第53話 蛟はそんなに俺が好きなのかいや嬉しいんだけども

 あれから何度か実験し、やはりみずちは亮太とコウが手を繋ぐと蛟龍に変化することが確実となった。


 水の壁については、こちらも亮太とコウが所謂いわゆるハグをすると発生するが、あまり禊には使えなさそうである。


「あの水撃を上に放ってそれをアキラに当てるとか」


 どうしても雨雲が呼べないみずちに困った亮太が提案すると、蓮が冷めた目で見てきた。


「亮太、曲芸をしたい訳ではないのですから」

「冗談だよ」


 半ば本気だったがそう言って誤魔化した。雨が現時点で期待できないのであれば、他の手立てを同時に探すのが現実的だろう。


「たとえば川の水とかでもいいのか?」

「上流の清らかな水であれば」


 成程、ではこの辺りの多摩川河川敷などは対象外になるが、上流に行けばキャンプ場や貸別荘がある。店のBBQで日帰りで行ったりしたことが何度もあるので、奥多摩は候補の一つに挙げられそうだ。最後の首が封印から飛び出してくるまでに時間がかかることと倒すのにも時間がかかりそうなことを考えると、なるべく長時間人目に触れない場所で戦いたい。それにアキラが禊で濡れた後にすぐ温まることも出来る。そういう意味では冬のキャンプ場はいいかもしれなかった。


「じゃあ最後の方は川があるキャンプ場に行けば何とかなるな」

「この辺りにもその様な施設があるのですか?」

「車で二時間位かかるけどな」


 冬場は人が少ない。結界を張ってしまえば問題ないだろう。


「十一月のシフトはまだ組んでないから、なるべく後半に連休を作れば行けるかな」

「成程、ではそれまでに残り五匹分を何とか出して退治しましょう」


 こうしてスケジュールを組んでいる内に先行きが明るく見えてきたのだろう、蓮は相変わらずのくそ真面目な顔をほんのり紅潮させて言った。やはり蓮もアキラを悪神などにはさせたくはないのだ。にしても、それでも傍にいるなんて物凄い台詞をよく吐けたものである。


「レンはアキラが本当に大事なんだなあ」


 しみじみと亮太が言うと、蓮が深く頷いた。


「当然です。私はアキラ様を選んだのですから」


 迷いなど微塵も感じられなかった。


「なあレン、このまま須佐之男命スサノオノミコトが見つからなかったら、アキラは好きな人と一緒になれるのか?」


 テレビを観ているアキラが聞き耳を立てているのが分かった。蓮は亮太とコウに煎茶を入れつつ答える。


須佐之男命スサノオノミコト八岐大蛇ヤマタノオロチを退治することで櫛名田比売クシナダヒメと婚姻関係を結ぶことが可能となりますので、亮太の様な別の人間が八岐大蛇ヤマタノオロチを全て退治された場合、その定められたえにしは最早無効となります」

「てことは、俺が頑張ればアキラも色んな意味で嬉しいってことだな」


 八岐大蛇を身体から出し切り封印から自由となり、且つ定められていた婚姻も避けられる。


「ちなみに、神様と神使って結婚出来るのか?」


 アキラがピク、と反応したが蓮はそれには気付かなかったらしい。自分のことを言われているとは思っていないのかもしれない、平然とした顔で答えた。


「本人達が望めば可能でしょう。過去にもそういった例はございましたね」

「レンは結婚はしたことは?」


 矢継ぎ早の質問に、蓮が眉を細めた。


「過去は忘れました」

「あっそ」


 言いたくないらしい。まあ長い年月を生きているのだ、何かしらあってもおかしくはない。蓮の機嫌が見るからに悪くなってきたので、亮太は話題の矛先を変えることにした。


「ちなみにコウのところはそういうのはあるのか?」


 スカートを履いたゴリラを想像しながら亮太が隣に座るコウに尋ねた。


「……私のところは特にそういう条件の様なものはないのだが、如何せん向こうが私と結婚したがっていてとにかくしつこい。元々のえにしがあるのと、どちらも旧家の出で家同士繋がりたいという思惑があるけど、もうどうしても生理的に受け付けないんだ。レン、お前なら私の言いたいことが分かるだろう?」


 コウが心底嫌そうに言った。蓮は自分の湯呑みにも煎茶を注ぐと、綺麗な手付きで飲みだした。イケメンは何をしても様になる。


「まあ、美的センスや芸術に対する理解などは皆無と言って差し支えないお方ですからね、コウ様とは反りは合わないのは理解出来ます」

「コウは芸術に興味があるみたいだもんなあ。そういう相手だと確かに興味が沸かねえか」

「そういうことだ」


 ズズズ、とコウがお茶を啜った。煎茶なので少し冷ましてあるのに熱そうにしているところを見ると、猫舌なのかもしれない。


「でもじゃあどうすれば結婚せずに済むんだ?」

「それなんだ」


 コウが乗り出してきた。


「このままただ逃げ回っていてもいずれ見つかってしまう可能性がある。早急に何とかしないといけないんだが、その方法が分からない。これまでは八岐大蛇の件があるといって引き伸ばしてきたが、もうこれ以上は」


