第40話 本格始動【4】


(まさか魔法とスキルの判別がついてない奴がこの世にいるなんて……あれ、おかしいな、フリードリヒって元々騎士爵の家の子だよね? なおさら教わらない?)


 と、思いながら黄色い部屋の扉の前に一度[瞬間転移]で移動する。

 そして、フリードリヒが『勇者特科』に来た経緯も思い出した。 

 フリードリヒはかなり幼い頃に【勇者候補】の称号を天啓で与えられ、甘えたい盛りの幼少期に『勇者特科』に入れられたとか。

 当然一般常識や、普通の子どものように友達と遊び回るなどの経験もないだろう。

 ヘルベルトはあの通りの堅物なので、子どもと遊ぶなんて絶望的。

 ロベルトはエリザベートよりもあとに『勇者特科』に入ってきたため、フリードリヒの境遇を心配していたようだが、彼もまた由緒正しい貴族出身。

 平民同然の騎士爵の子どもが普通どんなふうに育つのか、など知る由もない。

 最近はモナと一緒に冒険者としてお小遣いを稼ぎ、町で買い食いしてくることを覚えたようだが——果たして彼の中の『世界』はどんなふうに見えているのだろう?

【勇者】は世界を知らなければならない。

 逆を言えば世界を知らずに【勇者】にはなれないのだ。

『勇者特科』の【勇者候補】たちは世間を知らなすぎるが、その中でもフリードリヒは特に無知がひどい。


(追い出すか)


 それもありだな、と思いつつ、黄色い扉を開ける。


「あ! 管理人さん! ようやくきてくれたんだべか!」

「あの、この部屋はいったい……」


 この部屋にいるのは魔法使い系のモナとロベルト。

 二人とも困惑している。

 まあ、突然飛ばしたのだからそれはそうだろうが、勇者たるもの自らの状況を正しく冷静に把握して打開策を導き出す……くらいのことはしてほしいものだ。

 やはり彼らには実践経験が圧倒的に足りていない。

 だがそれは、この場所の課題をクリアしてからでもいいだろう。


「あの浮いてる球あるでしょ?」


 黄色い部屋には大きな球が浮いている。

 それを指差して指先に魔力を凝縮して溜めていく。


「こうして、こう」


 魔力の塊を撃ち出して、球を割る。

 バァン! という派手な破裂音に思わず耳を塞ぐモナとロベルト。

 破裂した球は破裂した途端再びぷくぅー、とどこからともなく現れる。


「えっ」

「見てたらわかると思うけど、破裂させたあとに現れたあの球は、ボクが今撃った魔力弾とは別な圧縮率と魔力量が別だ。それを瞬時に測定して、破壊して行く。こんな感じ」


 ばん、ばん、ばん、と指先に部屋中の球を破壊するのに必要な魔力量とその圧縮を瞬時に行い、撃ち込んでいく。

 当然ながら簡単にできることではない。

 モナは「もんげぇー」とあんぐりと開ける。

 絶対にロベルトのように、リズの行った球破たまわりがいかに凄まじいか気づいていない。


「それを繰り返して魔力の調整と、魔法を使うのに必要な魔力量の測定速度、それを撃ち出すまでの速度、魔法弾そのものの速度などの反復練習になる。単純な練習だが、魔法を使うものにとって魔力量の操作とその圧縮、撃ち出す速度——すなわち魔法陣への変換、魔法使用の速度は、特に戦闘においては命に関わることもある」

「は、はい」

「モナ、ぼうけてないで。ちゃんと聞いてる?」

「ふぁぁい!?」

「……ロベルトはともかく、モナは基礎から怪しいんだよなぁ。マルレーネに課題を出し終わったら戻ってくるから、先に始めてて」

「は、はい」


 ロベルトにそう指示を出して、赤い扉の中へと戻ってくる。

 困り果てていたマルレーネが、だだっ広い訓練施設内をぼーっと眺めていたのでわざと真上から顔を覗かせてやった。

 マルレーネからすれば、突然逆さ吊りのリズの顔が目の前に現れた状況だ。


「きゃーーー!」

「気を抜きすぎだよ。『邪泉』は消えてないんだから、ゴブリンやボアはまた増え始める。もう産まれ始めてるかもしれないのに」

「か、管理人さん……! す、すみません。でも……びっくりさせないでくださいよ! んもう!」


 マルレーネ、いちいち言動が可愛い。

 容姿が可愛らしいというのはまったくもって得である。


(……いや、別に……可愛らしさとか、ボクはいらんし。そういうのはアリアの担当だし)


 ほんの少し、そういう女の子らしさというか、可愛げというのは羨ましい。と、思わないでもないリズ。

 可愛げ。前世から無縁である。

 だがそういうものは姉に丸投げしてきた。

 今後も必要ないと思う。


「まあいいや、気を取り直して」

「は、はい」

「他の五人にはそれぞれ課題を出してきた。マルレーネにもこれから課題を出す。マルレーネだけここに隔離したのは理由がある。マルレーネの場合武器が弓矢で遠距離型だから、近接戦闘系の訓練場も魔法の訓練場も使って無駄なことはないが、それよりもっと学ぶべきことがあると思ったから分けた」

「……ワタシが、もっと学ぶべきこと、ですか?」


 そう、マルレーネの武器は弓矢。

 そしてマルレーネは意外と魔法の成績もいい。

 ただし、どちらがより得意、というのがない。

 よくいえばバランス型。悪くいえばどっちつかず。

 あまり優しい言い方をしないと中途半端すぎて扱いづらい。


「前にゴブリン退治でマルレーネが戦ってるところも見てたけど、割と撃ち漏らしが多いんだよね」

「うっ!」

「的に当てるのは……まあ、できるんだけど、そこじゃないっていうか……一撃で沈められないっていうか。五回に三回は急所外すよね」

「う……」

「そしてそれは大体『的』が動いてる時だよね」

「ううっ!」

「うんうん、自覚があってなにより」

「…………」


 がっくりと派手に項垂れるマルレーネ。

 そう、彼女——マルレーネは弓士としての腕は決して悪くない。

 ただ、動かない的でばかり練習していたため、動く的は失敗率が非常に高いだけで。

 本人もそのことに自覚があるらしいので、改善は早そうだ。


「[スターバルーン]!」


 キラキラと輝く大型、中型、小型の星が周囲を囲む。

 ポカンとするマルレーネ。

 わかる。わかるぞ。なんだこの魔法は、と言いたいんだろう。

 そうだろう、そうだろう。

 用途がわからないだろう。


「撹乱用の魔法だよ」

「撹乱用……」

「氷属性の魔法でね、周囲の光を利用してめちゃくちゃ輝く。ふわふわ動くし眩しいし、魔法は跳ね返すし、この見た目で結構凶悪なんだよね」

「ま、魔法跳ね返すんですか!?」

「跳ね返すし、当たりどころが悪いと——」


 えい、と魔力弾を適当なところへ放つと、小さな魔力弾は跳ね返りを繰り返してリズとマルレーネの周りを一周した。

 それでも消えることなく二周、三周する。

 そのスピードはどんどん上がっていく。

 リズはそれがこちらに向かって飛んできた瞬間、別の魔力弾を撃ってそれを破裂させる。


「っ」

「ゆっくりとはいえ、一応は動く的だ。矢は自動生成する矢筒を置いておくから、好きなだけ練習するといい。十個以上連続で当てたら、動きが速くなっていくようにしておいたから頑張ってね」

「え、ええっ!?」

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