第7話 Ⅰ-⑦
営業を取り仕切る高橋課長ではなく、さらに上席の、朝からずっと沈黙を続けていた新山支店長がついに口を開いたようだ。支店長の仕事は何もせずにただただ営業員にプレッシャーを掛け続けることのようで、なぜそんなことが仕事として成り立つのか3年間見てきて未だに不思議なことだ。新山支店長の号令に営業員全員が支店長の周りに集まる。
ガン!
いきなり新山支店長が席の後ろのホワイトボードを叩いた。
関係の無い総務課にまで緊張感が走る。
「何で後少しの数字が詰まらないんや。電話してウルトラアドバンス(現在販売中の投資信託の商品名)の良さをちゃんと説明したら、顧客もこっち向いてくれるって!買ってくれるって!!」
バン!
新山支店長は関西なまりの怒声を上げながら、再びホワイトボードを叩いた。
ホワイトボードって叩くためのものじゃないんだけどな。
私はそう思いながら自分の仕事にラストスパートをかけ始めた。営業課では支店長の集会は終わり、再び気合いの入った電話口撃が始まったようであった。
終わった。
時計を見ると時刻は20時半を回っていた。とりあえず今日の仕事はこれで大丈夫だ。後は早く片付けて帰ろう。私はデスクをできうる限りの早さで片づけ、パソコンを落として席を立った。営業課を見ると相変わらず必死の形相で誰もが電話にかじりついている。
「お先に失礼します。」
私は松本課長にも、営業課のみんなにも少し悪いなと思いながら、トーンを落として形だけの挨拶をし、オフィスを後にした。
すごく疲れた。帰りの電車では少し眠ろう。
22時過ぎには家に辿り着いた。通勤時間が長いのも仕事が嫌な理由の一つだが、そうは言っても贅沢は言っていられない。
階段を上がる手前のポストにはクレジット会社からの督促状が沢山入っていた。昨日より増えているのだろうが、私は今日も無視してそのままポストを通り過ぎた。どうせ、私の家に届く郵便物なんて借金の催促か、何かしらの勧誘のダイレクトメールに決まっている。そんなもの一見の価値なしだ。
ボロボロの市営住宅、その二階に私の家はある。市営住宅というのは市の基準を満たした貧困者に対して格安で提供される住宅のことだが、病気で働けない母と、精神疾患のある妹と借金を抱える私たちは、市の基準を十分すぎる程クリアしていた。
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