ふしぎの国の伝説
柿尊慈
サーミー王国にて。
「お父様。私、この国を出て、どこかの国の王女になります」
「……何を言うか、クラニカ」
玉座でふんぞり返ったまま、父は眉をひそめて言った。
「お前は、ここサーミー王国の第一王女だ。他に王女はいない。王子もだ」
「それは、私を産んだあたりからお父様の魅力が激減し、お母様が国を出ていってしまったからですよ」
「そういう話をしてるんじゃない」
「普通、母親が子どもを産んで体型が崩れるとかならわかりますが、いったいどうして、子どもを産んでもらったお父様の体型が崩れて、アザラシのようになってしまったのでしょうか」
「そういう話をしてるんじゃない」
「城の外に出ればそこらへんにアザラシがいますが、時折お父様かアザラシか区別がつかなく――」
「そういう話をしてるんじゃない!」
心を折れば反対する気力もなくなるかと思っていたが、どうやら作戦は失敗したようだ。
お父様は咳払いをする。マントの下で、贅肉が震えた。
「クラニカ。お前はここの女王として君臨するのだ。むしろ、婿を取らなければならないのだよ。そうしなければ、サーミー王国は終わりだ」
「もう、オワコンですよ」
「母国をオワコン扱いするんじゃない」
「まず、観光が死に果ててます」
「何をいうか! 今も昔も、観光業には力を入れているではないか」
「こんな寒い国じゃ、観光業くらいしかないですからね。しかも、アザラシやペンギンを観に来るだけっていう」
「今日だって、国の外からひとりやってきてくれたぞ」
「あれ、N○Kじゃないですか」
「やめなさい、社名を出すのは」
「よくこんな極寒の地に来ますよね、NH○の人も。この国には、テレビもラジオもないのに」
反論できず、お父様が黙りこくる。
「この間だって職員さん、お父様と間違えてアザラシに話しかけてましたよ」
「え?」
「なので、窓から顔出して教えてあげましたよ。それ、アザラシですよって」
「そんなに似てる?」
「○HKの職員さん、謝ってましたよ、アザラシに。あんなやつと間違えてしまってすみませんって」
「謝るのこっちじゃない? アザラシに謝っちゃうの? っていうかワシ、あんなやつって呼ばれてるの?」
「そのアザラシも、許してましたけどね。こう吹雪いてると見分けがつかないでしょうからって」
「しゃべるの? わが国のアザラシしゃべるの?」
ちなみに、クソほど寒い極寒の地、サーミー王国に飛ばされる職員は、何かしらの問題を起こした職員という噂だ。
「ついでに世間話をしましたよ。アザラシやペンギンの映像資料を撮るには絶好の国なんだけどなって言ってました」
「ほら、見なさい。わが国にもいいところのひとつやふたつ、あるんだから」
「でも、美少女王女とシロクマ、ペンギンにアザラシ、そして王冠を被ったアザラシしかいない、アホみたいな国だっていってました」
「もしかしてワシ、アザラシとしてカウントされてない? アザラシとしてカテゴライズされてるよね?」
「まあ聞いてください、アザラシ様」
「わざとだよね? 今のは言い間違いじゃないよね?」
私は咳払いをする。ちなみに、サーミー王国は寒すぎて、ウイルスも生存できないので、私は生まれてこの方、風邪を引いたことがない。
「そんな、コンテンツとして終わってるサーミー王国に、今更どこかの国の王子様がやってきて、私に求婚してくれるなんてありえないんですよ」
「わからないぞ? お前の美しさを宣伝したら、きっと花婿候補が――」
「いましたよ、たくさん」
「え?」
「半年前くらいにNHKの人が来て、王女様の特番を組ませてくださいって」
「とうとう社名伏せるの止めちゃったよ。っていうか、特番? 知らないんだけど、そんなこと。普通国王の許可取らない?」
「許可なら出しましたよ。お父様と間違えられたアザラシさんが」
「王だよ? こう見えてもワシ、一応王だよ?」
「瞬間最高視聴率は、40パーセントにもなったそうですよ。そして番組中、特番の視聴者の男性へアンケートを実施したそうです。今はデータ放送とかいうので、放送中もリアルタイムで投票とかできるみたいですから。正直、王女に嫁に来て欲しい。イエスかノーかって」
「攻めるね、N○K」
「その結果、私の嫁入りを求める声が98パーセントでした。投票数はおよそ、4869万票です」
「ほう、わが娘ながらさすがじゃな」
私はもう一度、咳払いをする。問題は、ここからだ。
「でも、この王女様のためならサーミー王国に婿入りしてもいい! というアンケートに対して、イエスと答えたのが50パーセントになってしまったんです」
「なんと!」
「ちなみに否定派の意見は、こんな感じです。寒すぎて死んじゃう。王様がクサそう。王様がクサい。王様が寒い」
「待って待って。クサそうはまだしも、クサいって何? 決めつけられてる? あと、寒いって何? ギャグの話?」
