3-7 重圧と提案

 

「一体どういうことなんだ!」

 

 南岳が声を荒らげ、腹立たしさを隠そうともせずに拳で机を叩いた。ペン立てが床に落ちて大きな音が響き、朱河原は少しだけびくりとする。

 生徒会室には、いつも以上に淀んだ空気が溜まっていた。

 二年はマークされ、特殊な動きは一切できない。梁山や朱河原に魚住など、現在の南岳政権における中核メンバーはいずれも二年生であるから、生徒会の裏の顔としての業務には大きな差し障りが起きていた。いや──そういう実務上の問題もさることながら、いつ終わるとも知れない捜査を校内で延々と続ける警察官たちの姿は、後ろ暗い過去を持つ南岳にはそれだけで大きなストレスとなっているようだった。

 

「おそらくはこれも、連上による我々への攻撃なのでしょうね」

 

 南岳の斜め後ろに控えていた魚住が床に散らばった筆記具を拾い集めてペン立てに戻しながら、平板な口調で言った。

 

「そんなことは分かっている」南岳が魚住を睨みつける。「真相が露見して連上が引っ張られる──その展開を実現させることはできんか」

「残念ながら、どこにも証拠が残っていないようです」

「なければ捏造しろ! どんな形でもいい、連上に疑いがかかるよう仕向ければ──いや、この際その形にもこだわらん。適当に一般生徒の中から態度の悪い者を見繕って、犯行の状況証拠でも手土産に持たせて警察に突き出せばいい。しつこく嗅ぎまわる犬どもをさっさと追い出さんことには、俺は安心できんのだ!」

「いずれの提案も、こうもひっきりなしに校内を警察の連中がうろつき回っている状態では容易に動けないために達成の見込みは薄いでしょう。下手に動いて現場を押さえられれば命取りです」

 

 魚住の木で鼻をくくったような受け答えは癇に障ったが、朱河原も同意見だった。これまで演劇部が様々な工作を行ってこられたのは学園が少なくとも表面上は平穏だったからであり、そしてその中で更に朱河原が石橋を叩くがごとくの慎重な采配を振るったからこその賜物なのである。部外者が多数侵入し、疑いの目を光らせている現状と平時を同列に語られては困る。

 気まずい沈黙が生徒会室を包んだ。

 

「──そうか」余裕のない表情で何事かを考えていた南岳が、ふと思いついたように呟いた。「警察を介入させることこそが連上の狙いだったんだ」

 魚住が片眉を上げた。朱河原は聞き返す。

「警察を?」

「事件自体に意味はないんだ。奴の目的は警察をこの学園の敷地内に引っ張り込み、それを利用して──おそらくは我々のしていることの違法性を暴露すること。その線はどうだ?」

「なるほど……面白いですね。あの娘の考えそうな筋立てです」

 

 そう言い、口に手を当てて朱河原は視線をぐるりと一周させる。考えを巡らせる時の癖だった──論理的思考を積み重ねて、すべての可能性を演算する。

 そして朱河原の意識は、最も合理的な解を導き出した。

 

「うん、読めた。多分その判断で合っていると思いますよ──それは、連上が持っている手駒を最大限効果的に利用できる方法でもありますし」

「どうすると言うんだ?」

「連上の性格からして、奴はこれからの行動においても決して表には出ない黒幕であり続けるでしょう。そうすると、警察に向けて情報を流すのは直接的なツールによってであってはならない。匿名──あくまでも中立的な、個人の存在を探知されない手法を用いるはず。そこまで至れば動く人員もわかります。この日のために用意された、連上の傀儡たる集団──」

「情報処理部か!」

「そうです」朱河原は頷く。「そしてそこまでわかっていれば、手の打ちようもあります。情報処理部の部員は所詮烏合の衆──連上が部を設立するにあたって人数合わせのためにかき集めた単なるザコですから、一人の時を狙って少し突っつけば簡単に懐柔できる」

 

 朱河原はそこで一旦言葉を切って、携帯を取り出した。メモ帳機能を起動し、保存されている文字データを呼び出して南岳に見せる。

 

「実は、前々からあの部の動きはマークしていたんです。連上は部が作られていの一番にインターネット上の掲示板を立ち上げた──その行動が後々に重要な意味を持つ可能性を睨んで、夏休み前に部員の一人を通じて管理者ページのIDとパスワードを入手しておきました」

「そんなことをしていたのか?」

「すみません、独断で行動しました。その時点ではまだ役に立つかどうかはわからなかったものですから──ともあれ、これを使えば書き込みの一括削除は容易です。奴らが投稿を始めたらテコンドー部を情報処理部の部室になだれ込ませてそれを妨害し、書き込みを消す。向こうは書き込みが警察の目にとまるまで同じことを繰り返そうとするかもしれませんが、テコンドー部の強面が一睨みしてやれば部員達の方が恐れをなして連上達への協力を拒むようになるでしょう」

 

 暴力という圧力によって情報処理部の動きそのものをねじ伏せる、単純と言えば単純な骨組みの作戦──しかし、その混じり気のなさゆえに有効であると朱河原は考えていた。

 テコンドー部の荒々しい迫力によって道が切り開かれ、掲示板の管理者ページに入り込む術を抜け目なく手中に収めていた朱河原の行動に支えられて、絶妙なパワーバランスを保ちつつ鎮圧の図式が完成する。まるで現生徒会の支配原理を表したような策略だった。

 

「なるほどな。大筋は問題ない──いや、理想的と言っていい。しかし、難点が一つある」南岳は眉根を寄せる。「梁山がもう使い物にならんということだ。指揮官があの状態では、テコンドー部は容易には動かせんぞ」

「はーあ、男ってほんと駄目ですよねえ。自分の腕前に驕り高ぶって、一度負けただけでボロボロになっちゃうなんて」

 

 朱河原は嘲弄した。

 球技大会にて連上の鬼謀の前に完敗を喫してから、梁山が抜け殻のようになっていることは朱河原も知っていた。

 

「問題ありませんよ、会長。彼が動けないのなら私が率いればいいだけのことですから──そっちには伝手があるんで、テコンドー部を一度動かすくらいのことは余裕です」

 

 梁山にとって朱河原は同じ陣営にいる仲間でありながら、言わば政敵──次期生徒会長の座を巡る対立の相手。通常ならばテコンドー部の指揮権を委ねることなど、一度たりともないだろう。

 ──しかし、方法はある。いかなる状況でも常に二重三重の手を打ってきた自分には、このチャンスを勝ち取ることなど容易い。

 そして連上の陰謀を無事に阻止すれば南岳の心証は再び良好なものとなり、梁山に対して優越的な立場に立てる。以前の情報処理部解体には失敗したものの、連上の陰謀論自体は言い当てた形になっているから、能力的評価でも魚住を上回っているはず──ここで手柄を立てれば、次期生徒会長の座は完全に視野に入る。

 朱河原はほくそ笑み、携帯を取り出した。

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