第4話 若気の至り
合成鬼竜に運ばれてエルジオンへ到着したアルドとチルリル。
「うわああ、街が宙に浮いているのだわ?!信じられないのだわ!」
「そうだろ。ホントびっくりするよな。」
「なんだか落ち着かないのだわ。こんなところに人が住んでるだなんて夢のようなのだわ。」
空中に浮遊するエルジオンの街を歩き出した時、チルリルの足先にカツンと当たるものがあった。
「ん?何か落ちているのだわ。」
チルリルが拾い上げたのは、アルドにも見覚えがあった。この世界の住人誰もが持ち歩いている端末だ。
「ああ、落とし物か。うーん、どこに届けたらいいんだ?この街に暮らしている仲間に聞いてみるか・・・。」
「それがいいのだわ。誰のところに行くのだわ?」
「そうだな、ええと・・・。」
アルドは仲間の顔を思い浮かべていく。
(マイティ・・・いや寝てるの邪魔しちゃ悪いよなぁ。シュゼット・・・だめだ、転生の設定とか色々とチルリルとかぶっているじゃないか、今回はもう腹いっぱいだ。エイミ・・・そうだな、ザオルの親父さんもいるし、EGPDに連絡してもらうこともできそうだな。ウェポンショップに行こう。)
「よし、ガンマ地区の武器屋にしよう。行けばなんとかなりそうな気がするぞ。」
「わかったのだわ。でもこれ一体なんなのだわ?うんともすんとも言わないのだわ。」
「おいおい、人のものをあんまり勝手に触るもんじゃないぞ。オレだって未来のものの使い方なんてよくわかってないんだ。」
「ただの鉄の塊なのだわ。こんな物をみんな持ち歩いているのだわ?この時代の人がやることは不思議なのだわ。」
落とし物を手に歩いていると、キョロキョロと辺りを見回しながら歩く男子学生が前方に見えた。
すると、チルリルの手元の端末を目にするや否や、こっちに向かって走ってくる。
「それっ!探してた俺の端末だよ!返してくれよ!」
慌ててチルリルが鉄の塊を渡す。
「おいおい、落ちてたのを拾っただけだぞ。今から届けようと思ってたんだ。盗まれたみたいに言わないでくれよ。」
アルドが憤慨して言う。
「あ、ああ、ごめん。これすっごく大事なんだよ。やり込んだゲームが・・・。」
男子学生は礼もそこそこに端末のゲームを起動しようと試みる。
「あれ?なんで開かないんだよ。」
「俺たちに聞かれても困るよ。ついさっき、本当に拾っただけなんだから。なあ、チルリル。」
「そ、そうなのだわ。ちょっと好奇心であちこち触ったりとかほとんどしてないのだわ。」
ん?何だって、チルリル?
