第5話 アダン・ドドン殺傷計画(フィクション)
高校生くらいの頃から、容貌に強いコンプレックスを抱くようになった。
その頃、人の顔の美しさというものに、ハッキリとした認識を持ち始めたからだと思う。
私に美しさを教えたのはアダン・ドドンという俳優だった。
彼はその頃人気絶頂で、私は彼がなぜそこまで女性ファンを惹きつけるのか、その秘密が知りたいと思い、雑誌で彼を見たり、映画を見たりしているうち、なるほど、やはり彼がとてもハンサムだから人気があるのだろうと勘違いした。
勘違いというのは、彼は確かに美しいが、それだけでスターになったわけではない。
彼は彼なりに、人の心をつかむ特殊な個性を持っていた。それは言葉に置き換えられる類いのものではなく、スクリーンに映る彼から滲み出るものだった。また、日本にはフランスに対し、その頃独特の憧れを持った人が多く、とあるメーカーの紳士服などはフランス人の彼をコマーシャルに起用する上で、巧みにフランスのロマンチックなムードを利用していた。
そんなこんなで日本でのアダン・ドドンの人気は絶大で、日本では彼を知らない人がいないばかりでなく、もう大抵の女性はアダン・ドドンを好きなのではないかと思われるくらいだった。
ところで、高校に入り、まだ15歳だった私は、どうしたらアダン・ドドンに近づけるか、悩みに悩んでいた。
彼の美しい顔を見て、自分の顔と比べて、本気で落ち込んだりしていた。
私はその落差に気づけば気づくほど、コンプレックスが強くなり、彼に対する憧れや羨望を持つ反面、時に彼に憎しみやねたみの感情を抱くようになった。
それは次第にとてつもなく強く、自分でもどうしていいか分からないほど自身をさいなみ、苦しめるようになってきた。
アダン・ドドンのような人間がなぜこの世にいるのだろう。
ある時突然私の心に、彼を殺してしまいたい、というとてつもなく強い欲求が生まれた。
彼がこの世にいなければ、私はこの苦悩にもがき苦しむこともなく、また日本人女性の心を、日本人のもとへ取り戻すことができるのだ。
悪魔。そうだ、彼は美の悪魔なのだ!
勿論、あまりにもバカげた考えだ。しかし16歳になったばかりの私には、それが分からなかった。
そんな折、なんと、アダン・ドドンが来日することになったのだ。
私は彼を殺す!
そう心に決めた。
アダン・ドドンは果たして予定通り来日した。私はそれまでに、使える限りの手を使って、彼の日本での予定を調べたが、手に入った情報はひとつだけだった。
5月16日、彼はNHKのニュースセンター9時に出演する!収録は前日の午後4時、代々木のNHKスタジオ!
運命の日、私は渋谷で刃渡り20センチの包丁を購入して、収録スタジオのある建物の前で待った。
5分ほどすると、警備員に声をかけられ、ただならぬ私の殺気を感じたのか、私は敷地の外に追い出された。と、その時、黒い車が2台、スタジオの入り口の前に来て止まった。私の興奮は絶頂に達した。
しかし、降りてきたのはアダン・ドドンではなく、知らないおじさんたちだった。
私は敷地の外の木陰から、ずっと様子を伺っていたが、いつまで経っても、アダン・ドドンは現れなかった。
夜になり、なんとなく興ざめした私は、地下鉄にとぼとぼと乗って、とりあえずは家路に着いた。
あとで知ったことだが、アダン・ドドンの日程は勿論極秘で、たとえファンが会える機会があっても、強力なガードで固めて、とても接触などできない。ましてや包丁など持っていたら、すぐにバレて捕まってしまう。
16歳の私は、そのことがまだよく分かっていなかった。
その体験ののち、私は何か気が抜けて、あまりアダン・ドドンを殺したいとも思わなくなったし、それほど熱狂的な信者でもなくなってしまった。
とはいえ、アラン・ドロン、やはりこんな男はちょっといない。
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