第30話 ゴブリン退治の依頼【前編】


 ざわ、と冒険者協会内がざわつく。

 檻を勝手に開錠すると、それはそれでまたざわつくが無視だ。


「キャンキャン!」


 ぴょーん、と肩に乗ってくるスノウ。

 もっふりとした感触に目を細める。


「この子を通訳にしてフェンリルの群れを味方につける。ゴブリンの群れの処理、ボクの職場の子たちにも手伝わせてもいい?」

「……勇者候補たちか」

「そう」

「ふっ……いいとも。たまに手伝いに来るあの子たちも、来るたびに伸びていくしな」

「だよね。とはいえゴブリンは知恵がある。そろそろそういう敵と戦うのも必要だ。ボクは冒険者の先輩として指南してあげよう」


 ぎり、と睨まれる。

 当然だろう、彼らは本業だ。

 八歳の小娘がでしゃばりやがって、と思われるのは無理もない。


「ふ、ふざけやかって!」

「む」

「お、おい、ドルトン、あの子あれだぞ。【賢者】の称号のある……」

「関係あるか! ゴブリンの群れはゴブリンの単体とはわけが違う! ゴブリンロードが率いているんだぞ!」


 リズが身体強化で一蹴した男——ドルトンが叫ぶ。

 ゴブリンロード——あらゆるゴブリンを統べる、人間並の知性を備えたゴブリンの主。

 軍師のような立場であり、ゴブリンキングなどが上にいると厄介なことこの上ない。


(ゴブリンかぁ〜。前世の世界にいたゴブリンといえば女を攫って孕ませようとする魔物の一種だが、おぞましいのはたった一つの卵子にたった一つの精子が受精するだけで五十のゴブリンが生まれてくる点。この世界のゴブリンは、女は襲うがそこまでの繁殖力はなかったはずだな)


 と、思うが、その分こちらの世界のゴブリンの方が悪知恵が回る。

 前世の世界のゴブリンは質より量。

 今世の世界のゴブリンは量より質。

 どちらがいいのかと思うと、襲われた女性の負担的にこちらの方がマシかもしれない。


「ゴブリンロードはいるだけでゴブリンたちのステータスに強化バフがかかる! 普通のゴブリンがハイゴブリン並の強さになるんだぞ!? 子どもの遊びじゃないんだ! 人間の人質もいるかもしれない! これだから子どもは!」

「はあ?」

「うっ!」


【賢者】称号付随スキルのひとつ、[威圧]——自分よりもレベルが低い者を行動不能にする。

 一瞬だが面白いほど周りの冒険者が膝をつく。

 中堅以下の冒険者の中には、嘔吐する者までいた。

 使ったのは一瞬だ。

 一瞬で効果は解いた。

 それでもだ。


「ぐっふ……っ!」

「年齢のことを言われるの、ボク好きじゃないんだよね。それに年齢のことを言うと、キミたちも大概自分が情けなくならない? 八歳のボクよりも弱いってことになるんだよ? キミ自身がバカにした、ボクよりも。キミ、遊びに来てるってことになるけど、大丈夫?」

「っな……!」

「ゴブリンの群れ? それがなに。そんなの[探索][的固定][流星群]で皆殺しなんだけど? でもね、そんなことしたらキミたちもうちの生徒たちも育たないからやらないよ。みんなで倒してね。魔王が復活したら、ゴブリンロードどころじゃないから。グレードドラゴンが群れ出てだり、デーモン種もうろつくようになるだろう。キミたちそんなのと戦える? ボクは戦えるけど」

「デ、デーモン……?」


 なんだ、それ。

 とチラホラ聞こえる。

 それを睨みつけて黙らせ、大きな溜息を吐くリズ。


「デーモン種はドラゴン種と並ぶ脅威だ。魔耐性と物理無効を併せ持ち、俺たち人類種のような知性と学習能力、そしてその学習した知識を同種の別個体に共有ができる。魔王直属の魔物と言われている。魔王と共に封じられたと言われる、伝説上の魔物だ」


 リズの代わりに説明したのはストルスだ。

 ほとんどの者は息を呑む。

 だが、まだ冒険者になって久しい者は「そんな化け物いるわけがない」と嘲笑する。

 だが、そういう者たちは周りから睨まれた。

 ストルスの人望か、はたまた『魔王復活』を貴族たちよりも“実感”しているからか。

 そう、笑い事ではない。


「実在すると思うか? デーモン種」

「十中八九いる。今度城の禁書庫を見せてもらえないかって依頼してるんだけど、デーモン種のことは王立図書館の伝承にも載っていた。上空の黒点は日に日に邪悪な魔力が溢れてきてるし、実際グレードドラゴンは出たんだろ?」

「ああ……」

「グレードドラゴンは前兆の一つ。レッサーデーモンは封印解除の三段階目で現れると思う」

「……今は?」

「第一段階。でもそろそろ第二段階に入る」


『邪泉』は増えていく。

 それは魔物の急速な増殖とイコール。

 なので、『邪泉』はリズが回収して、勇者特科の地下施設に放り込んでいこうと思っている。

 けれどそれはこの国で発見されたものだけ。

 他国の『邪泉』は容易く回収するわけにはいかない。

 勝手に国境を越えると“侵攻”と見做されかねないのだ。

 リズは“たった一人で国家と戦える”存在——【賢者】なので。


「【賢者】はあの黒点を封印できないのか?」

「条件さえ揃えばできるけど、勝手にやると国際問題になるんだよね」

「なるほど……」

 

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