「お前、壊したな。」
男子学生の顔が憤怒に染まっていく。
「いや、待ってくれって。決して壊すつもりじゃなかったんだって。」
アルドが必死に弁明するもその声は彼には届かない。
「許さない、許さないぞ、俺のセーブデータ返してくれよ!俺がどれだけ小遣いを捧げてきたと思ってるんだ!」
「いやだからそんなこと言われても」
アルドもどうしたら良いのかわからない。
「くそう、自衛の為に作っておいたのが役に立つぜ!来い!俺の自作ドローン!」
すると機械音がして宙から大きなドローンが現れた。完全に戦闘態勢に入っている。
「行け!こいつらを懲らしめろ!!」
~自作ドローンと戦闘~
戦闘に勝ち、アルドが言い放つ。
「はあ、はあ、勝てたな。危ないじゃないか、急に機械をけしかけるなんて!」
男子学生はしょんぼりとして言う。
「ああ、俺の大作が・・・。俺のドローンまで壊しやがって!」
もう半泣きだ。
その時、騒ぎを聞きつけてこちらへ急いで駆け寄ってくる白い影が見えた。
「アルドじゃないか、どうしたんだい?何かトラブルかな?」
見覚えのある白制服、イスカとヒスメナが揃ってやって来た。良かった、これでもう絶対大丈夫だ。頼りになる二人に出会えて、アルドはホッと安堵のため息をついた。
「助かった!イスカ、ヒスメナ、ちょっと聞いてくれよ。」
今までの経緯を伝える。
「ふむふむ。なるほどね。それは災難だったね。キミたちには何の非も無いよ。」
「あなたはIDAスクールの生徒ね?どうしてこんな無茶なことをしたの。」
泣きながら男子生徒が答える。
「だって、俺の大事な端末をこいつらが壊したんですよ!そりゃ、落とした俺が悪いってのはわかりますけど!」
「これは本当に壊れているのかな?どう思う、ヒスメナ?」
「そうね、確かに全く反応がないけれども・・・。アルド、これを拾った時の状況は?」
「ええと、ほんとに落ちてたのを拾っただけとしか言えないんだよな・・・。チルリル、心当たりあるか?」
「ぎくぅ!チルリルは何も知らなかったのだわ!こんな鉄の塊、初めて触ったのだわ!だからちょっとここら辺のへこんだところとか、横の突起とかを押してしまったかもしれないのだわ。」
それを聞いてヒスメナが頷く。
「恐らく指紋認証かパスコードのロックがかかったのではないかしら?あなた、自分で何段階も設定していない?」
「あっ、そう言われてみれば、先週も無くしちゃって設定を色々変えたんだった。」
おいおい・・・。男子学生は端末に指をあてては動かして必死に試している。
その時、軽やかな起動音が鳴り響いた。
「あっ、開いた。やった!壊れてなかった、俺の端末!」
そして男子学生は理解した。初対面の二人と有名な白制服の二人にじっと見つめられているということを。喜びも束の間、どっと嫌な汗が流れだした。
「す、すみません。お騒がせして。許してくださいー!」
その場に居ても立っても居られず、走って逃げていく。あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「やれやれ。うちの生徒が迷惑をかけたね。しっかり注意しておくよ。許してやってくれるかい?」
苦笑いでイスカがアルドとチルリルに謝罪する。
「いや、助かったのはこっちだよ。二人が来てくれたおかげで解決したんだ。オレ達じゃ未来の機械には太刀打ちできないからな。ドローンぶっ壊しちゃったし・・・。」
「ふふ、相変わらずだね。ところで今日はどうしてここに?何か用事でもあるのかい?」
「ああ、ザオルの店に落とし物の相談を、と思ったらそれは今解決したんだったな。」
そうだ、そもそもこの旅の始まりは確か・・・。
「ええと、チルリルが仲間たちに何でも教えるって」
そう言いかけたアルドをチルリルがぐいっと引っ張る。
「ま、待つのだわ、アルド。この二人からはめちゃくちゃ優等生のオーラが半端なく出てるのだわ。チルリルが最初に言っていたことはもう忘れていいのだわ。ただの未来観光ということにすればいいのだわ。むしろそうすべきなのだわ。」
