第69話 須佐之男命
一行は秋葉原へと降り立った。正直亮太はこの土地は不慣れなので、それは予め皆に伝えてあった。
蓮が辺りをぐるりと見渡す。
「ああ、いらっしゃいますね」
いきなりのビンゴだった。
「だろうな」
コウはさもありなんという風に頷いた。
「家に居る時はずっとこの辺りのことを調べてはあそこに行きたい、ここに行ってみたいと熱っぽく語っていたからな」
「相変わらずアニメばかりですか」
蓮が半ば呆れた様にコウに尋ねた。
「あれはときめきを疑似体験出来るから最高だと言っていた」
亮太はアニメは正直あまり詳しくはない。どちらかというと漫画か小説といった紙媒体派である。好きな時に好きなタイミングで小刻みに読めるのがメリットだ。ドラマやアニメは一度観始めると終わるまで拘束されてしまうのであまり進んで観ることはなかった。
にしても、ときめきを疑似体験とは。ヒロインに自己投影しているのか、はたまたヒーロー側に自己投影しているのか。あまり知りたいとは思わなかったがほんの少しだけ気になった。
「それでは行きましょう。万が一はぐれた場合は、私が探しに向かいますのでその場から動かない様にお願い致します。亮太はコウ様を離さない様お願い致します」
「離さねえよ。それにコウは俺の携帯の番号はもう覚えたから、いざって時は携帯もあるし。お前こそアキラを迷子にさせるなよ。本当に酷い方向音痴だもんなあ」
「うるさいな」
「アキラ、ここは素直に認めた方がいいぞ」
「コウ様まで……」
アキラが不貞腐れると、蓮がアキラの手を握り直してアキラを上から覗き込み微笑んだ。
「私の手を離さないで下さい。分かりましたね?」
「……うん」
アキラのあの嬉しそうな顔。あれを見て蓮は何を思うのだろうか。今はまだいいだろう。だがアキラが段々と大人の女性へと成長していく過程で、この過保護でアキラ以外は二の次の蓮はどうするのだろうか。余計なお世話と言ってしまえばそれまでだが、やはり亮太は二人共に幸せになってもらいたかった。
平日だというのに通りは人だらけだ。よく見ると、外国人が多い。一見日本人にしか見えない様な人も、よく見ると微妙に服装に違和感を感じ、ああ、海外からの観光客なのだなと気付いた。
前を行く蓮は背が高いので簡単には見失わないだろうが、亮太は人混みに慣れていないコウを連れている。亮太はコウの手を握るとコウを振り返った。
「ぶつかるとあれだから、俺の後ろを歩けよ」
「うん」
頬を赤らめて言われ、亮太も顔を火照らせつつ前を向いた。どうもまだ信じられなくなる瞬間があるが、どうしてコウはここまで亮太を好いてくれているのだろうか。次に二人きりで甘いムードになった時にはその勢いで聞いてみようと亮太は思った。今は駄目だ、恥ずかしくてそんなこと聞けない。
客引きがビラを配っているのを蓮が断っているのが見える。亮太達もビラを渡されそうになったが小さく会釈して断った。捨てるだけの物をもらうのも気が引ける。そこには男装カフェと書いてあったのが一瞬見えた。男装ということは、つまり女性が男の格好をして客をもてなすということだ。客は女性が多いのか男性が多いのか、亮太には皆目検討がつかない未知の世界だった。
すると、先を行く蓮がピタリと止まった。背中にアキラを急いで隠している。それをアキラが無理矢理前に出ようと二人で攻防戦を繰り広げていた。何やってんだあいつらは。
「スサノオ……」
コウが斜めがけするバッグの中から、
亮太とコウが追いつく。
「ですから、私が先に行きますから」
「レンは駄目ええええ……!」
「アキラ様、そう身体を押し付けないで下さい、まだ子供とはいえれっきとした女性がその様な」
「触られて恥ずかしいならどいて、私が先に行くんだから!」
道端で立ち止まってまだやっている。亮太とコウはそれを横目に通り過ぎた。
「仲のいいことだな」
「俺とコウが行くから後ろから来いよ」
