候補者の数だった。
生徒会長に立候補した者の数が十四人──普段は信任投票ばかりであることを鑑みれば、明らかに異常な数字だった。副会長、議長、書記や会計などの他の部門への立候補者も例年に比べれば多いが、生徒会長のポストほどではない。
「何か策を打った──と考えるべきか」
一年と三年のみが出られるという特殊環境下での選挙だから、面白半分で立候補する者もいるだろうとは思える。生徒会長以外のポストへの立候補者の増加はそれで説明がつくが、さすがに二桁にまで膨れ上がるというのは自然の成り行きとは考えにくい。そして人数ばかりではなく立候補者の個性にも目を向ければ──よく噂になる美男美女がかなりの割合を占めていることが分かる。一年各クラスの人気者が十人、それに連上と島崎。あとの二人は知らない。おそらく一般の立候補者なのだろう。
連上が演劇部を掌握したことは知っていた。あの人脈を活用すれば、この十人と顔見知りになることなど造作もないだろう。それに元々連上は表向きには人当たりのいい才媛として通っているわけだし、方法という点では連上が策を弄することにまったく障害はない。
問題は、一体何がしたいのか──まず頭に浮かぶのは、魅力的な人物を多数投入することによって有権者の選択肢から島崎を外させるという腹立たしい戦略。しかしこれは連上に特に益しない。確かに連上は勉強も運動もできる美少女と周囲には認知されているが、だからと言ってこの十人全員に絶対勝てるとまでは言い切れないだろう。これではむしろ票が分散してしまい、確実性を持たない土俵になり下がってしまう。
ならばあるいは──連上は自分自身が生徒会長になることにさほど執着はなく、自分を含めた十一人の内の誰かが生徒会長になりさえすればいい、という狙いなのかもしれない。それならば連上の発言とも合致する──彼女は島崎を引きずり降ろすと言っただけで、自分が生徒会長の座に登り詰めるとまでは明言していない。当初には島崎を後釜に据えるつもりだったことも考えれば、それはある意味で信憑性のある結論だろう。
──いや。
数秒の黙考の末、島崎は直感する。
多分それは違う。なぜなら、それは連上が自分で南岳のポジションに堕ちると言っているようなものだからだ。傀儡を擁立して裏から糸を引くなど、まさにあの怪物の思考そのものである。連上には学園を私物化しようとする支配欲こそないが、あれだけ忌み嫌っていた南岳と同じ方法を取るとは考えにくいだろう。それを言えば最初は島崎を擁立する手筈になっていた訳だが、その目的は『生徒会組織が刷新された後に再びこの学園に裏の利権システムが作られないよう対策を打つことができる人間を作る』ことにあった。そもそも島崎は連上のテストに合格してそれに必要な程度の素質は認められていることになるので、そこらの美形を引っ張って来て人気で生徒会長のポストに就かせるのとは根本的に話が違う。
だから──いや。
そんな理屈はすべて、違うという直感を受けてから構成された後付けのものでしかない。そういった理論よりも前の段階で、島崎はこの解釈に不自然さを見出していた。
あえて言語化するなら──この意図は不細工なのだ。
連上の編み出してきた策略にはもっと清冽な切れ味があった──むしろそういう不細工な解釈は敵方にさせ、連上本人を見くびらせておいてその虚をつくといったようなイメージすらある。
「つまりまだ裏がある、のかもな……」
島崎は熟考する。ふわふわとして掴みどころのない、それでいて重くまとわりついて来る思考の濃霧の中を、答えを探して歩き続ける。
数を増やした──意味。
そうそうたる人気者。
票が分散する。
数。
──数だ。
「そうだ!」
島崎の脳内で、延々と振るわれていた鶴嘴が鉱脈を掘り当てた。
票が分散する──ついさっきデメリットとして認識したその点が、連上の狙いだったとしたら?
学年中の美男美女を同じ舞台の上に並べる。右を見ても左を見ても人気者、甲乙つけがたい美形ばかり──そんな状況下で皆が思い思いに投票すれば、同程度の水準に揃えられた候補者達の票は分散し──平均化する。十人を超す大所帯だから、各々の得票数は必然的に少なくなる。
候補者のほとんどがほぼ平等に薄い得票数を得る──ここからだ。
この状況下で、あらかじめ固定数の票を得ていた者がいたとすれば──?
どうなるか、具体的に考えてみる。
仮に票が全部で一○○票、候補者は三人とする。この中で一人が仲間を抱き込んで一○票の組織票を持っていたとすると、残りの浮動票が九○票、三人で分散させれば一人三○票。そのうち一人は組織票を加算して四○票──この結果では僅差というイメージが先行する。事実、この状況下では一○票など誤差の範囲でしかないだろう。
しかし候補者が十人だったら──浮動票九○票を十人で分散させて一人九票。しかし一人は一○票の組織票のおかげで十九票──同じ一○票の差でも、こちらでは厳然として存在感を主張する。同程度の求心力を持つ候補者が多いせいで一人に票が集中しにくく、一○票差を覆すことはかなり困難な状況になっている。一票の価値が三人の場合とは比べ物にならないほど大きくなっているのである。
これだ。
このトリックこそ──連上が仕掛けた、勝利への足がかりだ。
島崎は雷光に打たれたような衝撃を感じた。
「ふ……ふ、ふふ」
笑みがこぼれる。
そこまで看破すれば、対抗策もなんなく浮かぶ。
外法には外法──こちらも同じように組織票を得ればいいのだ。連上が島崎の予測通りの動きをしてくれば互角に渡り合うことが可能となる──もし万が一、連上の考えている戦略が島崎の読みと違ったとしても、組織票によって選挙での優位を得るという効果自体にはなんら影響はない。打っておいて損のない策であるはずだった。
島崎は携帯を取り出した。
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