羽柴秀吉、徳川遺臣と出会う

「姫路城!?」




 六月八日、家康遺臣たちの総大将と言うべき立場に就いた酒井忠次は驚きの声を上げていた。


「半蔵殿自らが調べてきてくれたのです、間違いありません」

「備中高松城からわずか数日で播磨の姫路城に……!」


 家康在世の時と同じように側用人的な立場を務める事となった本多正信の報告によれば、備中にて中国地方の覇者・毛利家と対峙していた羽柴秀吉が、本能寺の変からわずか六日で播磨の姫路城まで戻ってきたというのだ。


「戦力はほぼ完全とのことです」

「信じられん……さすが右府殿が取り立てられたお方と言う事か……」

「筑前殿ならば、光秀を討つ事もかないましょう!疾く姫路へ!」


 康政の当然の意見に対し、正信は首を横に振った。


「いや、尼崎に来て欲しいと半蔵殿が伝言を受けたそうだ」

「尼崎?」

「この堺から姫路はいささか遠い。我らは人数こそ少ないが物資があまりにもない。だから無理をしないで欲しいとのご配慮のようだ」


 堺と尼崎は同じ摂津であり、物資に事欠いている家康遺臣たちでも移動にさほど困る事はないだろう。長い距離を動くべきなのは自分たちなのだと秀吉は言っているのである。


「で、いつごろご到着になるのであろうか」

「三日もすればとの事でございます」


 秀吉の行動の速さと懐の深さに、徳川の将たちは感心すると同時に頼もしさを覚えた。

 このお方ならば、何とかしてくれるのではないか。そう思わせるのが秀吉の人たらしの極意なのだが、その極意に徳川の将たちはがっちり嵌っていた訳である。










「いやー、此度は本当に、本当に無念でございました」


 六月十一日、秀吉率いる一万六千の軍勢は尼崎城に到着した。


 そして城門まで出迎えに来ていた忠次らの姿を見るなり、秀吉は下馬して忠次らの手を次々と握り、哀悼の言葉をかけた。


「家康殿は、本当に立派なお方じゃった。どんな困難に当たってもくじける事なく、じっと機会を待つことができるお方じゃった。

 わしみたいに、ああしてこうしてと無駄に動き回るような真似もせず、じっと我慢のできる素晴らしいお方じゃった。そんなお人を上様に続いて失って、わしは本当に悲しかった」


 秀吉の言葉には嘘偽りはなく、本当に素直に家康を賞賛し、本当にその死を悲しんでいた、という事実がその一言一句にありありと出ていた。


「しかし未だにわしはなぜ家康殿が狙われたのかわからんのです。わしや修理殿、左近(滝川一益)殿を討ちに行くのならばわかりますが、何故に無力に等しかった家康殿を狙ったのか……確かに無事に三河に帰国なさり、兵を整えて向かってくれば手強い相手になるのは確実でございますが…………」

「恐れながら、我らもそれがなぜなのか…………」


 秀吉の問いに、忠次らも首を振った。正信さえも、なぜ光秀が自ら兵を率いて家康を真っ先に狙ったかどうかわからないのだ。


「とにかく、筑前殿もまた心底から悲しい目に遭われ、さぞ大変だったでしょう。話は城の中で」


 こんな所で結論の出ない話をしてもしょうがないとばかりに石川数正は秀吉に城に入るように勧め、秀吉もその言葉に従い入城した。



 そしてまもなく、尼崎城の広間に秀吉と家康遺臣たちが集った。

 最上段には無論秀吉が座り、家康遺臣の総大将の忠次がその面前に、すぐ後ろに数正と正信、それより後ろに忠勝や康政などが控えていた。


「さて酒井殿、言い難いのですが、申し上げねばならぬ事がございます」


 秀吉は柔和だった顔を急にしかめ、いかにも言いづらそうな事を言わんとしているという心理をありありと顔に浮き立たせていた。


「何か……」

「恐れながら、憎き明智光秀を討つのはしばらく先になるやも知れません」


 秀吉の言葉に、家康遺臣達は首をかしげた。秀吉にとっても織田信長の仇を討つという大義があり、その為に中国地方から戻ってきたのではないか、それをなぜためらわなければならないのか、と。


「まさか光秀の軍勢が三万近くにまで膨れ上がっていたとは……迂闊でございました」

「さ、三万……!?」


 三万と言う数字を聞いた家康遺臣たちは驚きの声を上げた。半蔵は秀吉の進行をうかがうため播磨にいたので、山城や丹波の方面については忠次らは情報を持っていなかった。

 本能寺の変の際に一万三千だった光秀の手勢が、たった九日間で倍以上の三万に膨れ上がるとは誰にも想像できなかったのだ。


「しかし、雇い兵だけで一万七千も?」


 確かに光秀は安土城を占拠し、それに伴い近江の織田領も大量に占拠した。


 戦が近い事はわかりきっているので、大量に傭兵を雇い兵数を増やしているのは当たり前だが、それにしても三万まで膨れ上がるのは変だった。


「それにしても主殺しの謀反人にこんなに兵が集まるとはのう……細川も筒井もどうしてこうも簡単に光秀に味方するのか」

「筒井に細川が……?」


 確かに丹後の細川藤孝の息子忠興は光秀の娘婿だし、大和の筒井順慶も光秀とは親密であったが、どこをどうしても光秀は主・信長を殺した大罪人であり、そんな人間に積極的に味方をする勢力などあるはずがないと言うのが秀吉の読みであったし、正信もそう考えていた。


 現実問題、順慶は一万の兵力を抱えているし、細川も四千ぐらいの兵を出せるはずだ。それに傭兵や旧室町幕府軍などを加えれば、光秀が三万を越える兵を集めていても不思議はなかった。