「えっ、それでいいのか?うん?待てよ、確かにチルリルが仲間に色々教えるって言ってたのに、チルリルから教わってるの結局オレなんじゃないか?」
「そうなのだわ。アルドのお仲間さんにはチルリル、何も意見することなんて無かったのだわ。ちんぷんかんぷんな顔はアルドの専売特許なのだわ。」
・・・ひどい言われようだがこれで仲間たちに迷惑をかけることは無さそうだ。
「わかったよ。じゃあそうしよう。」
イスカとヒスメナの方へ向き直ったアルドは、チルリルの社会見学の一環で未来観光に来た、という理由で通した。
「そうかい、それは感心だね。わたし達で良ければ何でもお手伝いさせてもらうよ。そうだ、立ち話もなんだからIDAスクールへ戻ろうか。スクールの案内がてらゆっくり見ていくといいよ。結構広い敷地だからね。」
「お願いしますなのだわ!」
今までになくチルリルは緊張気味に返事をした。
(いかにも優等生、ちょっと苦手なのだわ・・。)
颯爽と歩く白制服の後ろについて行きながらチルリルは思う。
(でもでもお揃いのお洋服、かっこいいのだわ。それなのにチルリルには相手がいないのだわ。メリナやロゼッタとお揃いなんて絶対ありえないのだわ。ましてやプライ・・。ぞっとするのだわ。)
しかし、チルリルが浮かない顔をしていたのはこの時だけだった。
カーゴステーションでバスを降りたチルリルは興奮冷めやらぬといった勢いで話す。
「今の乗り物、シューンシューンって、すっごい早さだったのだわ!帰りにも乗れるのだわ?楽しみなのだわ!」
「ふふ、気に入ってもらえたなら良かったよ。だけどね、次の移動手段はキミの運動神経を試される乗り物だよ。まあ、アルドが乗れるのだから心配はいらないだろうね。」
「おい、イスカ・・・。まあ、その通りだけど。」
「さあ、エアチューブだよ、お手並み拝見だね。」
IDAスクールに着いたチルリルはぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃいでいた。
「移動しただけなのに、超楽しかったのだわ!未来ってすごいのだわ!板に乗ってチルリル、お空を飛んだのだわ!!チルリルにも翼があるみたいな気分だったのだわ!」
「あはは、良かったな、チルリル。」
ただの少女に戻って素直に喜んでいるチルリルを見てイスカが語る。
「ねえ、ヒスメナ。わたし達にもあんな時代があったはずだね。初めてエアチューブを使った時の感動が蘇ってきたよ。」
「ええ、そうね。あの頃を思い出すわ。」
「あの子のために案内してあげようなんて思い上がっていたけれども、逆に教えられたね。まるで親のような気分にさせてもらったよ。子供から教わるとはこういうことなのかな。心が洗われたような気がするね。」
ヒスメナも同意するように頷く。
校内に入るとチルリルのテンションは最高潮に達した。目に映るもの全てが未知で驚きと興奮に包まれる。
「教室を見て回ったら屋上のスカイテラスに行こうか。とても綺麗な眺めだよ。」
「はい!イスカ会長!なのだわ!」
スカイテラスのガーデンテーブルからIDAスクールの敷地を見下ろすと、高層の建物の間には完璧に整備された道と並木が見える。
「すごいのだわ・・・。」
チルリルは言葉にならないといった感じでしっかりと風景を目に焼き付けている。
「社会勉強になったかな?」
イスカが優しくチルリルに話しかける。
「キミは今、大変な時代を生きているかもしれないけれど、遠い未来でキミを応援している仲間がここにいることを覚えておいて欲しい。助けが必要ならばすぐに駆け付けるからね。」
「ありがとうございます・・なのだわ。」
潤むチルリルの瞳。
「さあ、少しベンチに座って休もうか。人間、休息も必要だからね。」
揃って腰掛けようとしたその時、イスカの端末から電子音が鳴り響いた。
「おっと・・。言ってるそばからすまないね。ちょっと呼び出されたから行ってくるよ。キミたちはゆっくりしていってくれ。また近いうちにぜひ会おう。ヒスメナ、後は頼んだよ。」
「ええ、任せて。」
「ああ、忙しい立場なのに付き合ってくれてありがとう。」
アルドがそう答えるとすぐにイスカは走っていった。
するとチルリルが不思議そうに首をかしげる。
