第141話 思わぬ話を聞かされ
「しかし、アマリリスから話は少し聞いてたけど、本当にスラム街を貰ってそこの人達に職を与えてるんだね」
まだ夕食まで時間もあるし、寄り道でも……なんて、誘われて、近くの店に入ると何とも楽しげに話しかけてくる帝国の第8皇子様。
上品ながらも鮮明なワインレッドの髪色と、それに釣り合うように整った容姿、そして人の良さそうなその笑みはきっと、様々な女の子を虜にする魔性の魅力を持ってるのだろうが、残念なことに俺にはそれを感じ取るのは難しかった。
しかし、まさか視察の帰りに帝国の第8皇子様と出くわすとは……しかもここ、帝国じゃなくて、ダルテシア王国なんだけども……そこをほとんど護衛なしで、メイドさんと2人で出歩いているとか、普通予想つく?
「えっと、アクセル様」
「そんな硬い呼び方はなしだ。アマリリスのことは義姉呼びなんだろ?なら、僕は君の義兄だ。アクセル義兄様とでも呼んでくれ」
「分かりました……それで、アクセル義兄様。ダルテシア王国には観光が目的で?」
勿論そんなわけないとは思うが、本日の視察開始からずっと見張られていたことを思うと目的が謎なので、そう曖昧に尋ねてみる。
「まあ、息抜きもかねてはいるね。君にも興味があったし、それに今は上の兄達が帝位争いで楽しそうだから、こうしてここに来ることで深読みしてくれたら、面白いものが見れるかも……ってね」
何だか、これまで見てきたイケメンの中で最も厄介そうな気配を感じなくもない。
兄たちの帝位争いを楽しそうと言う辺り、少し黒そうな腹の底が見えた気がした。
「あとは、アマリリスの様子見もかねてかな。一番歳が近いのが僕だったし、父上も初めて出来た娘が心配なんだろうね。エルに話して少しの時間で良いから帝国に居る父上の元に連れてきてくれるよう君に頼んでとも言われてる。個人的にはそれを言わずに帰って落ち込む父上を見たくもあるけど……流石に、そんな事したら本気で僕に帝位を押し付けそうだからね」
アマリリス義姉様は、第1皇女だが、アクセル義兄様よりも年下であった。
何とも不思議なことに、現在の帝国の皇帝には沢山の妻が居るが、女の子は中々生まれずに、男の子が多かったらしい。
そんな環境に、念願の娘が生まれたことで、現皇帝……アマリリス義姉様とアクセル義兄様の父親は大層喜び、アマリリス義姉を特別に可愛がってたらしい。
そういえば、帝国で行われた、2人の成婚パーティーの途中で偉く寂しそうな表情をしていたのを見かけたが……あの様子だと溺愛してたのだろうと予想はつく。
「そんな訳で、滞在中の暇な時にでもアマリリスと父上を会わせてあげてくれないかな?」
「それは構いませんが……」
「あ、お礼のこと?勿論用意してあるよ」
「いえ、その程度のことで何か見返りは要りませんが、皇帝はお忙しいのでは?」
流石は大陸最大規模の国と言うべきか、現皇帝の優秀さの賜物と言うべきか、かなり多忙だとアマリリス義姉様からは聞いていたので、そう簡単に向こうの時間が取れるのかというのが問題であった。
「数分程度なら問題ないよ。それにしてもその程度のことか……ふふ」
何やらお気に召したのか楽しげに笑うアクセル義兄様。
「ねぇ、レイン。魔法の得意な君からしたら、今のエルのとんでも発言は、少しお気に召さない発言にも思えるよね?」
「アクセル様。そのようなこと口にするものではありませんよ。エルダート殿下に要らぬ誤解を与えることになり、不敬です。それに、そんな事微塵も思いませんよ」
「それもそうか。君はエルを一目見たときから、只者ではないって真顔で言ってたもんね」
楽しげに唯一連れている、お付きのメイドさん……レインという名前の美人さんと会話をするアクセル義兄様。
「アクセル義兄様。やはりそちらの方は魔法使いなんですね」
「その言葉ぶりからして、エルも気づいてたんだ。そうだよ。僕の自慢の専属侍女さ」
なるほど、道理でアクセル義兄様が一人で出歩ける訳だ。
このレインというメイドさん、魔力に敏感な俺ですら疑う程に魔力の隠蔽にも優れており、かつ直接対面してみて分かったが、相当の魔法の使い手だと思われる。
俺達の視察中に、気配の隠蔽の魔法も使ってたようだが、あれ程自然な魔法の運用は初めて見たかもしれない。
流石に帝国ともなると、人材の宝庫なのだろうが、こんなレベルの人が付くアクセル義兄様も恐ろしい人だと思った。
「美人でしょ。でも、レインは僕の妻にするから、エルは見るだけね」
「アクセル様。私は……」
「はいはい。平民だって言うんでしょ?でも、僕もそのうち面倒な柵とか捨てて、気楽なポジションに行く予定だから、そうしたらレインを妻に迎えても問題ないでしょ?」
「ですが……」
……何となくの予想でしか無かったが、どうやらこの2人はそういう関係……というか、アクセル義兄様は既にレインを囲い込む準備をしているらしい。
帝国の皇子と平民のメイドの結婚……まず間違いなく、面倒事が起きるが、それらを回避する方法が無くもないので、アクセル義兄様はそちらを目指すようだ。
何にしても、出会って早々とんでもないことを知ってしまったが……しかし、俺の周りのイケメンは皆純情というか一途な人ばかりで、頭が下がる思いだよ……うむ、俺ももっと魅力をつけて婚約者達に惚れられるような自分を目指そう。
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