 成程、八岐大蛇を退治する草薙剣の管理者がコウであった為そう理由付けして引き伸ばしてきたのだろう。であれば、全て退治された暁には結婚すると相手は思っているのかもしれない。


 すると蓮が何でもないことの様に言った。


「神の現身うつしみとしてお生まれになられる方は時折いらっしゃいますが、現在の様にここまで多数の神が同時に現れることは非常に珍しいのです。恐らく八岐大蛇の封印が解ける時期が近付いた為にその様な流れになっているのかとは思われますが、時には一時期に現身うつしみのお方が存命中その方お一人のみということもございましたよ」


 一体蓮はどれ程長い間狗神として過ごしてきたのだろうか。蓮が美味しそうに一口お茶を口に含んだ。


「神話上えにしのある相手がその時代に存在しない場合、皆様普通にお好きな方と婚姻されてました」

「相手がいないんじゃ結婚しようがないもんなあ」


 亮太が頷くと、コウの目が輝きだした。


「それだ!」

「それだ?」


 コウが興奮してぶんぶんと頷いた。


「連れ戻される前に、好きな相手と恋人同士になって結婚する!」

「まあ、それが一番確実な方法でしょう。既成事実ですね」


 蓮も同意した。


「てことは、八岐大蛇退治にコウの恋人探しも同時進行で進めないといけないってことか」


 なかなか大変そうだが、これだけイケメンならこちらはすぐに見つかるだろう。コウがアキラを振り返った。


「アキラ! 蓮! 是非とも協力してくれ!」

「んー」

「……私もですか」

「僕もー」

「俺はいいのか?」


 亮太が尋ねると、コウは最高の笑顔で答えた。


「勿論亮太もだ」

「おお、任せろ」


 コウがこの家から出ていってしまうのは正直言って寂しいが、コウの幸せの方が大事に決まっている。


「亮太、コウ様、早速練習するのー」

「そうだな、是非そうしよう」


 コウとみずちが俄然やる気を出した。コウが湯呑みをぐいっと傾けて一気に飲むと、勢いよく立ち上がった。


「ほら、亮太!」

「分かった分かった」


 コウが差し出した手を亮太が苦笑いしながら掴むと、みずちがゆらりと蛟龍に变化してしまった。しまった。


「お、おい今ここで水を出すなよ」


 亮太が慌てて立ち上がると、ふと亮太は違和感を感じた。先程見た時より、一回り大きい気がする。立ってみると、前までは亮太と同じ位の長さだったのが、心なしか身体周りも太くなっている様な。


「なあ、何か……大きくなってないか?」

「なってますね」


 蓮がふむ、と腕を組んで考え始めた。


「これはもしかすると、蛟龍として成長し始めているのかもしれません」

「成長? こんな急に?」

「恐らく、亮太とコウ様の関係が影響しているかと」

「か、関係?」


 亮太が驚いてみずちを見た。

「もしかすると、成獣となった暁には天候も容易く制御出来るかもしれません」

「とすると、コウがどんどん大人になればいいってことか?」

「その可能性は高いでしょう」

「コウ……その、どうなんだ?」


 みずちが嬉しそうに笑った気がした。



「僕は、コウ様と亮太が仲良しだと頑張れるのー」

「仲良し……」


 亮太とコウは顔を見合わせて、次いで繋いだ手を見た。男同士これ以上どう仲良くなればいいのか分からない。


 すると、コウが提案してきた。


「亮太、私をモデルにして絵を描かないか?」

「絵? いや何でまた……モデルにさせてくれるのはそりゃ嬉しいけど」


 前に断られるかな、と思って諦めたことがあった位は、コウを描いてみたい。だがそれがこれとどう関係があるのだろうか。


「私は亮太の描いた絵が好きだ。先程も言った様に、芸術的な方面に非常に興味がある。だから、そういうものに携われるととても幸せに感じるんだ。それに、亮太は絵を描いていると、その、嬉しいのかなと思って」


 嬉しいし楽しい。わくわくする。ずっと描いていたい。だから亮太は頷いた。コウがほっとした顔をした。


「私と私のコウを幸せそうに描いてくれる姿を見たら、私も私のコウも幸せだ」

「そんなことでいいのか?」

「ふふ、亮太とコウ様にこにこ、僕もにこにこー」

「だ、そうだ」


 特訓とは言い難い気もしないでもなかったが、でもおおっぴらに描けるのは嬉しい。


「じゃあまあ、材料を揃えるか」

「やったー」


 亮太が言うと、みずちが興奮して水の壁が立ち登り始めた。


「わー! 待て待て! コウ! 風呂場に連れてくぞ!」

「わ、分かった!」


 亮太とコウは大慌てでみずちを抱えて風呂場へと直行するのだった。

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