第3話  Ⅰ-③

そして席で書類を一瞥した後、

「これ××さんの所に送っといて。」

と私に無表情で書類を渡してきた。男と女でこうも態度が変わるものか、と思うような豹変ぶりである。あるいは、仕事の関係上の距離に起因するものなのか?私には分からないし、分かりたくもなかった。

 その後も、寺原君と同じように何人も同じ、あるいは同類の依頼を持って営業員が総務課を訪れた。そして、同じように高野さんが対応し、ところてん方式で書類が私の机に溜まっていく。役割分担とは、つまりそういうものなのだろう。

『高野さんは先輩だから書類を受け取り、形の上でチェックし、後輩の私に指示を出す。』

客観的に表現するとこうなる訳だが、私には到底納得のできる制度では無かった。しかし納得していてもいなくても、仕事は仕事なのである。こうして私は発送やデータ入力などの仕事に追われることになる。高野さんは仕事をしているが、私は仕事に追われているのだ。これを不等式で表すと、

高野さん>仕事>私

の関係が成り立つ。どう考えても私は最底辺にいた。

 「ここでの時間は忙しければ、忙しい分だけゆっくりと流れるよな。」

昔、営業員の誰かがこんなことを話しているのを聞いたことがある。全くその通りだと思う。よく忙しいと時間が過ぎるのが早いというが、辛い時間というのはゆっくりと流れるものなのである。そしてゆっくりである分だけ苦痛も大きい。負の相乗効果だ。

 しかしどんなにゆっくりでも時間は過ぎる。時間は川の流れのように、ゆっくりゆっくりと険しく流れた。私の心を削りながら。そして私はほとんど同じ作業を繰り返し、処理するよりも早いスピードで増えて行く書類が机の上に積み上がった状態のままお昼を迎えた。


 「そろそろお昼にしましょうか。」

総務課長の松本課長が総務課の空間に対してそう言った。

「はーい。」

高野さんが嬉しそうにパソコンをロックし、ミウミウの高そうなバッグを片手に席を立った。

その間約8秒。

一体彼女は午前中何の仕事をしていたんだろうか。

私は、残っている仕事を必死で片付けようとしながら席でパソコンを叩き続けた。

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