「ちなみに、王様みたいなアザラシが義理の父面してくるけど、本当にそれでもいいですか? という質問で追いうちをかけたところ、イエスの回答が0パーセントになりました」
「王様みたいなアザラシってどういうこと? アザラシがメインになっちゃってるじゃん」
「そういうわけで、私が幸せな結婚生活を送るには、私が国を出て幸せになるか、お父様に死んでいただくしかないのです」
「第二の選択が物騒だね」
「さすがに、実のアザラシに死なれては私の気分もよくないので――」
「実のアザラシって何?」
「お父様」
私の真面目な声に、お父様がハッとする。
「どうか、旅に出させてください。嫁入り先を探すのです」
「ダメじゃ!」
「そうですか……」
私は剣を抜く。
「では、第二の選択で行かせていただきます」
「ストップ、ストップ!」
「なんですか?」
「ためらいなさい! 少しはためらいなさい!」
私は剣を収める。
「こうでもしなきゃ、私は幸せになれませんから」
その言葉に、お父様は怯んだ。考え込むポーズを取る。私はしばらく、お父様の言葉を待った。
「……わかった。そこまで言うなら、ひとつだけ条件を出そう」
「なんですか?」
「最近、わが国と外国との貿易が減ってきている」
「当たり前ですよ。こっちはアザラシ肉しか輸出できないんですから。そんな国と交易したくありません」
「そういう話をしてるんじゃないんだ。どうやら、魔王とやらが好き勝手しているらしくてな。国際的な不安が高まり、各国が食料などを貯えてしまっているらしいんだ。そうなれば当然、食料を輸入に頼っているわが国は大打撃を受ける」
「まあ、そうですね」
「魔王を倒す旅に出るというのはどうじゃ? そうすれば、その中で様々な国を巡り、素敵な伴侶も見つけられるじゃろ。魔王を倒した勇者の出身地ともなれば、この国にも観光客が溢れるかもしれんぞ。聖地巡礼というやつじゃ」
「いいですよ」
「ほう、それなら止めると言うと思ったが。大きくなったな、クラニカ」
「お父様が育ててくれたおかげです」
「だが、武器もなしに旅に出るのは無謀じゃぞ?」
「ありますよ、武器なら。ほら」
私は剣を抜く。
「あぶないあぶない!」
「安心してください。この剣、アザラシは斬れないんです」
「アザラシは斬れないって何?」
「この世には、ものすごく切れ味はいいけどコンニャクだけ斬れない刀があるそうですから、それと似たようなもんでしょう」
「しかしそんなもの、いったいどこで……」
「長年、わが国の冷凍庫で眠っていたそうですよ。伝説の剣です」
「伝説の剣だと!? それがこんなところにあるわけがなかろう!」
「辛く苦しい試練を乗り越えたものだけが握るに相応しいということで、何百年か前の勇者が、辛く苦しい生活環境のわが国に置いていったそうです」
「なるほど」
「まあ、それ以降の勇者もこんなところ来たがらなかったんで、ずっとしまわれてたんですけどね」
「空しい……」
「あらためまして、お父様。どうか私を、旅に出させてください」
お父様は考えこむ。
「お前には、幸せになってほしい。ここにいたのでは、幸せにはなれないのもわかっている。だが、外の世界は危険だ。お前ひとりで行かせるのは、気が引ける……」
「それなら安心してください。お供のアザラシを連れていきますから」
アザラシが扉を開けた。
「コンバンワ!」
「うわっ、びっくりした」
「お姫様は、命に換えても私が守りマス!」
突然のアザラシに、お父様は目を丸くしている。
「本当に喋るんだ、アザラシ……」
「今まで、お世話になりました」
私は深くお辞儀をした。
「……わかった。そこまで言うならいいだろう。いつでも帰ってくるんだぞ」
「二度と帰るかバーロー」
「悪いよ悪いよ。口が悪いよ、クラニカ」
私はアザラシさんの腕を掴む。
「さあ行きましょう、アザラシさん!」
「クラニカ、違う。それはワシの腕だ」
「気をつけてナ!」
「アザラシが玉座に座っちゃったよ。もしかしなくても、入れ替わっちゃってるよこれ」
「静かにしなさい!」
口答えするアザラシさんに、私は剣を振り下ろす。
「ぎゃああああ!」
「これでよし」
「――って、斬れてないし!」
「あら、お父様だったのね」
私はうっかり、アザラシと間違えてお父様を旅に連れて行くところだったらしい。
「間違えるんじゃない! そして何で斬られてないんだ、ワシは!?」
「ほら、この剣はアザラシ斬れないから」
「ワシ、本当にアザラシだったの!?」
そんなわけで、無事本物のアザラシさんをお供に連れて、私はサーミー王国から旅立つことになりました。
ちなみにアザラシさんは、その日の夕飯として、おいしくいただきました。
(次の国へ続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます