第72話 婚約と貴族
「ん?そういえば、トールとクレアは?」
アイリスが俺の側に居たのは分かる。
ただ、他の俺の騎士とそれを狙う野獣の姿が無いことに首を傾げていると、アイリスが答えた。
「お兄ちゃんは、この国騎士団長さんに稽古を付けて貰ってます。クレアさんはいつも通りです」
「うむ、納得した」
というか、俺が倒れても構わず鍛錬してる奴には後で説教が必要かもしれない。
妹の心配の度合いまでいかなくても、少しは心配……うん、なんかトールに優しくされると少しゾッとしてしまう気がするくらいには、奴とは心の友らしい。
なお、現在地はやはりアストレア公爵家ではなく、王城にある客間の寝室で俺は寝かされていたらしい。
その間のお世話はアイリスが積極的にしてくれたそうだ……何とも、献身的なうさ耳美少女だこと。
嬉しくてついつい、撫でてしまうが、アイリスも喜んでるので良しとしよう。
「失礼します」
そんな事を思っていると、トールが室内に入ってくる。
「殿下、お客様です」
……もう少し労りの言葉とかないの?
なんて思うが、まあ、奴と俺からこんなものだろうと納得しておく。
そうしてる間に、入ってきたのはダルテシア王国の国王陛下……レイナの父親であるその人であった。
「エルダート、目覚めたのだな」
「ええ、ご心配おかけしました」
「いや……」
そう言ってから、国王陛下は俺に向かってますっ直ぐ頭を下げる。
突然のことに驚く俺だったが、他の人達は動じてない。
アイリスですらそうなのは、多分、それだけ眠っていたこの三日の国王陛下の様子から察したのだと思われる。
「本当にありがとう。娘を救ってくれて」
「……いえ、出来ることをしたまでです」
本当は足を治せてないし、そのお礼を受け取るには荷が重いが……
下手に謙遜するよりも、やんわりと受け流そうとそう答えるが、国王陛下の表情はまさに晴れやかであった。
「いや、君は本当に良くやってくれた。娘を……レイナを救ってくれて本当にありがとう」
「いえ……」
「そこでだ……君が寝ている間に、アルバスと決めたのだが……」
父様と?というか、どうやって?
そんな疑問が浮かぶが、それは直ぐに忘れ去られる。
「汝、エルダート・シンフォニア。ダルテシア王国国王、デウス・ダルテシアの名の元に、貴殿に男爵の位を授けることとする」
……はい?
「正式な叙勲はしばらく先だろうが、シンフォニア王国でもアルバスが男爵位を与えるそうだ。2つの国の二重の襲名は珍しいが、あれだけの魔法を使えるのだから、爵位くらいは持っておくといい。領地も欲しいなら渡すが……」
「いえいえ!」
なんで?俺は女の子助けようとしただけなのに、なんでこっちでもあっちでも貴族に?
というか、2つの国での襲名って……長い大陸の歴史でも確か、前例が3回しかなかったはず。
何故にそこに食い込むことに?
「それとだ……君にレイナのことを任せたい。いや、任せるとしたら君しか居ないといっていい。娶ってくれるな?」
……んん?
「えっと……でも、レイナ様の意思も……」
「乗り気だったぞ。むしろ、レイナからの提案だ」
断るわけないよな?と、その視線が語っている。
……まあ、レイナは可愛いし正室に誰かは娶る必要があるから問題はないけど……
チラッとアイリスに視線を向けると、アイリスはニッコリと微笑んだ。
うん、可愛い。
その笑顔には勝てないなぁ……
「……分かりました。側室にアイリスを迎えても?」
「ああ、構わない」
「え、エル!?」
俺の悟った提案に驚くアイリスだが、国王陛下の許可は貰った。
「えっと、嫌らなら無理しなくてもいいけど……」
「そんなこと!でも……いいんですか?」
「むしろ、俺の方こそいいの?」
この世界の価値観が違うとは分かっていても、それでも自分以外を娶ることに何かしら思うところもあるじゃないかとか、そもそも俺の嫁になるのが、嫌じゃないのかとか、諸々の質問にアイリスは微笑んで答えた。
「私は……エル様のことが大好きです。だからずっとエル様と居たいです……ダメですか?」
「……いや、ダメじゃない。これかもよろしくねアイリス」
「……!はい!」
そうして、俺はその日側室にアイリス、正室にレイナを迎えることになったのだった。
なお、俺が寝ている間にアイリスとレイナはいつの間にか出会って仲良くなっていたそうで、既にレイナの掌の中であったことは明白であった。
あの子意外と強かなのかな?
そして、爵位を貰う件については、故郷のシンフォニア王国では元より父様はそのつもりだったらしいが、今回の娘の件で、ダルテシア王国でも領地無しの名誉的な名ばかりの爵位を送ろうという風に大人達で話したらしい。
領地持ちでない貴族というは少数だが居るが、他国との二重の襲名は珍しいらしい。
そういう人は、過去に3人ほど居たらしいが、大体は剣や魔法に優れた英雄的な人で、友好国の守りの印のような架け橋的存在にされてたらしい。
……正直、面倒だが、まあ、領地が無いのでそんなに仕事もない。
たまに、両国の国王陛下からのお使いをする程度らしいし、問題ないだろう。
ただ、故郷のシンフォニア王国では、もしかしたら俺にどこか領地を渡す可能性もあるらしいが……まあ、その辺はもう少し大きくなってからでいいでしょ。
そんな感じで、大人の強かさを感じつつも、とりあえず俺に不利益も無いので承諾しておく。
いざとなったら、アイリスとレイナ連れて逃げよう。
そんな俺の考えを悟ったようにトールがジト目を向けてくるが……貴様も人の事は言えんのだぞとクレアの方にクイッと顎を向けると黙った。
そんな感じで……貴族になるらしいですよと、俺は心のメモ帳に記すのであった。
まあ、元から王族だけどね。
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