アドバンテージ・ルール
秋瀬田 多見
第一章
第1話 始まりは夏を想えば
前の席に座っている
六月二十四日。晴れ。居心地の良い空気が漂う今日、静かな教室の中で数学の授業が行われていた。重力に逆らわずに落ちそうになる自分の頭を、左肘を支点にして掌で支える。時折、右手の指がペンを使って黒板に書かれた内容をノートに書き写すが、それ以外は前の席に座る貴田の後ろ姿を眺めていた。
(おい。気づいているんだろ?分かっているなら右手で首を掻くんだ)
いつもの僕なら絶対にしない強い口調で貴田に命令を下す。
それに従うことなく貴田は前を向いたまま、黒板の文字をノートに書きとっていた。
まぁ、そんなわけないよな。
僕は無駄な思いつきを捨て再び黒板に目を向ける。しかし、更なる考えが頭をよぎった。反応しないと言っても、貴田が僕の命令を無視しているだけという可能性が否定できない。仮に人の考えが聞こえる力があるとしたら、そんなの誰にもばれない様に行動するだろう。
思いつくと、僕は止まらなかった。授業なんてもう耳に入らず、前の席に座っている男子の背中を睨み付け続け、思考は進んでいく。
(おいおい、授業中だぞ。何やってんだ
「じゃ、今日はここまで。ちゃんと復習しとけよー。」
誰も口を開かないピンとした空気から一転、今日の天気のような心地よい雰囲気がこの
貴田が人の考えを読めると仮定した場合、それを証明するには僕が思った内容の行動をさせるしかない。しかし正々堂々正面から語りかけたところで貴田は反応しないだろう。罠をかけるしかない。
つまり……。
「いやー、やっぱ数学はめんどくさいな。というか数学に限らずだけど。まあ、やっと昼だ。飯食べようぜ」
前の席に座っていた貴田が頭をこちらに向け話しかけてくる。
(そうだね。腹が減ってしょうがない)
僕は変わらず授業中と同じ姿勢のまま、あたかも声に出しているかのようにこちらに顔を向けた貴田の目をじっと見つめ、思念を送ることを試みた。
さあ!会話を続ければ!貴田は考えが読める証明に!
「どうした?飯でも忘れたか?」
「……いや、何でもない。食べようか」
上手くいかないものだ。僕は机の右側にかけていた何の変哲もない長方形型の黒色カバンから自分の弁当を取り出す。
「せっかくの昼飯なのにテンション低いなあ」
僕と反対にはつらつとした表情の貴田は、早くも自分の弁当を僕の机に広げ食べ始めていた。
「何々どうしたー?いろっちテンション低いのー?」
窓際の席に座っている、雰囲気が対照的な僕と貴田のもとに1人の小柄な女の子がえくぼをつくりながら歩み寄ってくる。
「別に低くないよ。というか何で
「へっへー。何ででしょう~?」
北西は近くの空いたイスを僕の机まで運び、腰を下ろすと同時に持参の弁当を広げ始めた。
これは使える!