「さっきの落とし物と同じものを持ってるのだわ?」
「ああ、そうね。あなたの時代には無いのよね。ちょっと使ってみる?貸してあげるわ。」
そう言ってヒスメナが自分の端末のロックを解き、チルリルに渡す。使い方やどのようなことができるかを簡潔に説明した後、チルリルに何をしてみたいか聞いた。
「さっきの人が言ってた、げえむっていうのをやってみたいのだわ!あんなに必死になるほど面白いのだわ?おすすめを教えて欲しいのだわ。」
ぴくっとヒスメナの肩が動く。
「そ、そう。じゃあ、昔、私がやっ・・いえ、何でもないわ。評判の良いゲームをインストールするわね。少し待っていて。」
ヒスメナは手際よく準備をすると、チルリルに問いかけた。
「名前を自由に付けられるのだけど、どうする?」
「名前?なのだわ?」
「ええ、そうね、試しに配信を見たら良いわね。ええと、例えば・・・」
「これが実際にプレイしている画面ね、この動いている人物の上に出ているのが自由に付けられる名前なの。本名をつける人はまず居ないわね。」
チルリルは画面に釘付けになった。サクサクと華麗に敵を倒しているキャラクターがいる。
「この人、すごく強いのだわ。この名前、前後についてる飾りは何なのだわ?」
「あっ・・。」
ヒスメナが言い淀む。
「そうね・・。名前を記号で挟むのが、一定のお年頃には魅力的なのかもしれないわね。」
「この人、とってもかっこいいのだわ。Ψ魔界のプリンセスΨ、チルリルもこんな名前を付けたいのだわ!」
うん?どこかで聞いたような名前だな。アルドがそう思っているとチルリルが声を上げた。
「あっ、チルリル、これがいいのだわ!ヒスメナさん、この記号で挟んで欲しいのだわ。名前はもちろん、剣持つ救世主でお願いするのだわ。」
「・・・この記号ね。わかったわ。」
(これは確か、ダガー、で変換だったかしら・・・。ああ、できてしまったわ。)
「お待たせ、これでどうかしら。」
心なしかヒスメナの声が沈んでいるようだが、チルリルは歓声を上げた。
「うわわわ、思った通り、なんて素敵なのだわ!ありがとうなのだわ!これで遊んでみるのだわ!」
アルドが画面を覗き込んでみると、そこに映る名前はこのように仕上がっていた。
†剣持つ救世主†
ヒスメナのため息が聞こえた。
「若気の至りね。」
初めて触れるオンラインゲームという遊びに一喜一憂していたチルリルだったが、慣れない操作のせいか負けが続いたようで、ついに端末を置いてしまった。
「ムキーッ!!†剣持つ救世主†にこんな仕打ちなんて許されないのだわ!このあたりで勘弁しておいてあげるのだわ!ヒスメナさん、貸してくれてどうもありがとうなのだわ。」
「・・・良かったわ。楽しんでもらえて。」
ヒスメナは端末を受け取り、ゲームをログアウトした。ふと手ぶらになったチルリルを見ると、空に指で文字を書いているようだ。
それに気が付いたヒスメナが声を上げる。
「あなた、今、何を書いているの!」
ヒスメナの発した大きな声に驚いてチルリルの手が止まる。
「び、びっくりしたのだわ。チルリル、今の記号を書いていただけなのだわ?」
ぶんぶんと首を横に振るヒスメナ。
「駄目よ。それは古代に持ち帰ってはいけない文化よ。もう二度と書いては駄目。あなたのせいで、文字の歴史が変わってしまうかもしれないわ。」
「そ、そんな大げさなのだわ。」
「絶対にダメ。」
ヒスメナの熱い視線にチルリルも従うしかない。
「わかったのだわ。もう書かないのだわ。」
「・・・お願いよ。」
その時、ヒスメナの端末に電子音が届いた。
「ごめんなさい。私も呼ばれてしまったわ。行かないといけないのだけど、大丈夫かしら。」
「ああ、もちろん。チルリル、オレ達もそれぞれの時代にそろそろ帰るか。」
チルリルは笑顔で頷く。
「楽しい旅だったのだわ!チルリル、いっぱい学ぶことができたのだわ!ありがとうなのだわ!」
こうしてチルリルは西方へ帰って行った。不安に包まれたヒスメナを残して。
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