第5話 管理人のお仕事開始


「とりあえずボクは年末の教員試験を受けようと思っている」

「へ?」

「きょ、教員試験?」


 突然なんの話だ、と言わんばかりの顔をされる。

 まあ、無理はないだろう。

 話の流れが斜め上にいったようなものだ。


「そして来年君たちを教える先生になる。もちろん寮の管理人も続けながらね。ボクの実家はお金がないから、稼がなければいけないんだ」

「ま、まあ……そ、そうなんですの、大変ですわね、お若いのに……。ですが、わたくしたちはあなたに教えを乞うほど、真剣にここで学んではおりませんわよ」

「だろうな」


 エリザベートが小綺麗な顔を険しく歪める。

 勇者特科はこうして隔離し、勇者となる才能ある者を相応しく育てるのが目的。

 しかし、【勇者候補】の称号はそれだけで従来のステータス数値と経験値が二倍になる。

 ここから出るには結婚、または二十歳になること。

 ただこの決まりは女子にはかなり厳しい。

 結婚適齢期を過ぎてしまうからだ。

 早ければ十五歳には結婚してしまう貴族令嬢もいるこの国の中で、公爵家と侯爵家のご令嬢がここに隔離されている。

 二十歳を過ぎて、しかも【勇者候補】の称号がある女を、同世代の若い貴族はわざわざ好んで娶ろうとはしない。

 すでに既婚者も多いだろうし、彼女たちの家柄を思うと不釣り合いな家に嫁がせることも難しかろう。

 かと言って同じく勇者候補の男たちの顔ぶれを見るに……。


(うん……)


 男の勇者候補はここから出たあと、就職先として騎士団しか選択肢がないと言える。

 だが、二十歳を過ぎた者は普通に十八歳で学園を卒業した者や、十五歳で入団した平民よりも遅れて入るため色々と扱いづらいことになるらしい。

 シーディンヴェール王国内の場合、【勇者候補】の称号は二〜五年に一度という頻度で二十歳以下の若者に与えられる。

 それだけでも割と多いというか、こういう者たちが大陸の国中にいると思うと存外彼らの存在はさして特別でもなんでもないだろう。

 改めて、まったくもって無駄なことをする。

 こんな無駄なことを百年も続けている上に、真っ当で普通の人生を送れた者たちをこんなところに閉じ込める在り方に、ますます腹が立つ。


「でもそれではダメだ。キミたち自身のためにもならないし、キミたちと同じ無駄な時を過ごす者をこの先も増やすことになる。やはり根本から変えなければならない」

「君は……本当になんの話をしているんだ?」

「変えるって……あなた……」


 首を傾げるヘルベルトとエリザベート。

 ふう、と息を吐いてから、リズは六人の顔をそれぞれ見渡す。


「ま、とりあえず最初は自分の仕事を覚えるところから始めるさ。やると言った手前、自分が行うべきことを蔑ろにするつもりはない。それで取り返しのつかない失敗をして、それ見たことかなどとバカにされるのは我慢ならない!」


 基本、めっちゃ負けず嫌いなので。


「まずは寮の規則でも調べてみるよ」

「あ、え、ええ、そうですわね。そうなさるといいと思いますわ。寮の管理人なのでしたら、わたくしたちの生活にも密接に関わることになりますものね。分からないことがあれば、わたくしにお聞きくださいな」

「まあ、確認してろくでもないと思ったら全部項目削除するけどね」

「え?」


 六人を通り過ぎ、玄関ホールと受付カウンターのところに戻る。

 ベルが「にゃーん」と鳴きながら、カウンターの下にある金庫の上に乗った。

 どうやらここに、寮の規則が書いてあるものが入っているらしい。

 手をかざして魔力を注ぐとカチリと開く金庫。

 そこから複数の鍵と、本を取り出す。

 本をカウンターの上に乗せて、表紙に手を置く。


「[透視][速読][暗記]」


 三つの魔法を同時に使用し、本を開くことなく丸暗記完了。

 その時間、およそ五秒。

 六人の生徒が玄関ホールに移動してくる頃には、すべて読み終わった。


「把握した」

「は、はい?」

「まず門限夕方五の刻は廃止。好きな時間まで遊べ」

「は?」

「外出も自由。教師も管理人の許可もなし! いらない! 好きな時に好きな場所に行け! 外との面会も事前の連絡は不要! 家族、友人に会うのになんで許可がいるの。いらんいらん!」

「ま、待ってください……! 急にそんな……!」

「手紙の検閲もなし! なんで家族、友人に送る手紙や送られた手紙をわざわざボクが読まなきゃいけないの面倒くさい! 怪しいやつならやるけど、基本直送するよ」


 服装の指定も廃止。

 教師や寮管理人に絶対服従も廃止。

 男女の不純異性交遊禁止も廃止。

 男子寮への女子の行き来、女子寮への男子の行き来禁止も廃止。

 まったく、案の定ろくな規則がない。


「ま、待ってください! そんななんでもかんでも廃止だなんて……! 風紀が乱れますわ!」

「そんなもんは自分たちで維持すればいい。規則設けなきゃ守れない程度の理性で、世界守れると思うなよ」

「……」


 謎の説得力に押し黙るエリザベート。

 彼女を黙らせてからあれも廃止、これも廃止と続けていく。

 中でも施設の使用許可申請は要らな過ぎるだろう。


「し、しかし、そんなにぽんぽんと規則を廃止しては……学園側、ひいては国側にも不審がられるのでは……」

「まあ、ボクの最終目的はそこだからね。クソつまんない法律も差別意識も変えるべきなんだよ。せっかく成長できるように作られてるのに、なんで成長しないの、人類」

「っ」


 ぽむ、と肩に乗るベルが頬擦りしてくる。

 そのふかふかの毛並みを撫でて、カウンターから玄関の方へ跳ぶ。

 彼らの方を向いて、笑う。


「勇者は変化も成長もするものだ。しかしなにより芯、覚悟がなければならない。キミたち全員、それがない。そんなんじゃ魔王が復活しても役に立たないよ。ボクが戦った方が早い」

「なっ……!」

「まず自分の中に一本、芯を通しておくことだ。話はそれからだよ。ボクが管理するのは、まずキミたちが成長する場所だ。どうせキミたちは誰一人勇者になれないんだから、気楽に生きるといい」


 そう言って彼らを通り過ぎ、今度こそ管理人棟の方へ行ってみることにした。


「ベルはカウンターに留守番」

「にゃーん」

「そんな声出してもだめ」

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