第146話 休日が休日になってなさそうな件について

「……殿下、お戻りになったんですね」


屋敷へと帰ってくると、早速婚約者達の顔でも見に行こう……なんて、気持ちになっていたのだが、早々にエンカウントしたのはトールであった。


休みのはずなのに、心做しかいつもよりも3割増で疲労してるように見えるが、体の疲れよりも心の疲れというやつであろう。


俺を見て安堵の息を吐くトールは、何故か音もなく花壇の近くに潜んでおり、その姿はとても不審だが、我が家ではよくある光景なので通報するという選択肢を選ぶ必要はなかった。


そもそも、今世は警察という組織がないし、通報するための電話も魔道具として貴重なのでそうほいほいとは使えないのだが……前世ならきっと、不審者として通報するくらいにはトールは怪しい動きをしていた。


「ただいま。その様子だとイチャイチャ出来たようだね」

「……クレアに負けず劣らず、ケイトもグイグイ来まして……」

「両手に花ですなぁ。いやぁ、羨ましい」

「微塵も思ってませんよね?」

「まあね」


俺には可愛い婚約者が3人も居るし、羨ましいとは思わないけど、トールもようやく複数の女性の相手の大変さを知ったのだと思えば安いもの。


念の為に言っておくと、決して、俺は婚約者達の相手を面倒とは思ってないよ。


むしろ楽しいし、一緒に居られる時間が心地よいくらいだ。


トールだって、疲れてるように見えるが、クレアやケイトの相手をしての疲労というよりも、己の理性を保つために神経をすり減らしたのだろうというのが分かる疲労の仕方であった。


平たくいえば、好きな相手と己の理性と常識と板挟みになった結果の、幸せな部類な疲労であろう。


……まあ、それと、夜のクレアの相手が響いてる可能性も無くはないが、それは今更なのでスルーしておく。


「それで、ケイトとの結婚は前向き検討出来そう?」

「ええ、まあ。昔よりも、遥かにアプローチが大胆になってましたが、その方向性は変わってません」

「なら良かったよ」


返事的にはほぼOKを出したトールなので、要らぬ心配だったが、一応聞いてみた。


結果としては気持ちは変わってないようで、やはり幼なじみ属性というのは昨今強い傾向なのだなぁとしみじみとアホなことを考えてつつ言った。


「そんなイチャラブな時期に申し訳ないけど、明日から何日かは一緒に来てもらうことになるかも」

「元より、殿下の護衛は騎士の僕の役目ですよ」

「それもそうか。でも、無断で連れてくとトールの嫁さん達に後で刺されかねないから、事情の説明はしといてね」

「ケイトはまだ嫁ではないのですが……というか、その事情とやらをまだ聞いてないので説明のしようがないかと」


そういえば、そうであった。


今日も一緒に居たようなノリだったので、ついつい説明を忘れそうになったが……本日一緒に居て、大まかな事情を分かってるバルバンに説明を任せるか若干迷ってから、軽く経緯を説明しておく。


「ざっくり説明すると、帝国の第8皇子と会って、滞在中にエスコートを仰せつかったって感じ」

「……いや、何をどうしたら、普通の視察からそんな流れに……いえ、そんなこと言い出すと切りないですよね。殿下が異常なのは今更ですし」


サラッと失礼なことを呟くトールだが、事情は伝わったようなので、その余計な言葉は聞かなかったことにして更に言葉を続ける。


「俺の護衛もだけど、それ以上に帝国の第8皇子……アクセル義兄様の護衛もしてもらうかも。まあ、本当に警戒程度で構わないとは思うけどね」

「その口ぶりだと、やはり、帝国の皇子には優秀な護衛が居るようですね」


少ない言葉数でも伝わるこの距離感……やはりヤツとはどこか波長があってしまうのであろうと、少し残念なことを思ってしまう。


可能なら、婚約者達とこれ以上の意思疎通がしたいが……下手するとそれを超えることをやりかねない、ハイスペックな婚約者達なので、その辺はいずれかな?


「魔法使いがね。美しい女性だけど、下手に色目使うとアクセル義兄様……帝国の第8皇子様に捻り潰されるから気をつけるように」

「……クレアとケイトで手一杯な僕にその注意は必要でしたか?」


多分要らないだろうが、一目惚れというのは中々に厄介なものだし、注意するに越したことはないだろうと俺は思っている。


……決して、『押すなよ?絶対押すなよ?』という感じの前フリではないことだけは保証するが、まあ、トールの場合、元からその容姿と性格、そしてうさ耳で、女性から好かれまくってきたので、そこまで異性への興味が強い訳でもないから、大丈夫だろうけど、念の為ね。


「ほら、トールが嫁を増やしたいとか言い出さないか心配でさ」

「むしろ、これ以上増えないことを切に願います」


それは俺も同感かも。


何となく、悲壮な空気を纏うトールに慰めの言葉をかけるのは躊躇われたので、空間魔法で亜空間から滋養強壮のドリンクを取り出してトールに押し付けて去っていく。


昼間のイチャイチャが終わったのなら、今度は夜のイチャイチャの時間がやってくるのだろう。


今夜もお勤めご苦労様です。


そう敬礼して、婚約者達に会いに行く俺だが、トールに休みを与えると、かえって疲労が増してるのは、幸せ税というやつなのかもしれないなぁ。


そんなことを他人事のように思いながら、それでもどこか幸せそうな様子もあるトールさんの底知れぬ器の大きさに負けた気にもなるであった。








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