2-3 盗聴と周到

 

「──牙はあるんだからね」

「ほおう、牙ねえ……」

 

 トランシーバーから聞こえる連上の声に、梁山正貴はほくそ笑んだ。

 視聴覚室である。テコンドー部の部室と同じように、遮光カーテンを引いて暗くしている。

 別に、合理的な理由があるわけではない。暗い部屋は落ち着く、というだけのことだ。

 深い闇の中に座っている時、梁山は根源的で本能的な安心感に包まれる。頭は冴え、感性は研ぎ澄まされ、自分の持つすべての能力を遺憾なく発揮できるような気分になる。

 

「通信状態は明瞭。何も問題は無い」

「簡単に片づけられなくて残念でしたね」

 

 背後に控えているテコンドー部部員の大男が言った。

 

「ああ。しかしまあ、これが生きていれば問題ない」

 

 そう──梁山は仕掛けていた。

 まず手始めに、標的の二人が人気のない場所に向かったタイミングで部員に襲撃させるという単純な手を打った梁山だったが、ただそれだけで連上を潰せるとも思っていなかった。ゆえに、この作戦にはあらかじめ別の所に本当の狙いを作っておいた。

 肩を叩く振りをして、島崎のジャージの襟の裏側に小型盗聴機を仕込んだのだ。そして通信は今のところ順調である。

 携帯で助けを呼ばれるのを防ぐため、校内全域にはあらかじめ妨害電波を流しておいた。しかし、このトランシーバーは電波の周波数が違うため通信できる。相手に不利で、同時にこちら側に有利。そんな状況が着々と作られている。

 戦いの序盤は地固め──戦うための地盤を整える時だというのが梁山の持論である。戦いに必要なのは徹底管理された体制とプロセス──戦場と戦況を常に百パーセント把握し掌握すること。これは自身が得意とするオンライン戦略ゲーム「ST-ST」において育まれた思想であり、この考え方に基づいた戦法で梁山は世界大会を制したのである。

 そして今回──すべての細工は順調に機能している。テコンドー部が有利に戦える戦場は整いつつあった。

 梁山は背もたれに体重を預け、長い脚を悠然と組んだ。首だけを後ろに向け、大男に問いかける。

 

「なあ──会話のすべてを敵に聞かれている状態からその相手を欺くには、どうしたらいいと思う?」

「う……それはその」

 

 大男は意味のないうめき声を数秒間漏らした後、わかりません──と降参した。

 

「そりゃそうだろうな、そんなことは不可能だ」

 

 元より答えなど期待していなかったという口調で梁山はそっけなく応じた。

 そう、答えなど出るはずがない。この愚鈍な男でなくとも──それがあの連上でも、この命題を解き明かすことなど不可能だと梁山は考えていた。

 出口のない迷路。

 復路なき往路。

 今、敵はその袋小路の中に誘われた──。

 梁山正貴。

 自他共に認める、転んでも只では起きない周到な策士である。

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