先ほどまで僕から滲み出ていた空気は窓から吹き抜ける風と共に跡形もなく飛び去る。
「うーん。なんだろうなー。」
僕はなんとしても貴田に当てて欲しかった。考えるパフォーマンスはしているものの、頭の中は北西の問いの答えなどではなく、いかに貴田に答えさせるかで、目はチラチラと箸で唐揚げをつまんでいる貴田へと向けていた。
北西が開けた弁当の中身をチラと見て貴田が回答する。
「今日の弁当のおかずが、筑前煮」
「当たり~」
正解を当てられたことへの反応は無く、北西の目は自分の弁当箱のおかずに吸い込まれていた。言わずもがな筑前煮へ、である。
「良くわかったね」
貴田が正解を当てるのを望んでいたものの、こうも一発で言い当てられるとなんとも腑に落ちない。たったこれだけで証明に足りうる物になるとは到底思えなかった。
「北西が楽しそうなんてこのくらいのレベルだろ」
特に興味を持たない様子で答える。
「筑前煮が入ってたら誰でもこうなるよ!めちゃくちゃ美味しいじゃん筑前煮!」
「いやまぁ確かに美味しいけどさ。高校生で好物が筑前煮で、弁当に入ってたらそのテンションにまで上げられるのは北西くらいのもんだぞ。才能だよある意味」
「才能!?まあね!天才だからね!私!」
「お前毎日幸せそうでいいな」
弁当のおかずで話がはずんでいる二人を横目に僕は相も変わらず一人思考の中に沈んでいた。
貴田が正解を答えたのは、考えを読めるから。と単純に考えてもいいのか。ただの偶然とも思える。
そもそも、考えが読めるとすれば僕の貴田に対する正答させたいという思いも読んでいたはずだ。それなら逆に不正解を答えるのが、考えが読める奴の通常の行動ともとれる。
とするならやはり、人の考えが読めるなんてことはありえないのか……。いや、さらにその裏をとりにきたとも……。うーん……。
この程度じゃ、確信には至らないな。仮に、貴田がその能力があるとしてだ。どこまで読めるのか知りたいところ。深層心理的なものまで読めるとすれば、あらゆる手段を考えたところで騙すのはかなりの困難を極めるが、表面上の考えだけなら、何とかなる……のか……。
(こんなことくらいで力の有無を判断とか無理だろ。思色が俺に正答させたかったのも分かったけど、これくらいはね。次は何しかけてくるかなー。俺も全部読めるわけじゃないからな。思考の上澄みだけしか分かんねえし。そもそもこの力ずっと使わないようにしてたのに、強烈に念じてくるから強制的にこじ開けられた感じ……。まあ、そんな考えに誰しも一度くらいは至ったことあるとは思うけどさ。しかし、ここまでしつこくて、さらにはピンポイントでその力を持つ者を当てるとは……)
本日授業終了のチャイムが鳴り響く。午後四時二十分。時間帯としては夕方とも言える時刻だが、窓の外は未だ昼間かと思えるような明るさで、同じような服を着用した人々が並ぶ教室は多少の暑さを所持していた。帰りのショートホームルームが始まるまで十分しか無いものの、教室の中は急に騒がしくなる。
「やっと終わったなー。思色今日も暇だろ?何する?教室でだらだらするか、どっか行くか」
僕と貴田、北西の三人は青春まっただ中の高校生だというのに部活に入らないという選択肢を選んだ組で、放課後は何をするでもなく集まることが多い。
「うーん。遊びに行くって言っても、カラオケとかも飽きたしなあ。あとで北西含めて会議でもしようか」
僕たち三人は一年生の時に同じクラスで仲良くなり、さらに二年生でも同じクラスになるという奇跡を起こしていた。最初の内こそ外に遊びに出かけていたが、もう一年以上もたつとどれも飽きがくるもので、最近は教室で話すかファストフード店で話すか、もしくは集まるだけで話すことすらしないこともある。自分でも何をしているのかと思う。
教室のドアが開く音がして、二年三組の担任である
「はい静かに。ホームルーム始めるぞー。といっても今日は特に伝達事項は無い。だから俺の愚痴を時間まで聞いてもらいます」
「なんでだよ」
教室内の生徒数人から口々に文句、いやツッコミが入る。里崎先生は自由人という言葉が似合う人で、よく先生になれたものだと思う。実は先生という肩書は何か裏金でも通したのではないかという噂まであるほどだ。といってもそれを本気で信じている人はいない。授業の教え方は上手く、必要最低限の事はこなす能力はある。しかし、最低限であるために、生徒に舐められ、いや、距離感を近づけることに成功している。
「信じられんよ。酢豚にパイナップルいれる店がまだあるとはな。おかげで午後は最低の気分だったわけよ」
「パイナップルおいしいじゃないですか!要りますよ!酢豚にパイナップル!」
「北西は食べ物ならなんでも好きだろ。俺はアンチパイナップル派なの」
「ええ!?先生パイナップル嫌いなんですか!初めて聞きましたよパイナップル嫌いな人なんて!」
「酢豚に入っているやつがな!」
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