その鳥が見せた夢

夏川 流美

さよなら、思い出


 オンボロの廃屋。木々に囲まれ、ツタに巻かれ、草花は室内にまで生い茂っている。室内には傷だらけのテーブルと、椅子が2脚だけ。テーブルの上には、華奢な花瓶が飾られていた。



 そんな場所に、私はいる。



 黄金の陽が私と自然を照らす、午前7時。全身の力はもう入らず、部屋の壁にもたれかかって視線を動かすことで精一杯だった。


 目を向けるのは花瓶の花。白く、小さく、繊細で、無垢。天に向かって真っ直ぐ伸びる茎が、芯の強さを表している。あぁ、おかしいな。最期まで美しい姿だ。


 だからと言って、生きたいわけじゃない。私は私の人生を全うした。これが運命だと言うなら、素直に従うものだ。


 でも、そうだな。もしも最期に願いが叶うなら、一目だけでも会いたかった。最期に伝えたかったことが山ほどあって。ありがとうも、ごめんねも、何も言えていない。せめてそれだけは伝えたかったのに。


 きっと彼は生きていて、健康な高校生として過ごしているに違いない。私のことはすっかり忘れて、新しい友達と楽しく遊んでいたら良い。彼が幸せでいてくれれば、それで。




 ……ぐらり。視界が揺れて霞む。呼吸をするたび、ヒューと風の音がする。


 彼がいなくなってから毎日、朝早くから待ってみたけれど、結局会えずじまいか。もしかしたら、今日の昼にでも来てくれるかもしれないな。その時、私は既にいないけど。


 意識がぼやけて、次第に混濁していく。もう、ここともお別れ。寂しくなって、腕を伸ばした。テーブルに、椅子に、花に、彼に、全ての思い出に。


 伸ばしたつもりだった腕は、本当はピクリとも動かなかったが……私は笑って息を止めた。





 幸せだった。

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