氷体032
達吉
第1話
自分たちの祖先--と言ってもそう遠くはない。120年前の人々が地球を出た後、それでもいつかは地球戻ることを望み、科学もそして人類も進化した。見た目こそ120年前の人々となんら変わらないが(太陽光に当たることがないので色素はだいぶ薄くなっていたが)一番の進化は精神的な能力といわれる部分だった。
ともかく、我々は先遣隊第三次隊として地球に帰ってきた。
地球は相変わらず氷で覆われていたが、地球上での生活は可能であるという結果を母船に送った。
エネルギー値は十二分にあるし、大地を凍らせる程度の寒さなら、自分たちはやり過ごせる術を身につけている。ほぼ絶対零度の世界でも我々は生きてきたのだから。
我々は船を固定し、地上を散策した。
120年前の地球上での技術を示すもの、地球上の生き物のサンプルを集めることが目的だった。
生物の多様性は生き物が生きていく上で重要なことだった。
細胞からの再生、遺伝子からの再生はもはや当たり前の技術となっていたが、その基本になる素体がなくては再生もできない。
氷体No.032は女性だった。
美しい女性だった。
彼女は椅子に座って窓の外を眺めていた。
見開かれた黒い瞳は何かをじっと見ていた。
船の中で氷体を蘇生する。
うまくいく確率は8%に満たない。
蘇生されない場合は脳と数カ所の細胞を凍らせたまま保存して、母船にて再生、もしくは生体サンプル化される。
この女性を誰もが無事に蘇生させたいと願った。
蘇生は「魂」から始める。
ダイバーが潜って氷体の魂を見つける。
肉体が完全に死滅してなければ魂は再び宿り、蘇生は可能である。
肉体は脳の一部以外は再生可能であり、新しい生命が誕生しにくい状況の中、人々は命を長らえている。
しかし、どうしても見つからない魂もある。
氷体032の肉体は再生の必要が見受けられないほど、完璧な冬眠状態だった。あとは魂をその肉体に戻すだけだが、120年前の魂を見つけるのは難しい。
第二次隊から氷体の蘇生を試みているが、人間以外の生き物では成功例はない。人間も第二次隊が回収した氷体27体のうち、無事に蘇生したのは3人だけだった。
船内一のダイビング能力を持つケセナが氷体032の隣に座る。
ケセナは目を閉じて、魂を探している。
その部屋には、あともうひとり、副艦長で生物学者のスルガがいた。
スルガはレコーダーで、その記憶力は誰よりも優れていた。
同調すれば他人の視点で見たものも記憶できた。
ダイビングのイメージは水の中に潜るのに似ていた。
少し濁った水の中から目的の魂を見つける。
目で見つけることもあるが、ソナーのようにこちらから相手の魂に呼びかける。
ケセナは氷体032を初めて目にした時から、何かしら感じるものがあった。それはスルガも一緒だった。
「どこかで見たことがある」
スルガはそれがいつどこで誰の記憶なのか、思い出していたが、氷体032の蘇生の目処がつかないうちは黙ったままでいようと思った。
ケセナは氷体032に、032のことを覚えていた相手のビジョンを送り続けた。
『待っている』
氷体032の声だとケセナは思った。
『あなたのことを待っている』
ケセナは声のする方に近づいていった。
女性がひとり座っている。
窓辺は危険とされていた。
硬化ガラスの張られた窓から少し入った部屋の中、四角いテーブルの脇に置かれた椅子に座って、窓の外を眺めるように女性は座っていた。寂しそうでもあり、何の表情もないかのようでもあった。
「サユリさん」
ケセナは声を掛けた。
その声に反応して女性はケセナの方を向いた。
「あなたは?」
「ケセナと言います。アルベルトさんの使いです」
「アルベルト!?」
サユリは目を瞠いた。
「アルベルトが、あの人がどうして?」
どうしてここに来ないのか?そう言いたいのだろう。
「アルベルトさんは足を怪我されて、こちらには来られないのです。だから、あなたをアルベルトさんのところへお連れしようと迎えにきました」ケセナは言った。
「私と一緒に来ていただけますか?」
サユリは躊躇っているようだった。
目の前にいきなり現れた女性を信じていいのだろうか?
「アルベルト・J・ミシマにサユリさんが見つかったと伝えてほしい」
スルガと繋がっていた艦長のオゼットが母船に連絡を入れる。
そして5分後。
「サユリ」
蘇生室に声が響いた。
「ごめんサユリ。すっかり遅くなってしまった」
その声は氷体032の耳にも響いた。
「アルベルト?」
サユリはケセナの身につけている腕時計のようなものから聞こえる声に、目を丸くした。
「本当にアルベルト?」
「ごめんサユリ。すっかり遅くなってしまった」
「アルベルト!」
「そこにいけなくてごめん。でも、待っている。今度は僕がキミを待っている」
氷体032の開かれたままの瞳から涙が溢れた。
そしてゆっくりと瞬きをした。
スルガはこれほどまでに美しいものを見たことがなかった。
「サユリ」
部屋に響く声に反応して氷体032--サユリが体を動かそうとした。しかし、今の状態では動かないのが当然だった。先程の瞬きすら奇跡のようなものだった。
「医療班」
スルガが叫ぶ。
サユリは目を閉じ、隣にいたケセナがその体を支えた。
■■■
氷体018として発見され、無事に蘇生を果たしたアルベルト・J・ミシマはこうして120年もの間待たせていた恋人と再会できた。
その30年後には、人間は再び地球に降りて生活するべく帰還を果たすのだった。
氷体032 達吉 @tatsukichi
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