春の庭
綾波 碧
第1話 春日和
開け放した窓から、春の温かな陽気と、桜の花びらがひらひらと舞い込んできている。
松井菜穂は、掃除機を止め、ふっと息をついた。
掃除機を棚にもたれかけさせて、腰に両手をあて、あらためて室内を見回してみる。
家電などの荷物はもうほとんど段ボールにおさまっていて、後はこまごまとした食器、いつの間にか増えてしまった大小のぬいぐるみなど、持っていくかどうか思案中の物たちが所在無げに床に転がっている。
壁には、解体途中のベッドの板が立てかけてある。これはもう大型ごみとして処分するつもりだった。
窓の下で人の気配がして、菜穂はそちらへ顔を向けた。
カンカンカン、と鉄製の階段を上がる軽やかな足音がした。
いやな予感がした。
「こんにちはー、菜穂、いる?」
彼女特有の、語尾の母音を少し伸ばしたような声が聞こえ、簡易キッチンの上の網戸から覗き込む顔が見える。
彼女が来ることは何となく予想できたが、正直、来て欲しくなかった。
複雑な思いで、返事はせずに足早に玄関まで行き、扉を開ける。
「ごめんね、忙しいときに…」
ちょっと気まずそうに上目遣いをして、菜穂を見る。
また、髪がのびたかな。
靴を脱ごうと身をかがめた彼女の肩から、ふわっと髪が落ちた。
中井樹。
高校時代からの、親友。
大学も同じで、3年前に卒業後それぞれ別の会社に就職するまで、ほぼ毎日顔を合わせてた。
サークルも一緒で、何の縁もゆかりもない演劇のサークルに、樹に引きずられるようにして入部した。
そこでは樹の、サークル内の男たちからのモテっぷりを、4年間まざまざと見せつけられた。
誰もが振り返るような美人というのではないが、細面で二重、まつ毛の長いエレガントな顔立ちをしていて、それが男子学生の気をひいた。
しかし性格は、高校時代に陸上でインターハイ出場するほどのスポーツマンタイプで、はきはきと喋り、明るい。
彼女と初対面の学生たちは皆そのギャップにいい意味で驚き、特に男たちは女らしい雰囲気のわりに話しやすいと一気に相好をくずして彼女のファンになる。
彼女の奪い合いで、サークルを辞めていった男たちも何人かいた。
菜穂は樹の高校時代からの友達ということで必然的に樹の連れとして、男たちと飲みに行く機会も多かった。
なかには菜穂のほうに興味を示す男もいたが、菜穂がいつもむすっとした顔であまり喋らないので、だんだんと声をかけられることも減っていった。
「その仏頂面、なんとかならない?」
樹が苦笑いで言うのを、何度も聞いた。
菜穂だって笑えば、すごくかわいいのに。
ひとり言のように、溜息まじりに樹が言う。
確かに、樹のような華やかさはないが、色白で目が大きく、ストレートな黒髪を垂らして黙っている菜穂は、どちらかというとミステリアスな雰囲気の美少女に見えた。
しかしいかんせん無愛想でいつも口を結んでいるため、愛想が悪いとサークル内では不人気だった。
しかも頭の回転が速く弁が立つ。
男子たちが最も苦手とするタイプだった。
菜穂は樹の高校時代からの友達ということで、必然的に樹の連れとして、男たちと飲みに行く機会も多かった。
なかには菜穂のほうに興味を示す男もいたが、菜穂がいつもむすっとした顔であまり喋らないので、だんだんと声をかけられることも減っていった。
「その仏頂面、なんとかならない?」
樹が苦笑いで言うのを、何度も聞いた。
菜穂だって笑えば、すごくかわいいのに。
ひとり言のように、溜息まじりに樹が言う。
確かに、樹のような華やかさはないが、色白で黒目が大きく、ストレートな黒髪を垂らして黙っている菜穂はどちらかというとミステリアスな雰囲気の美少女に見えた。
しかしいかんせん無愛想でいつも口を結んでいるため、愛想が悪いとサークル内では不人気だった。
しかも頭の回転が速く弁が立つ。
男子たちが最も苦手とするタイプだった。
しかしそんな菜穂も、樹といるときはリラックスしたように普通に話すし、笑顔も見せる。
そんな自然な彼女の様子を知っているから、男たちがいる時の菜穂の頑なな様子が理解できない。
男性が苦手なのかとも思ったが、同じ専攻の男子学生たちとは普通に会話して、協力してレポートを仕上げたりもしている。
そんな時の菜穂は自然体で、普通にほほ笑んだり、冗談を言い合ったりもしているのを、樹は知っていた。
だから、サークル内で、みんなと飲んだりしている時にむすっとしているのが理解できないのだった。
樹が誘ったサークル活動が、気に入らないのか。
樹が聞いてみたこともあったが、主に役者として舞台に立つ樹とは違い、脚本や演出などを担当することが多い菜穂は、けっこうその仕事を気に入っていた。
その辺りは高校時代から優等生で、クラスの級長などを務め、成績も優秀だった菜穂らしい、と樹は思う。
なんにせよ、なぜあの二人が親友なのか、と周囲が首をかしげるほど、二人に共通点が見られなかった。
まぁ二人はそんな周囲の疑問をよそに、姉妹のごとく毎日互いの一人暮らしの部屋を行き来して過ごしていたのだが。
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