「我らは一万六千に過ぎませぬ。宇喜多勢の力を借りてもせいぜい二万五千。ましてや光秀が安土にでも籠ろうものなら、三七様や丹羽殿のお力を借りねば到底無理でござる」


 一方で、秀吉の手勢は光秀の約半分の一万六千。備前・美作を領有する宇喜多家は先代の当主直家の遺言により織田家に随身しており、二カ国で一万五千の兵を動員できるが当主の秀家が十歳と幼く、また和睦を結んだとは言え毛利への備えも怠れないため、一万を少し切るぐらいの兵数しか出せそうになかった。

 仮に九千として、羽柴軍と合わせて二万五千、まだ明智軍より少ない。となると、摂津や河内・和泉に控えている三七こと織田信長の三男織田信孝と、秀吉と同じ織田の重臣である丹羽長秀の各々一万ずつ、合わせて二万の手勢を加えないと苦しい。


 他には北陸に柴田勝家、関東に滝川一益がいるが、勝家は上杉軍の攻撃を受けて身動きが取れなくなっている可能性が高く、さらに秀吉との折り合いがあまりよくないので首尾よく安土に戻って来た所で、うまく秀吉と提携できるかどうかはかなり怪しい。

 そして一益は近江よりかなり遠く当てにはしづらく、更に北条の追撃を受けて軍勢そのものが木っ端微塵になってしまっている可能性も否定できない。

 また尾張には信長の次男織田信雄が一万の軍勢を抱えているが、偉大なる父信長と隣国三河の主家康の連続の死による環境の激変と本人以下の動揺により、元々才知に乏しかったと評判の信雄がどれだけ采配を取れるか非常に難しい所である。


 そして三河には一応一万七千近い徳川の兵がいたが、当主の家康が失われ大久保忠世以外の重臣たちが遠く離れた摂津に留まってしまっている今、その兵に期待するのは無茶だろう。

 更に駿河の隣国は北条家の本国・相模であり、北条家当主・北条氏政が家康の死と言う絶好の機会を逃がすはずがなく、現時点ではその駿河を守る事ができるかすら怪しい。甲斐には信長の側近の川尻秀隆がいるが、まさに昨日占領したばかりの土地であり、四百年近く甲斐の地を統治した武田家を滅ぼした織田に恨みを持ち、ここぞとばかりに蜂起する者が出て来ても全くおかしくない。


 要するに、光秀に対抗できる勢力が予想外に少ないのである。




「無論、すぐさま兵を整え光秀めの首を挙げるつもりではございますが……実際安土に籠られるとなるとどうしてよいのか……」

「お二方はいつ頃」

「いや三七様も丹羽殿も兵はきっちり整えていらっしゃったのですが何せ兵たちの動揺がひどく……尼崎に集うまではもう三、四日かかるとの事…」


 そこまで秀吉と忠次が会話を進めていた時、正信が口を大きく開けたまま頭を抱えてしまった。


「どっ、どうなされた正信殿!?」

「そうか…………光秀め…………これか!」


 頭を抱え込んだまま、正信は無念さをにじませた唸り声を上げた。


「これかとは」

「やっと……わかりました……お屋形様が殺された訳が……」

「理由?」

「光秀の直属軍一万三千ならば、筑前殿によりたちまちに打ち砕かれていたはず……しかし今や光秀の軍勢は三万に膨れ上がり、たやすく打ち崩す事のできない強固な軍勢になってしまいました…………」

「それが」

「光秀は我が主の首級を人集めに使ったのです!織田信長公に続き、徳川家康まで私は討ち取った、だからもはや天下に自らに対抗できる勢力は存在しないと、天下に見せ付けるためだったのです!」


 正信の言葉に徳川勢は無論、秀吉の傍らにいた智謀の軍師・黒田官兵衛すら開いた口が塞がらないと言う表情に変わった。


「光秀が信長公に続き我が主を葬った事により、次代の覇者となるのは光秀であるという印象を世に与えたのです。

 さすがにやり方には問題があったものの、光秀の力量を認めた者は少なくはないでしょう。表立って味方したのは元より親密だった筒井と細川だけですが、長引くとなるとなお光秀の味方が増えるは確実かと」


 秀吉も家康や正信と同じく、光秀の軍才を軽く見ていた。軍事には疎かった正信であったが、世情を見る目は卓越した物があった。


「そうか、じゃがわしは負けん。上様のためにも、徳川殿の為にも、わしは勝つ!徳川家の皆様、わしを信じてくれませぬか?」

「無論!」


 正信の言葉に納得した表情になった秀吉は、忠次らに向かって深々と頭を下げ、忠次は力強い返事と共に叩頭し、他の将もつられるように頭を下げた。


「誠に、徳川殿はいい家臣を持ったものじゃ……だが先ほど申し上げた様に今光秀を直に叩くには少し兵が足りませぬ。十四日に三七様と丹羽殿がご到着なされたとしても軍議やら兵の調整やらでもう二、三日かかり申す。そこでまずは光秀の本国である丹波に兵を差し向けるつもりでございます」

「その役目、ぜひそれがしに!」


 秀吉のまずは丹波を攻略するという策に、忠勝が挙手で参戦を求めた。


「おお本多平八郎殿か!それは心強い!では平八郎殿、よろしく頼みますぞ!とりあえずは三千ぐらいしか割けませぬが」

「十分でございます」




 翌六月十二日、本多忠勝を大将とする三千の羽柴軍は、謀反人・明智光秀の本国である丹波を抑えるべく出撃した。忠勝の下には、福島正則と大久保忠隣が付けられた。

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