第28話 Ⅴ-②
それでも、私にとって不幸中の幸いだったのは、例の味のない薬だけは事前に沢山買い貯めしてあったことだった。私は食べ物を食べない日でも、寝る前には必ず薬を飲むことだけは欠かさなかった。別に栄養になるわけではないが、私が生きる拠り所にはなってくれる。もちろんただの一度も味を感じることは無かったが。
恵は最近食べ物の絵を描くことが多くなった。私より多く食べ物を食べさせているつもりなのだが、腹の虫が鳴り続けているし、よっぽどお腹が減っているのだろう、当たり前と言えば当たり前だ。恵との会話も最近はほとんど無くなってしまった。
恵は寝て、起きて、水と食事ともいえない食べ物を食べて、絵を描いて寝る、そんな毎日で、私は寝て、起きて、恵と一緒に水と食べ物を口に入れて、恵の絵を見てボーとして過ごし、薬を飲んで、恵と一緒に寝る、ただそれの繰り返しだった。
どうやら救いは私たちの元にはやってこないようだ。
信心深い私があんなに頑張ったのに。
せめて恵だけでも救ってあげてほしいな。
多分恵一人だけなら助ける方法はあるだろう。一度恵本人に相談したこともあった。恵は病気なのだからそこを全面的に主張すれば病院に入れてもらうことだって出来るはずだ。そう考えて、近くの福祉事務所の前まで足を向けたことがあったのだが、結局中には入れなかった。それを妨げたのは恵の気持ちと私の我儘だった。病気の恵に正常な判断ができるのかと言われればそれまでだが、福祉事務所の前で駄々をこねる恵からは、私と離れたくないという気持ちは確かに伝わってきたし、私も最後まで恵と一緒にいたかった。これは勝手な想像だが、恵は寂しがり屋だから病院に一人で入るなんて気が狂ってしまう程嫌なことなのだろう。
そんなこともあって結果的に私は恵を道連れにしてしまった。しかし最後の最後、今になって私の胸に去来するものは安堵ではなく後悔だ。なんとかして恵だけでも助けられる方法はないか、と今更ながら考えるようになってきていた。しかし、もう外に出ることができないのが悔やまれる。
ごめんね恵。
ばかなお姉ちゃんで本当にごめんね。
水分しか取っていないためか、ずいぶん塩味の薄い涙が目からこぼれ落ちた。
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