クロスチャイルド 第1章 ミラク編 3 [3/4]
ユキは自分のイヤーカフ式の通信機器の接続を確認して、ジャケットの内側に忍ばせた小型のレーザー銃の確認をした。
”彼女の命を守る“
ユキにとって、ジェフリーの命令はどんな法律やルールよりも最優先される。
それが今までのユキの常識であり、これからも続くユキの存在意義だった。
『ユキ、聞こえるかい?僕は会場入りしたよ』
イヤーカフから聞き慣れたアーサーの声がした。
『了解。』とユキは返すと、ちょうどその時、ドアの奥からノックの音とともにクリスチャンの声がした。
「ミラクお嬢様、皆さまがお揃いになりました。」
ミラクは、立ち上がり、「何だかワクワクするわ!」と、呑気な事を言っている。
この少女の運命は数分後には180度も変わるかもしれない。
まるで温室で大切に育てられた繊細な花だ。
その花をへし折るのはきっと容易いのだろう。そう思うと、何だか心のどこかがずん、と重くなった。
「本日はアーサー様という、旦那様の古いご友人がエスコートしてくださいます。」
(なるほど。そういう手筈になっているのか。確かにエスコートするならアーサーはうってつけだ。彼の人当たりの良さは施設で一番だろう。)
ミラクはまだあどけない印象が残る成長過程のスレンダーな体つきだが、上質なサテン生地にフリルをあしらった可愛らしいオレンジのミニドレスは、裾がアシンメトリーになっていて、すらりと伸びた長い四肢によく映える。
ケツァールが温暖な気候に生息する鳥だからか、産みの人間の母親が南国出身だからかなのかはわからないが、エキゾチックな雰囲気を醸し出していて、本当に美しかった。
クリスチャン、ミラク、ユキの順で長い廊下を歩き、細かい金細工であしらわれた豪華な扉を開けた。
開いた先は、光がどこもかしこもを照らしていた。
この家で一番広い大広間には、色とりどりのクリスタルガラスをふんだんに使った大きなシャンデリアが縦に三つ整列していた。
天井には大地の女神と海が天井いっぱいに描かれていてこの部屋自体が文化的遺産のように思えるほど、歴史を感じる重厚感のある部屋だ。
ミラクが部屋に足を踏み入れた途端、会場にいた者がミラクへと自然に目を移した。
感嘆の声をあげる者もいて、その視線に応えるように、ミラクが深々とお辞儀をすると、近くで待機していたアーサーの手を取り、階段をゆっくり降りる。
アーサーの緊張しているのか、表情はまだ少し硬かった。
まるで人形が歩いているような美しさに人々は目を奪われていた。
そしてその奥に、ネオIT革命の最先端を常に走る生きる伝説、アルバート・レーガンがいた。
アルバートは、自身が手に持っているグラスにフォークを2・3回ほど高らかな音を鳴らして場の注目を集める。
会場の視線がアルバートに注がれた。
「皆さま、本日はようこそいらっしゃいました。この度は我が社が開発に5年の歳月をかけて完成した新プログラムの完成を祝って、まずはこの開発にご尽力頂いた皆さま、そして親しくしていただいている皆さまに、感謝を申し上げるとともに、発表の機会を設けさせていただきました。明日、全世界に配信が決定しております。世界の常識が変わる前夜祭をどうぞごゆるりとお楽しみください。」
割れんばかりの拍手が会場内に響く。
ユキも全神経を集中させ、警戒体制のレベルを限界点まで上昇させた。
華々しい功績と、彼の容姿は相反していた。
丸メガネの奥にある優しげな小ぶりの瞳が印象を和らげ、丁寧に揃えられた髭がチャーミングな男性で、恰幅のよさが相乗効果となり、更に柔らかい印象に与えている。
その隣に寄り添うのは、妻のミア・レーガン。
とても控えめな印象の上品な女性だが、夫を影から支え、会社の成長を支えてきた縁の下の力持ちタイプで、彼女がいなかったらレーガン社の成功はないと言われるほど陰の功労者でもある。
近年ではチャリティー活動に力を入れている活動家でもある。
ユキの視線はミアのさらに後ろ、ペールオレンジと白が合わさったような色素の薄い髪に透けるように白い肌、金色に輝く瞳が印象的の青年に移動した。
向こうもこちらに気づいたようで、 目が合った。
彼こそがユキと同じくクロスチャイルド研究施設に所属するクロスチャイルドで、ナイルワニのハダルだ。
彼は普通のナイルワニとの交配で生まれたのだが、突然変異で真っ白な体で生まれたため、こうした容姿になっている。
自然界において突然変異は極たまにあるのだが、クロスチャイルドでこうした変化を持って生まれてきたのは彼だけである。
ハダルは長身でとにかく大きい。筋肉質で胸板は厚く、肩幅も広い。
短く整えられた短髪に、すっと通った鼻梁に彫りが深く、整った顔立ちの青年だ。
『よおユキ久しぶりだな。最近は全然顔を会わせねぇからよ…っと会話を楽しみたいところだけど、…気づいてるか?』
目線を合わせたまま、ハダルからの無線が入る。
「うん。」
『1、2、3、4……全部で何人かわかんねーや。屋敷の周りに集まってきてる。これを俺たちだけでって、ジェフリーもとんでもないことをいうな。』
苦笑いを浮かべながらどこか楽しそうなのは、ハダルが根っからの好戦的な性格ゆえだろう。
『お前も屋敷の見取り図は頭の中に入ってるな。奴らが狙うは夫妻のマスターキーコードだ。コードをレーガン社のメタバース上に入力してリリース開始させるともう後には戻れない。その前にマスターキーコードを奪いにきたってわけだ。』
ここにいる全ての人の目当てが「MY BRO」ということだ。
『シャチの野郎は俺がやる。お嬢の周りにいる残りの雑魚を頼むぜ。』
「…わかった。」
ハダルとの会話が終わった時には、すでに乾杯を済ませ、顧客の興味はミラクに集中していた。
「アルバート、この美しいお嬢さんはどなたかな。」
「娘のミラクと言います。訳あって公には公表していませんでした。ミラク、ご挨拶なさい。」
「ミラクと申します。本日は皆さまお越しいただき誠にありがとうございます。本日はどうぞ楽しんでくださいませ」
ミラクが小鳥のような声を発すると、ザワザワと浮き足立つ。
なんて美しい-こんな美しい少女は見たことがない-
では、レーガン社の跡取りは彼女の結婚相手?-
では、隣の方がそのお相手?-など、様々な声が聞こえてくる。
人間というものは、本当に憶測で色々なことを言う。
ミラクが会場の花になっている時もアーサーはミラクの手をとり側にいた。
どうやらレーガン夫妻の古くからの友人という事で設定が落ち着いたようだ。
ーふと、ユキはとある人の男性が気になった。
祝いの席にはあまりにも不釣り合いの様子で、焦るように時計をずっと気にしていた。
年齢は、アルバートに近いだろうか?顔も何となく似ているような気がする。
この男から不穏な空気を感じ取った瞬間、何か大きな爆発音と共に地が響いた。そしてその大きな音と共に、全ての電気が消え、あたり一面暗闇に包まれた。
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