第176話 まさかの誘い
「ふぅ、動いたわね」
「フレデリカ姉様、タオルとお水です」
二人のハイレベルな戦いが終わったのが分かったので、俺は真っ先にフレデリカ姉様にタオルと水を渡していた。
トールにも渡すけど、姉を優先するのは当然かもしれない。
「ありがとうエル!」
「いえいえ」
冷たいタオルで顔を吹き、美味しそうに水を飲むフレデリカは見ていて気持ちがいい。
それを見届けてから、俺はさっきとは逆の立場でトールにタオルと水を渡した。
「ありがとうございます、殿下。でも、確かにこれは辛いですね」
「分かってるから言わなくていいよ」
トールとしても、俺にお世話されるのは実に違和感があるのか苦笑気味にそう言うのだけど、気持ちは凄く分かるのでそっと黙らせた。
「ふぅ……今だけは殿下が美味しそうに水を飲む気持ちが分かります」
「甘いな、俺はその数百倍は美味しく感じてるから」
「殿下は神界の水でも飲んでるのですか?」
相変わらず理解できないという顔をされてしまうけど、こればかりはトールには理解できないだろう。
長いこと、触れれば害があったのに触れたかったものが今世でようやく触れられて、こうして飲むことも出来るようになった。
その感動は俺にしか分からないだろうし、むしろ分からない方がいいと思う。
あんな辛い思いは誰にもして欲しくないものね。
こういうピュアな気持ちは、婚約者達が居たからここ思い出せたものかもしれないと悲しいことも考えるけど、俺にも多少は良心があるのよ?
だからトールや、そんな顔で見ないでちょうだい。
「にしても、トールはまた強くなったわね」
「いえ、フレデリカ様程ではありませんよ」
そう言いながらもそんなフレデリカ姉に普通に渡り合っていたのだから、謙遜なのかそうでないのか分からないのだが、ある意味それが俺の実力を示していた。
とはいえ、肉眼で追えない速度で当たり前のように動かれて、しかもその後でもいい運動した程度の汗しかかいてない2人を見れば、その高みの高さが見えなくて思わず目を細めてしまうのは仕方ないと思うんだ。
まあ、追いつけないけど、応援はさせて貰いますけどね。
大切な家族と騎士ですから。
「帝国の皇帝は強かったでしょ?」
「ええ、フレデリカ様も模擬戦などを?」
「したわよ。結構余裕であしらわれたから、もっと強くなって地面を転がせてみせるわ」
メラメラとやる気マンなご様子のフレデリカ姉様。
今の力でも慢心せずに、更に強くなろうと貪欲に努力をするフレデリカ姉様は才能もあって努力もする尊敬できる姉様であった。
本当に今世は皆カッコよすぎ。
「何にしても、トールにも負けないからね」
「そうですね、いつかは追い越させて頂きたいものです」
「無いとは思うけど楽しみにしてるわ」
そう言ってから、戦闘を楽しんでいた表情から一転して、いつもの弟を可愛がってくれるフレデリカ姉様に戻るとフレデリカ姉様は言った。
「トールもまた強くなったし、これならエルを任せても安心ね。まあ、エルもまた上手くなってたし護衛は問題ないかもね」
「フレデリカ姉様のご指導のお陰ですよ」
魔法があるとはいえ、最低限の自己防衛のための術は講師とかよりもフレデリカ姉様から教わった回数が多い。
剣に関して言えば、フレデリカ姉様が俺の師匠になるのかもしれない程だ。
俺の言葉に嬉しそうにしてから、フレデリカ姉様は思いついたように楽しそうに言った。
「じゃあ、エル!せっかくだからお風呂に行きましょう!」
……はい?
思わず耳を疑っていると、俺の腕を掴んでグングンと引っ張っていくフレデリカ姉様。
フレデリカ姉様が冗談を言うとも思えずに、トールに助けを求めてはみるが、見事にスルーしやがった。
あの野郎……だが、普段嫁たちの元にトールを送り出すときに俺は似たようなことをしてるし恨みがましい目をすることしか出来ない。
「あの、姉様。この年で一緒にお風呂は……」
「嫌なの?」
「いえ、少し恥ずかしいのですが……」
少し悲しそうな顔をされては、断るに断れない。
とはいえ、御年10歳の俺が姉とお風呂とか世間的にはセーフなのかアウトなのか……まあ、フレデリカ姉様が気にしないのは仕方ないにしても、婚約者のダンテ義兄様がいい顔をしないのでは?
「大丈夫よ!任せて!」
しかし、そんな俺の心配など気にしないで笑って流すフレデリカ姉様は本当に凄いと思う。
「ダンテもエルとお風呂入りたいって言ってたから、自慢できそうね。久しぶりに入れたって」
……ああ、そういえばダンテ義兄様もそういう人だったなぁ。
婚約者が弟を可愛がって一緒にお風呂に入ろうが疑う余地がない程に信頼し合ってるし信頼されてるのだろう。
しかし、それと俺の気持ちはイコールではない。
姉様は姉として好きだし、尊敬してるしシスコンと呼ばれても異論はないけど、流石に一緒にお風呂は疚しい気持ちが湧かなくても悩んでしまう。
この歳で姉とお風呂とか、婚約者に知られたら惚れられるどころか何か思われたり……しないんだろうなぁ。
むしろ、一緒にお風呂に入ったフレデリカ姉様を羨ましがりそうな様子が脳内に浮かんでしまう。
それでいいのかと問われると正直迷うけど、ピュアで優しい婚約者達だからと受け入れておくことにする。
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