第6話 お前の胃袋は一体どうなってるんだというか俺の分まで食うな

 昼間にあれだけ食ったというのに、アキラの胃袋は一体どうなっているのか。


 

 まあ初めて食べるのであれば色々な味を試してみたいだろうという親切心でクアトロシリーズのMサイズを二枚、それと昼間の食べっぷりを見ていたので念の為ポテトとポップコーンシュリンプも付けておいたのだが、亮太が二枚目をもぐもぐしている間にあっという間にもう四枚目に齧りついている。


「お前、エビ全部食べたのか」


 無言でもぐもぐしながら、アキラが拳を握りしめて親指を立てた。おい。


「お前な、一人で食ってんじゃないんだから少しは分けようとかねえのかよ」


 アキラはもぐもぐしてしばらく黙っていたが、嚥下するとようやく喋った。段々声が戻ってきていた。まだ少し掠れているが、若干低めだがまあまあ可愛らしい声だった。


「亮太はエビはアレルギーだから」

「はあ?」


 こいつは一体何を言っているのだろうか。今日初めて会って、ろくにお互いのこともまだ話していない段階で。


「俺を勝手に甲殻類アレルギーにするなよ」

「でも痒くなる。違う?」


 なかなかエビを食べる機会はないが、亮太は最後に回る寿司を食べに行った時のことを思い出していた。シュウヘイと店の開店前に近くの回転寿司に行った。確かにその日は、しばらく首と手首が痒くなった記憶があるはあるが。


 亮太は疑わしげな目線でアキラを見た。


「確かにあの日は痒くなったけど、だからってそれがエビとは限らないだろうが」

「そげなこと言われても、あの日、というのは知らん」


 時折訛りが出る。亮太が、ん? という顔で見ると、アキラはハッとして口を押さえた。そして何事もなかったかの様に五枚目のピザを取りながら続けた。聞かなかったことにしろ、ということだろう。


「疲れてる時に食べると、出る」

「出る、と言われても」

「言うことは、聞いておいた方がいい」

「わけ分かんねえよ」

「ん」


 無理矢理会話を終了させられた。というか、先程の訛り。


「お前、まさか島根から乗ってきたのか」


 目を逸らされた。こいつは全く。


 そう、亮太はレンタカーをかっ飛ばして島根の祖母宅に行っていた。


 死にそうだ何だと騒ぐので慌てて急遽休みを取って行ってみれば、手首を軽く捻っただけ。亮太の母親が病気で亡くなってからはなかなか行く機会もなくなっていたのだが、どうしても顔が見たくなったので一芝居打ったらしい。


 スマホでもタブレットでも用意すれば顔を見ながら通話出来るんだ、と説明しても電子機器は嫌だの一点張り。まあもう九十歳オーバー、いつぽっくりいくかも確かに分からないので、こうやって会えたのは良かったが。


 ただ、ひい婆ちゃんが亡くなったのは百歳を過ぎてから。ひい婆ちゃんがそれ位長寿だったのだ、娘である婆ちゃんもまだまだ当分長生きする可能性が高かった。


 そして、婆ちゃんの家はかなりの山奥にある。ヤマタノオロチ伝説がある辺りだ。婆ちゃんが連れて行けというので鬼の舌震いという渓谷には行った。あと、婆ちゃんがこれまた連れて行けというので櫛稲田姫命くしいなだひめのみことを祀る稲田神社脇の蕎麦屋にも連れて行った。真っ黒な十割蕎麦で実に亮太好みだったが、果たして婆ちゃんの顎の力で噛めるのかと様子を見ていたが、あれは噛んでない。ほぼ飲み込んでいた。


 婆ちゃんの家以外で寄ったのはそんなものだ。途中、岡山方面に抜ける山道であるおろちループで自分の運転する車に酔って休憩をした位である。


 ただ、あの泥の付き具合を見ていると、山の中を歩いてきた可能性もあった。であれば、おろちループの途中か。


「……おろちループ?」


 探るように言うと、アキラがびくっとした。分かりやすい。どうやら正解らしかった。山も山、木と森しかないような場所でよく亮太に気付かれず乗り込めたものだ。


 どうも詳しく聞かれたくないらしい。まあ首を絞められるなど余程のことがあったのだろうと予想はつくが、ずっと一緒に暮らしていく訳にもいかない。学校だってあるだろうし。


 目を逸し続けながらアキラが六枚目のピザに手を伸ばした。こんな細い身体にどうやったらそんなに入るんだろうか。というか、Mサイズのピザをこいつ一人で食ってやがる。


「まあいいや、今日は勘弁してやるから、その内ちゃんと話せよ」

「……分かった」

「あ、それともう一つだけ」

「……なに」


 なに、はないだろう。勝手に人の車に乗り込んで、匿わないと警察に駆け込むぞと脅し、あれこれパシリの様に買いに行ってやった恩人に対してこの態度。


「年。年齢。学校は行ってたのか?」


 義務教育期間中なら学校に行かないと拙いのではないか、そう思っての質問だったが。


「今は十四歳、中学二年。学校は行ってない」

「……行かせてもらえなかったのか?」


 義務教育は、親が子供に教育を受けさせねばならない期間のことだ。アキラに行く意思があっても行かせてもらえなかったのなら、それは立派な虐待である。


 余程亮太が不憫そうな顔をしていたのだろう、アキラがフッと笑った。


「学校まで遠いから、家に先生がついていた」


 成程。小判を持っている様な家だ、金はあるのだろう。


「じゃあ勉強はしてたんだな。でもこれからどうする? 俺はそこまで頭良くないから、教科書があっても教えられないぞ」

「高校の勉強まではしてたから、当分大丈夫」

「なんだその秀才発言。お前凄いな」

「でしょ」


 可愛げがない。が、まあ無理に教育をすぐに受けさせる必要もないのであれば、辛いことがあった様だししばらくのんびりダラダラするのもいいのかもしれなかった。


「じゃ、まあ俺は明日からまた仕事だから、ちゃんといい子で留守番してろよ。この辺はそこまで治安は悪くないけど、酔っぱらいは多いからな」

「亮太、仕事は何をしてるの?」


 アキラはとうとう七枚目のピザに手を伸ばし始めた。それは亮太の分な筈だが、そこは気にならないらしかった。亮太はというと、今やっと三枚目に手をつけたところだ。ビールを飲みつつであるので腹はそれなりに膨れてきてはいるが、ここはせめて食べていいかひと言聞くべきだと思う亮太の心は狭いのだろうか。


「バーの雇われ店長」

「バー?」


 アキラが首を傾げた。まあ子供には分からないのだろう。


「お酒を作って出して、たまにご飯も作って出して、で、お客さんの話をふんふん聞いてあげるバーテンダーってやつだな」

「へえ」


 分かっているのか分かっていないのか読めないが、かといって子供をバーに見学に行かせるのもどうなのか。


「夜は七時から開店、閉店は夜中の三時。仕込みがあるから、大体いつも夕方の五時位からいなくなって、帰ってくるのは客の残り具合にもよるが四時とかかな? つまり昼夜逆転の生活だ」

「へえ」


 興味あるのかないのか分からない相槌を打たれた。


「週に二日休みはあるが、不定期だ。だから俺が仕事の日はアキラは自分で自分の夜ご飯を確保しないといけない。分かるか?」

「ん」


 アキラは頷いた。素直で宜しい。飯のことに関してだけは非常に聞き分けがよかった。


「ただまあ、その首の痕が消える迄は外に出ない方が無難だ。それまではなるべく何か作っておくから。な?」

「ん」


 また同じ様に頷いた。


 それにしても、こいつ見ず知らずの亮太みたいなおっさんの家に寝泊まりすることについて警戒も何もしていない様だが、危機感とかそういうものはないのだろうか。こんな警戒心の薄いのを一人でシモキタをふらつかせたら危ないかもしれない。


「お前さ、たまたま俺がお前みたいな子供に興味がない人間だったからよかったけど、世の中危ない奴はいっぱいいるんだからな。今回は逃げるので必死だったかもしれないけど、今後は気をつけろよ」


 金に釣られた人間の言うことなど、説得力はないかもしれないが。


 すると、アキラがニヤリと笑った。またあの笑顔だ。


「亮太が大丈夫なのは分かってた」

「はあ?」

「だから大丈夫、悪人かどうかは見分けられる」

「どういう根拠だよそれ」

「企業秘密」

「どんな企業だ」

「……」


 この件については会話受付終了ということらしい。全く。


 まあいい、今日はとにかく疲れたから早く休みたい。


 亮太がピザに手を伸ばそうとした時、アキラが真剣な表情で言った。


「亮太。もう一枚欲しい」


 お願いされている筈なのだが、態度は明らかに上からだった。


 亮太は溜息をつき、その後ピザ箱をアキラの方に押し出した。


「まあもう食えばいいけどさ、こんなにエンゲル係数高いとあっという間に金がなくなるぞ」

「エンゲル係数って何」


 ピザ箱を両手で囲いながらアキラが聞いてきた。



 亮太は、本日何度目になるのかもう分からない、深い深い溜息をついたのだった。

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