第127話 思わぬ来客

「エルダート様、プログレム伯爵が尋ねて来られました。エルダート様にお会いになりたいとのことですが……」


アイーシャと知り合った翌日のこと、婚約者達が所用で居なくて、久しぶりに一人でのんびりしていると、そんなことを告にやってきた俺の屋敷のメイドさん。


その人は、バルバン勧誘の折に、スラム街から俺に仕えたいと志願してきた集団のうちの一人で、ここ数年で王城のメイドさんにも迫りそうなほどに、色々と技能を身につけ、振る舞いも俺のお世話担当のメルやアイリスも認めるほどに育っていた逸材なのだが、流石に予想外の来客に戸惑っているのが手に取るように分かった。


何故かって?


だって、俺だって困惑してしまってるもの。


「分かった、応接間にいるの?」

「はい、そちらでお待ち頂いております」


優秀なメイドさんに心の中で感心しつつも、俺はそれに頷いて応接間に向かう。


プログレム伯爵って、アイーシャの父親だよな?


うーん、こういうパターンって、漫画とかだと娘に近づく虫を見定めに来たとか、そんな感じの面倒事の可能性も高そうだが……はてさて、どんな感じになるのやら。


疚しいことなど全くない俺は、きちんとアイーシャとの友情をアピールしておこうかと思い、部屋の前に行くと、何故かトールが臨戦態勢で扉の近くで待機していた。


「トール、多分大丈夫だよ」

「……すみません、でも、この気配の消し方、暗殺者なんて生易しいものじゃないので、後ろで控えさせてください」


珍しいことに、トールがガチで警戒してるが、この国一番の裏仕事の貴族ともなると、ハッキリ言ってかなりの化け物なので、その実力もトールのお眼鏡に叶うのも分からなくはない。


とはいえ、端金しか払えないような、俺を妬んでそうな連中の仕事を引き受けるような格の低いプロでもないだろうし、精々腕試しに何かしら仕掛けてくるかどうかなので、俺は程々でいいとトールに声をかけてノックをして部屋に入る。


すると、中には中年くらいの男性と、トールと同い年くらいに見える青年が座っており、プログレム伯爵と思われる中年の男性は、その表情を何とも晴れやかにしていて、敵意などはなかった。


青年の方は、表情が動かないので読めないが、少なくとも敵意などは感じられない。


うむ、とりあえず大丈夫かな?


「突然の訪問、申し訳ありません。お久しぶりでございます、殿下」


ん?会ったことあったかな……まあ、娘のあの技術を考えると会ってても覚えてなくて当然かもしれないが。


「久しぶりです、プログレム伯爵。本日はどのようなご要件で?」

「ウチの娘のことです。何やら殿下が娶って下さると聞きまして。そのお礼と正式な縁談をと思いまして」


……おかしい、どこでそんな話になったのやら。


「えっと、プログレム伯爵。娘さん……アイーシャ嬢とは、先日確かにお会いして友好を深めましたが、結婚とか婚約といった話ではないですよ」

「なんと……」


心底びっくりされてしまうが……そんなプログレム伯爵に息子であろう青年が冷静に言った。


「……父上、何度も違うと止めましたよね?アイーシャから初めて異性の名前が出て嬉しかったのは分かりますが、殿下にご迷惑なので早く謝って帰ることにしましょう」

「うむ……だが、アイーシャは確かに殿下と婚約したと……」

「言ってません」


キッパリと告げる青年にどこか気落ちするプログレム伯爵。


その振る舞いや、勘違いの行動力からはとても凄腕の裏の仕事人には見えないが、さりげなく部屋の隅で護衛しているトールが、一瞬も気を抜かずに本気で警戒してることから、その実力は確かなのだろうと分かった。


「まあ、お急ぎでなければ、少しお話でもどうです?」


勘違いとはいえ、娘が嫁ぐのを喜ぶ親という珍しいものを見た気になったのと……せっかくだしこの先もお世話になりそうなプログレム伯爵家ともう少し親密になっておいても良さそうかと思いそう誘う。


厳密には、娘が嫁ぐのを喜ぶ親というのは、高位の貴族や王族へ娘を送る政略的な意味でなら多いのだが、プログレム伯爵の場合はなんと言うか、それらとは違ったものを感じたので、気になったという本音もある。


なんと言うか、問題児の娘に春が来た……みたいな、そんなニュアンスが言葉の節々にあったようにも思えたが、あのアイーシャの様子から、父親なりの心配でもあったのだろうと察することは出来た。


その時点で、俺としてはプログレム伯爵に悪い印象は持てなかった。


なんと言うか、アホだけど心根は悪くなさそうといった、そんな印象になったのだろう。


「……では、少しだけお言葉に甘えさせて頂きます。この度の事情の説明と謝罪もさせて頂きたいので」


息子、しかも跡継ぎであろう、青年は俺の言葉に頷くと父親を連れて下がろうとしていたのを止めて椅子に戻る。


しっかりした息子さんですこと。


後ろで待機しているトールをチラリと見ると、無表情だったその顔を少し緩めて、どこか挑発的にトールを見る青年……その様子から、かなり腕に自信があるのだろうと思ったが、流石にトールほど化け物ではないだろうと思いつつ、俺は二人にお茶を勧めるのであった。







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