第147話 適応力の速さ
「あら?お戻りになってたのですね」
「アイーシャ?」
廊下で何故かアイーシャとかち合うが、約束とかしてた記憶はないので、恐らくアイリス達に会いに来たのだろう。
この時間だし、夕飯も誘われた感じかな?
「来てたんだね」
「ええ、お邪魔しております」
「レイナ達と仲良くやってくれてるみたいで、嬉しいよ。せっかく来てくれたんだし、今日は夕飯食べてくよね?」
そう聞くとキョトンとしてから、アイーシャはくすりと笑って言った。
「やはり、殿下とレイナ様達は相性が良いのでしょうね。さっきもレイナ様に同じようにナチュラルに誘われましたし」
「俺は婚約者達ほど清い心根ではないけどね」
「そんなことは無いと思いますよ。少なくとも、婚約者の方々にとっては、殿下は素敵な王子様のようですし、私も何となくではあっても殿下をそう思う気持ちは分かりましたから」
……深い意味はないと思うし、お世辞も混ざってるだろうけど、概ね好印象を抱かせているようで何より。
にしても、素敵な王子様か……なんちゃって王子の俺には荷が重いが、婚約者達に惚れられる自分を目指したいし、そうなるよう努力しようと思えるのだから、俺も心底アイリス達を好きなのだろう。
「レイナ様も、アイリスもセリィも皆、殿下を心底慕っておられるのが話を聞いてるだけで分かるほどですから、それはもう熱い熱い想いのようですね」
あの子らは俺をどんな風に語ったのやら……美化されていそうだけど、そうされる程に想われるのなら悪くは無いかな。
「それにしても、殿下は意外とお忙しいのですね。こんな時間までお出掛けだったなんて」
「ちょっと予想外の出来事があってね。そうそう、それでアイーシャに頼みたいことがあるんだけど……」
せっかくなので、アクセル義兄様とのお忍びの件について、アイーシャにも頼んでみる。
「構いませんよ。お役に立てるかは分かりませんが、何か奢って貰えるのならお付き合いします」
無理強いはするつもりはないので、断られたら仕方ないと思っていると、アイーシャはあっさりと頷いてくれた。
「でも、私よりも父や兄に頼む方が良いとは思いますが……あんなんでも、仕事は出来るので」
「そっちは、俺が頼む前に既に話が伝わってるかもしれないね」
国王陛下経由で、既に何かしら話は伝わってるだろうし、俺から頼む必要も無さそうだが、俺は俺で念の為の保険はかけておこうと思ったのだ。
「なるほど、帝国の皇子様ともなると確かにウチになら既に話は伝わってるでしょうね。なら、尚のこと私は不要なのでは?」
「トール……アイリスの兄で俺の騎士なんだけど、会ったことあるよね?」
「ええ、何やら女性に熱烈に迫られてましたね」
曰く、見ているこちらが恥ずかしくなるようなイチャイチャ具合(アイーシャ視点)だったそうだ。
良かったなトール。
本日の努力はちゃんと、アイーシャにも見られていたみたいだぞ。
まあ、それは置いておくとして。
「俺の護衛の要なんだけど、その騎士の護衛のリソースを帝国の皇子様にも使って貰うから、アイーシャには俺の護衛のサポートと話し相手、というか、相方になってもらいたいんだ」
観光ともなると、きっとアクセル義兄様はレインとのイチャイチャを優先するはず。
おれも婚約者を連れていきたい所だが、全員だと目立つし、誰か一人だと不公平なので、話し相手にアイーシャを連れていきたいという気持ちが強かったりする。
目の前でイチャイチャしてる時に、暇つぶしで話せる相手が居る心強さ……アクセル義兄様はきっとどっぷりと甘いオーラを出してレインを溺愛するはずだから、その対抗手段は必須と言えた。
「分かりました。お引き受けします」
「そっか、ありがとう」
「でも、一つだけお願いがあります」
「お願い?」
はて、何だろうと思っていると、アイーシャはイタズラっぽい笑みを浮かべて俺に言った。
「はい。今度別で遊びに連れて行ってください。殿下とも仲良くなりたいので」
そんな事を言うアイーシャだが、そのどこかお茶目心を持ってそうな瞳は、ある種セリィに近いものも感じなくはなかった。
セリィの場合はもう少しストレートだが……アイーシャの様子からどこかSっ気を感じなくもないのは、俺の心が汚れてるからだろうか?
まあ、俺の婚約者達には居ないタイプだけど、話しててそこまで気を遣わなくて大丈夫な感じは、普通の友達っぽかった。
トールレベルになると、気安いを通り越して、互いに知りすぎて何とも言えなくなるが……奴は別として考えることにする。
「勿論だよ。空いてる時に誘うね」
「ええ、楽しみにしてます」
無事、アイーシャと約束を取り付けた俺だが、本当に下心は微塵も無かったと断言出来る。
俺としては、友人を遊びに誘うのは当然だが、男女で出歩くことに特定の意味を見出す輩が多いのも知ってるので、迂闊なことはするつもりはなかった。
誰かに見られて誤解されても個人的には別に構わないが、それで面倒事が増えるのも嫌だしね。
当人たちにとっては何も意図してなくても、周りが勝手に勘違いしないようにフォローもするし、その上で下心微塵も無しの誘いだと断言出来るのだが、客観的にその事を考えると、巡り巡ってなんだか疚しい空気に思える不思議。
うむ、世の中実に謎が多いものだ。
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