第4話 美しき男(フィクション)
「こんな夢を見た」というタイトルで、フィクションともノンフィクションとも言えないようなものを書こうと思って、随分とない頭をひねって思い巡らせたが何も浮かばない。
仕方ないので、ある男の容貌でも描写してみよう。
鏡に映ったその顔は、なんといっても美貌だった。
キリッとした眉、切れ長の形のいい目、長いまつ毛。長いといっても決して濃いわけではない。あっさりと、綺麗に揃った長いまつ毛、とでも言えばいいのだろうか。そして澄んだ瞳。澄んだ瞳とは、よくある表現だけれど、その瞳は本当に澄んでいた。色は少し茶色に近いかもしれない。何か不思議に力のある目なのだけれども、本当にとろけそうなほど、澄んだ綺麗な瞳だった。それから筋の通った鼻。いや、筋ではない。たとえば水彩絵の具の淡い色を、細い筆ですーっと引いたような、陽光の下でも、室内でも、これほど美しい陰影があるだろうかと思うようなすーっとした印象なのである。そして形のいい口元。口など、マンガなら線一本で済むようなものだが、その口は、こんなに綺麗な唇の線がよく偶然に出来たものだと心底感心してしまう、本当にいい口だった。
とにかくその男の顔は、前から見ようと、斜めから見ようと、明るかろうが、暗かろうが、文句のつけようのない美貌だった。
男は、その顔にちょっと乳液をつけてよく撫でつけ、長めの頭髪にムースをつけるとブラシを入れた。きょうも相変わらずいい。
紺にやや近い、上品な色のスーツに身を包むと、きょうは渋谷の本社へ向かう。車は黒のベンツだ。男は目黒区との境目あたりにある、雑貨の輸入販売の会社を経営しているのだ。しかし昨年から売り上げは激減し、今経営は大きな岐路に立たされている。
全てがコロナのせいだ。
そもそもこの辺りに溢れていた顧客の会社員が、今はテレワークに変わり、3分の1程度に減った。売り上げは激減し、もうどうすることもならない。これも時代の変化というものだろうか。
従業員は勿論、男もうすぐ路頭に迷うだろう。車も家も売らねばならない。
富も地位も、煙のように消えていくだろう。
全ては、もう終わりなのだった。
鏡の中の顔と若さ。
それだけが男の全てなのだ。
これから愛人のもとを訪れて、甘く囁いてやらなければならない。
「これからは君だけが頼りなんだ。悪いけど、よろしく頼む」
そうしてキスのひとつもしてやれば、それで勝負は決まりだ。
男は美しかった。美し過ぎたのだ。
男は思う。良かった! せめて美しく生まれついて!
? ? ?
注釈
現在、ある女流作家さまが長編小説を連載しておられます。その中に登場するレヴァルという美しい男性に刺激を受け、私もちょっと美しい男を書きたくなり、私なりに挑戦してみました。
言ってみれば、これはその作家さまの作品へのオマージュでもあるのです。ただ、レヴァルはこんなナルシストではないですが。
いかがでしょうか?
果たしてうまく書けたでしょうか?
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