第6話 「終わらない」の始まり(6)


 美しい庭が、悲惨な現場へと変わり果てている。


 時間が経ち、鮮明な赤から茶色へ変色した血の海の真ん中に受領の死体はむしろをかけられただけで、そのまま置かれていた。


 淋海が念仏を唱えて、その死体を供養すると、無造作に屋敷の中に入る。

 側近が驚いて悲鳴を上げたが、緋色の目をした受領と女は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。


「僧侶が何の用だ。お前たち、何をしている? 早くこの者を捕らえよ!!」


 偽物の受領がそう命令するが、淋海達と共に来た受領の従者たちはピクリとも動かなかった。

 淋海の法力によって、偽物の受領は人間の姿を保てなくなり、徐々に狸の姿に戻ってゆく。


 女も同じく、徐々に9本の尻尾を持つ狐の姿へ。


「チッ……見破られてしまったのであれば、仕方がない————」



 狐は淋海の放った法力の光を狸を身代わりにして交わすと、体を9つに分裂してどこかへ飛んで行ってしまった。


「やはり、逃げられてしまったか……」

「やはりって…………あなたはあの狐を殺しに来たのではなかったのですか?」


 信女はてっきり、淋海が自分の代わりに妖狐を殺してくれるもだと思っていた。

 しかし、尻尾の数は、その狐の強さに比例する。


「今の私の法力では、それは無理でしょう。祓うのがやっとです」

「そんな…………」

「それに、信女さん。あなたは、簡単に殺すなどと、物騒な言葉は使わないでださい。極楽浄土へ行けませんよ?」


 不老不死の信女に、極楽浄土は一番関係ない言葉だった。


「いつか、あの狐に勝つことができる者が現れるでしょう。時を待つしかない。大丈夫、その時、信女さん、あなたはその者のそばにいる」


「その時って、いつですか?」


「それは、わかりません。きっと、ずっと先の、遠い未来のことでしょう。私の予言は当たります。信じて待ちなさい」



 なんだか煮え切らないまま、この漁村での妖怪騒動は幕を閉じた。

 不老不死となった信女は、この村でいつまでも暮らしていけるわけもなく、旅をしているという淋海について、仏門に入ることになる。

 そして、人魚の肉を食べた彼女の話は、八百比丘尼やおびくにとして各地に伝説として広まるようになった。


 また、この時逃げた妖狐はその後、後鳥羽上皇を誑かし、玉藻前たまものまえと呼ばれるようになった。


 信女は八百比丘尼として各地を放浪している時に、その話を耳にする。

 玉藻前が、殺生石となって各地に封印されたという噂とともに。



 彼女は淋海の予言を信じ、いつか来るその時を待ち続けていた。

 封印ではなく、この世から消えるその時を、ずっと——————


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