コウがクスリと笑い、亮太の腕に自分の腕を絡ませて空いた方の手で一人の人物を指差した。
「亮太、あれだ」
「あれ? あのでかい人?」
コウが指差したのは、ウェイターなのか黒服を着てビラを配っている一人の男性だった。三つ編みされた黒い髪は長く、すらっとして背が高いが如何せん姿勢が悪い。ぱっと見は細いがよく見ると腕や腿に筋肉が付いていて、頑張って鍛えてようやく引き締まってきた亮太よりもいい筋肉が付いていそうだ。その横顔はどう見ても男だが、どことなく雰囲気はコウに似ていた。
「リキ」
コウがあと数歩という所で男に声をかけた。その声は、女神の名の通り慈悲に満ちたものだった。どうしようもない奴とか散々言っていたが、それでもリキはコウの兄なのだ。
男がびくっとあからさまに驚いて震えた後、そおっと上目遣いでコウを見る。疑わしそうな若干目つきの悪い顔が、ぱあっと明るい表情になった。コウの言っていた通り、男版コウだった。コウ程神々しい美しさはないが、それでも整った顔立ちをしている。さすがは神というべきか。
「コウちゃん! 何でここに!?」
実に嬉しそうにはにかんで笑い、次いで隣でコウと腕を組んでいる亮太に気が付いた。
「え……! コウちゃん、この人誰!? 何で腕組んでるの!? え? え?」
片方の手で頬を押さえ、もう片方の手で亮太を指差し、コウと似た綺麗な白い肌をポッと赤らめた。亮太は軽く会釈をした。リキがほわ、と笑って会釈を返してくれた。なんだ、想像していたよりも全然普通の奴じゃないか。
と思ったら。
「ちょっとお、いつの間に彼氏なんて作っちゃったのよう!」
がっつりオネエ言葉だった。亮太は営業スマイルを貼り付けたまま、後ろに一歩下がりたくなる気持ちを無理矢理押さえつけた。例え
「今はまだ恋人だが、近々プロポーズをしてくれるそうだ」
コウがいきなりぶっこんだ。往来で行き交う人がジロジロと注目する中、今度プロポーズをする予定のことまで初対面の人に話されるこの恥ずかしさ。溜まったもんじゃないが、事実だし血縁にもちゃんと真っ先に話してくれているということはコウは本当にそれを待ち望んでいるのだろう。
亮太はもう覚悟を決めて嘘くさい人の良さそうな笑顔を作り続けることにした。ヤケだった。
「プッップロポーズ!? もうそんなに進んでるの!? コウちゃん島根のあいつはどうするのよ! 怒るんじゃないの!?」
「私は亮太がいいんだ」
「亮太さんっていうの?」
顔を赤らめながらリキが亮太を見た。なよなよクネクネしているが、その表情はしっかりと妹の相手を見定めようとする兄の目をしていた。
だから、亮太はしっかりと挨拶することにした。
「初めまして、柏木亮太と申します。妹さんのコウさんとお付き合いさせていただいています」
するとリキが嬉しそうに笑った。
「あら、しっかりされてるじゃないの。あの、いきなり会ったばかりでこんなことを言うのもあれだけど、妹を宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
そう言うとお互いに深々と頭を下げた。その時、背後に蓮とアキラの足が見えた。なので、亮太はリキが先に頭を上げるまで頭を下げたまま待つことにした。
リキが頭を上げる気配。そして、ハッと息を飲む音が聞こえてきた。亮太はようやく頭を上げると、口に手を当てて震えているリキを見た。
リキの少し赤みがかった不思議な色彩の瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ落ちる。
「アキラちゃん……! ごめんなさい、私、貴女に酷いことをした……!」
そういうと、がくりと膝をついてその場でさめざめと泣き出したのだった。
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