第20話 エリザベートという女の子
「エリザベート」
「……なにかご用ですか」
寮の管理人たるリズに、この施設内で居場所を把握できないモノはない。
女子寮の校庭側にある庭。
月明かりの中、庭にあるベンチにエリザベートは膝を抱えて座っていた。
「後悔するくらいなら言わなければいいのに」
するりと言葉が漏れる。
それに肩を震わせたエリザベートが勢いよく振り返った。
その目尻には涙。
「気づいたら口をついて出ているんですわ!」
「わかるわかる。ボクもそう。姉にいつも『一言多い』って言われるんだよ。気をつけててもそうなっちゃうよね」
「…………っ」
隣に座ってそう言うと、エリザベートはぐしゃりと顔を歪ませた。
せっかくの美人が台無しである。
「ねえ、これはボクの勘なんだけど……エリザベートはロベルトが好きなんじゃないの」
「!? なっ! なん、でそれ……あっ」
やっぱりなぁ、と耳まで赤くした彼女を見上げた。
そしてすぐに目線を正面に向ける。
予想通り。
そしてなんとなく「ふふ」と笑ってしまう。
前世の自分を見ているようで、エリザベートのことは嫌いではない。
「…………ここに入る前は婚約者同士だったのですわ」
「ロベルトと?」
「ええ」
しかし意外な答えが返ってきて思わず見上げてしまった。
そんなふうには見えなかったし、それなら尚更なぜあんな態度になるのか。
勇者候補同士なら両家とも、婚約したままでもよかったのではないか?
エリザベートの家は公爵家。
ロベルトの家は公爵家と繋がりを持てる。
エリザベートの家も、勇者候補として行き遅れた娘を安心して嫁に出せる場所が残せる。
リズの勘だが、あんなに攻撃的な態度を取られてもエリザベートに声をかけ続けるロベルトもまた、エリザベートを憎からず想っていると思う。
エリザベートもロベルトのことを好きなら、誰も損をしないではないか。
「ロベルトの家はとても古いんですの。お城にある王家の持ち物は、ほとんどがロベルトの家が紹介した職人が作っていると言っても過言ではないほど目利きに優れた家で、しかしそれ以上でもなくただ安定して自領地民と王家が安寧であればよいという思想のお家柄なのです」
「へぇ……」
「我が家は容姿以外取り柄のないハリボテ公爵家。王家の姫君が何度か輿入れする程度には、当主が顔で選ばれますの。能力は二の次。そうして公爵家まで登り詰めましたのよ。ですから、実績のあるミュラー伯爵家との繋がりを求めて親同士が決めた婚約でした」
けれど、といつになく雄弁なエリザベートはそこで言葉を区切る。
「わたくしに【勇者候補】の天啓が与えられたのです。両親はそれにとても怒りました。そしてわたくしがここに来る直前、ロベルトに婚約破棄を申し入れたのです。ここを出たら、わたくしは祖父のご友人の、ご年配の方に嫁ぐことになっています」
「えっ、なんで? なんで婚約破棄したの? だって……」
「その時はロベルトが【勇者候補】になると誰も思わなかったのですわ。ミュラー伯爵家には、子どもがロベルト一人しかいませんでしたから……」
「あ……」
伯爵家側から婚約破棄を申し込まれるのは、公爵家側からすると屈辱、ということだろう。
だからそうなる前に公爵家側から動いたのだ。
誰と誰が婚約する、というのは大々的に知らしめられる。
素早く動いた公爵家の行いは、貴族として当然のこと。
ロベルトが一人っ子ならば、それは“配慮”として周囲に移り、公爵家にとってよい評価となる。
「貴族ですもの。それにミュラー伯爵家にとってもそれが一番よかったに決まっているのですわ」
その時はそれが最善。
でも、婚約破棄してエリザベートが勇者特科に来てからすぐにロベルトにも【勇者候補】の称号が天啓により与えられた。
二人は思わぬ形で再会を果たすこととなり、エリザベートは心の整理もままならない状況がずっと続いている。
「ど、どんな顔をして、なにを話せばいいのかわかりません。婚約はわたくしの両親がロベルトの家に持ちかけたのに……」
「うん」
「わたくしのせいで破棄されて……ロベルトに申し訳がないのです。せっかくの公爵家との繋がりをわたくしが失くしてしまった上に、あの人、わたくしに謝ろうとなさるんですのよ。そんなのおかしいでしょう? 悪いのは……わたくしなのに」
ぐしゃり、とまた綺麗な顔が歪んでしまう。
紫色の瞳は閉じられ、涙が止めどなく溢れ続ける。
その言い方はまるで——。
(これ、勇者特科に来る前から好きだったって感じ? おぉう……)
貴族同士の婚約は、政略的なものがほとんどだ。
恋愛結婚なんて稀も稀。
そんなものでも、エリザベートはロベルトに惹かれたのだろう。
あの頑固者は穏やかで優しい。
しかし頑固者だからこそ、そこには一本芯が通っている。
婚約後にお互いを好きになる、というパターンもないわけではない。
きっとエリザベートとロベルトはそういうパターンだったのだろう。
その上、婚約破棄された側でありながら謝ろうとするなんて。
「……キミが勇者候補に選ばれたのは悪いことではないし、選ばれた側のキミが悪いわけでもないよ。どうしてそんなふうに言うの?」
「っ……」
「勇者候補に選ばれたことが悪いことなら、ロベルトも悪いことになってしまう。そうではないだろう? そんなに自分を責める必要はないよ。誰も悪くないんだから」
いつも整えられた髪を撫でつけて、頭を抱き寄せる。
小さな体では、彼女の頭くらいしか抱き締めてあげられない。
細い腕を背中に回して熱くなった体を撫でる。
もし、なにか悪いものがあるとすれば勇者特科という制度が悪い。
リズはずっとそれに怒ってる。
(あームカつく)
それみたことかと、また腹が立った。
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