クロスチャイルド 第1章 ミラク編 4 [3/3]
その時、軍事用の船が空から音も立てずにやってきた。
先ほどユキが要請した、クロスチャイルド研究施設の船だ。
船首は全てガラス張りであけすけだが、忍び寄る蛇のような存在感の薄さはかえって異様な恐怖を掻き立てた。
この船の特徴は何と言っても動力が原子力を積んでいるため無限であることだ。
攻撃部隊ではないため、その機体のどこにもプロペラもなく、静かに空を浮遊する。
軍事用の名の通り、攻防・そして運転を自動で行いながら、中では簡単な医療的な処置が取り行えるものだ。
「ミラク!アーサーをその船に乗せてくれる?君もそのままその船に乗るんだ!」
ユキは目線を武装集団に向けたまま叫び、ミラクは空中に浮いたまま、少し考えて、「…わかりました!」と叫び返事を返した。
ミラクはレーガン夫妻の安否も確認したかったが、目の前のアーサーの傷も深いことを十分に理解していた。
顔は青ざめていて、すぐに適切な処置が必要な状況だということも。
船のドアが開き、ミラクはそのまま空中から乗り込む。
「やぁ、ミラク。赤ちゃんの時以来かな。翼を出したんだね。薬で抑えていたはずだから、自分の意思で出したのかな。」と柔らかな表情をした男が待っていた。
「僕はジェフリー・ガーランド。君の誕生に少し関わっている者だよ。」
今までの状況に全く似交わしくない、とても穏やかな表情でミラクを迎え入れてくれた。
例えるなら、静かな清流のような…実体があるようで、全くないような。
ジェフリーは幼くも見え、逆に歳をとっているかのようにも見えた。
ミラクは何故か、そんなジェフリーを見て泣き出したくなった。
安心したのか、戸惑っているのか、全く分からないぐちゃぐちゃの感情が滝の様にミラクの中から溢れてくる。
「アーサーの処置をしなくてはね。僕はお医者さんでもあるから安心して任せてくれる?」
そうして機内にある応急処置の道具を取り出して素早く処置を始めた。
幸いなことにアーサーに当たったレーザーは重要な神経を切っていなかった。
これなら時間を有するが元通りになんとか回復するだろう。とジェフリーは言った。
「アーサー、ミラクを守ってくれてありがとう。君がいなかったら、きっと大変なことになっていただろうね。」
消毒から始めると、アーサーはうめき声をあげた。
「ユキが…あんなに躊躇いもなく…人を殺すなんて信じられない…よ。」
「……。」
「ユキは…、っ…。自分の命も…軽んじている…。う…っ」
アーサーはまたうめき声を大きくあげた。
「…そうだね。」
「…でも、ミラクとユキは同じクロスチャイルドでも…全く別のものに…見える…。」
息を乱しながら、アーサーは何とか伝えたい言葉を伝えようとする。
ジェフリーの方も話しながらも的確に処置を終え、包帯を腕に巻いた。
「…それは、ユキとミラクは育った環境が違うからだよ。」
ミラクが心配そうに外の景色を眺めようとすると、
「ユキなら心配いらないよ。」と声がして、ミラクは後ろを振り返りジェフリーの方を見た。
「ユキは人間相手には絶対に負けない。だから心配しなくていい。」
ジェフリーは今までユキに数え切れないほどの命がけの任務を与えてきた。
もちろん命を落としそうになったことは何度もある。
それでもユキは必ず帰ってきた。
先ほどいたのは30人くらいの人間の武装集団だ。ユキが負けるはずがない。
絶大な信頼は確信へと変わる。その世界の中で生きている者にとってそれは、当たり前にあって無くてはならないものだ。
「あの…!クロスチャイルドとは、何ですか?ユキさんは、どうして、あんな簡単に人の命を奪えるの…?」
真剣な眼差しで、ミラクはジェフリーの腕をそっと掴む。
手の震えは止まりそうにもない。頭の中がままならずに言っていることも聞きたいことも定まらない。
それでも、目の前の男にすがらずにはいられなかった。
「私は何のために…?」
クロスチャイルドの全容がわからない。世間というものをまるで知らないミラクにとって、たった今見た片鱗は、倫理観から逸脱した身体能力の高い殺人鬼だ。
それが自分だという。
「私は…」
これ以上の問いが出なかった。
クロスチャイルドとしてのあるべき姿が先ほどのユキのようなものだとすると、自分はなぜこんなところで生きているのだろう。
アルバートもミアもミラクに戦いを教えなかった。
アッパークラスの中で生きるための教養を学び、勉強もそれなりに高いレベルの教育を受けた。
人間の中で生きるための術を学んで生きてきた。
両親に人を殺せと言われたことは一度たりともない。
それよりも和を以て貴しとなすという精神の元、協調性の重要さ、人との関わり合いについて、とても強くミアに言われて育って来た。
「それはね、君は、レーガン夫妻に望まれて、生まれてきたからだよ。愛されるために生まれてきたんだ。」
「え…」
「君は知った方がいいかもしれないね。君の生まれてきた理由を。」
ガーランドは処置の道具を片付けながら、ゆっくり話し始めた。
その声色があまりにも静かで心地よくて、染み入るように、頭の中に入ってきた。
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