魔王様のブレイブメーカー

踊堂 柑

第1話 拾った勇者

「おい待て? 捨て子というか捨て勇者!?」


 薄暗い森の中で思わず魔王ヴァラルクストは固まった。


 執務の合間に散歩に来たのだか、どこからか泣き声がする。それで見に来てみれば、ふわふわとした金髪の赤子が籠の中で泣いていたのだ。


 ここは魔王城を囲む森。親に捨てられたのかと不憫に思って〈鑑定〉してみれば、そのステータスには『勇者』と明記されていたのである。


「何で……? 呪われているわけでもない。妙なマイナススキルを持っているわけでもない。きわめて健康な人間の赤ん坊にしか見えん」


 思わず手を伸ばすと、指先に触れた髪も頬もふっくらと柔らかい。きょとんと泣き止んだアメジストの瞳は陰りなく澄んでいる。


 小さな手をヴァラルクストに向かって伸ばす赤子は、正直非常に愛らしかった。その上人間にとっては貴重な勇者という称号持ち。それを捨てる理由がわからない。


「……放っておくと森の魔獣が寄ってきてしまうな」


 ヴァラルクストは赤子の入った籠を拾い上げ、城の居室へと転移した。





「陛下。お召しでしょうか」


 魔王に呼び出されてやってきたのは、魔王国の宰相サバルである。高位吸血鬼ヴァンパイアロードであり、魔王の腹心。


 サバルが顔を上げるのを待って、ヴァラルクストは傍らに置いた籠から赤ん坊を抱き上げる。


「陛下、その赤子は……?」


 サバルは目を細めた。見たところ角もなく耳も丸いが、何せ赤ん坊。魔族の特徴がまだ目立たない可能性もある。幼いながら整った顔立ちの将来楽しみな子供だ。


「おめでとうございます! さすが陛下の御子、お美しゅうございますなあ」

「違うわ!!」


 ヴァラルクストが即座に否定する。サバルは笑って首を振った。


「またまた。産んだのは誰です? サキュバスのエフェミラ? まさか我が一族のイリーナ?」

「あいつらをけしかけたのはお前か!」


 思わずヴァラルクストが怒鳴る。サキュバスも吸血鬼も夜に強い種族。しかも露骨に肉食系。男である以上女が嫌いとは言わないが、ああも迫られると逆に冷める。おかげでヴァラルクストは寝不足を強いられていた。


「違うんですか? 朴念仁の陛下にやっと御子がと思ったのにぬか喜びですと!?」

「夜な夜な撃退に忙しいのにむしろどうやって子作りなどできると!?」

「じゃあその赤ん坊は何なんです?」

「…………俺の嫁だ」

「は?」


 一瞬呆然としたサバルは、我に返ると猛然とヴァラルクストに食って掛かった。


「何に目覚めたんすかアンタ!? ちょっとさすがに擁護できない!!」

「目覚めたわけではない! お前は主君への礼儀を覚えろ!」

「だってまだ赤ん坊でしょ!!」


 ヴァラルクストは目を逸らす。


 赤子を連れ帰ったはいいが、しばらくするとまた泣き出してどうやっても泣きやまない。ミルクか、おむつか、と世話を焼いてしまった。


 メイドか女官に任せればよかったのだ。だが赤子が勇者であることを知られるのはまずい。秘密にしておかなければならないと思ってしまった。


 そして一糸まとわぬ姿を見て初めて気づいた。


 赤子は女の子だったのだ。


 赤ん坊を風呂に入れていたいけな娘を裸にしておむつを替えてあらぬところに触れてしまった。赤の他人の男がだ。


「責任は取らねばならない……」

「責任!?  完全にアウトじゃないですかあっ!?」


 ヴァラルクストはそっぽを向き、サバルは頭を抱えた。


 いまだ独身の麗しき王。その妃になろうと魔族の女たちは鵜の目鷹の目で夜伽の隙を狙っている。


 事実は後からついてくる。寝所に潜り込めれば。王の手に触れられれば。とにかくお手付きになったと言い張れるきっかけさえあれば何とでも。


 油断も隙もない。最近では目が合っただけで口説かれたと言い出す女が出る始末。


 そんな猛攻に晒され続けた結果、魔王の結婚観には重大な誤解が生じていた。二人きりで女に触れたら、結婚しなければならないと思わされてしまったのである。


 早く跡継ぎをと女たちの暴走を見ないふり、むしろ煽った宰相サバルの責任は重大であった。

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