第7話 熊とスキルと「やってやろうじゃん!!」

俺たちが帰還への決意を固め、職業を選んでから半年が経った。

今は、森の中級レベルのモンスターと戦っているところだ。相手の見た目は熊。ただ、普通の熊より明らかに大きい爪がある。まともにくらったら一溜りもない。さらに硬い毛皮を持ち、防御力も高い。首だけが唯一の弱点だが、巨大なため、首に効果的な攻撃がしにくいという厄介なモンスターだ。

「零斗!左から回り込んで!」

俺は一也の指示通り、モンスターの左サイドを目掛けて駆け出した。

「美怜!竜二!援護を頼む!」

俺の声に頷いた2人は、モンスターに正面から突っ込んでいく。

「ガチン」という音が2度鳴った。

左の爪を竜二が盾で、右の爪を美怜が長剣で食い止めている。今、モンスターの脇腹はがら空きだ。

防御破壊ガードブレイク十字クロス!!」

俺が短剣を振るうと、硬い毛皮に十字の切り傷がついた。

「ブレイクした!朱莉!」

俺が呼びかけるとまず、空間移動士の龍ケ崎柚杏りゅうがさき ゆあが俺を竜二の盾の後ろへ移動させる。

そして朱莉が、俺がつけた切り傷めがけて矢を放った。

分離セパレーション正方形スクエア

朱莉がそう言うと、放った矢から新たに4本の矢が出現。合計5本となって飛んでいき、見事に十字の交点と各頂点に突き刺さる。

「グオォォォォ!!」

モンスターが雄叫びを上げる。そして、右にグラッとよろけた。

「今だ!」

俺、朱莉、一也、竜二、柚杏の声が重なる。

「はっ!」

美怜は思いっきり飛び上がり、鞘から刀を抜いた。美怜の武器は、長剣は長剣でも日本刀だ。

閃煌せんこう!!」

日本刀の刃は、確実にモンスターの弱点を仕留めた。

「グオォォォォォォォォ!!」

先程よりも大きな声だ。モンスターも、最後の悪あがきとして美怜目がけて爪を振るう。

「転位!」

しかし、柚杏が美怜を竜二の盾の後ろ、俺の横に移動させる。モンスターの爪は虚空を切り裂いた。

「グオォォ…」

モンスターは地面に倒れ込むと、ゲームのそれのように消えていった。

「よし。やったな。」

俺が言うと、みんな笑顔になった。

「ああ。見事だよ。俺の出番はなかったな。」

一也が笑いながら言った。今回の戦闘では誰もダメージを受けていない。回復士には出番がなかった。

「でも一也の指示は助かったぜ。」

竜二が言った。

「だな。」

俺も同意する。

最近は各々の戦闘技術も向上し、ダメージを受けることも少なくなってきた。その分回復士の仕事は減るのだが、一也は作戦担当として俺たちに欠かせない存在だ。

「ありがとう。零斗の防御破壊ガードブレイクも、かなり精度が上がってきたな。」

一也の言う防御破壊ガードブレイクとは、俺の短剣使いとしてのスキルのことだ。

敵の防御を突破し傷をつけることが出来る。

先程使った十字クロス、3本の傷をつける六花アスタリスク、片方の剣でつけた傷をもう片方の剣でなぞることでより深い傷をつける再斬トレースの3種類があり、それぞれ特徴がある。

例えば、六花アスタリスクの場合多くの傷を付けられるだけ傷は浅くなるし、再斬トレースの場合は傷は深いが1箇所しかつけられない。十字クロスはその中間という感じだ。

朱莉の分離セパレーションや、美怜の閃煌せんこうなんかも、それぞれのスキルだ。

「さて、そろそろ時間だし教室に帰ろっか。」

一也の声で俺たちは歩き出した。


「教室」とは、例の俺たちが目を覚ました建物のことだ。少しでも元の世界の雰囲気があった方がいいということで、教室という名前になった。

今俺たちはそこで暮らしている。

あの建物には、キッチンや男女別れて寝られる大部屋、風呂なんかが付いていた。なかなかの好物件だ。

ちなみに俺たちは、職業選択をした後簡単なパーティー分けをした。

各職業1人ずつの6人1パーティ。

今一緒にいる朱莉、一也、美怜、竜二、柚杏が俺のパーティーメンバーだ。

俺たちはAパーティー。全部で、Eパーティーまでの5つのパーティーがある。

「今日の留守番はBパーティーだっけ?」

竜二の問いに俺は頷く。

教室には、モンスターの襲撃や犯罪者の襲撃に備えて必ず1パーティーは常駐することになっている。今日の当番はBパーティーだ。

「ねぇ、一也。」

美怜が一也に話しかけた。

「どうした?」

「そろそろ、森を抜けて先に進んでもいいと思うの。中級レベルのモンスターなら、さっきみたいに攻撃を受けずに倒せるし、上級モンスターもほぼノーダメージの余裕で勝てる。各パーティーの連携も高まってきたし、森で戦う意味はもうほぼないんじゃないかな?」

それは、俺も近頃感じていたところだ。

Aパーティーは主に、竜二が引き付けて俺が相手の防御を破壊、そこを朱莉が狙撃、美怜がとどめを刺すという戦闘方式だ。一也と柚杏も、回復や転位でサポートする。

この戦闘方式は、今は流れるようにスムーズで連携ミスは全く発生していない。

「確かに、それぞれのレベルも高いところに来ているし、考えてもいい頃だな。」

一也は言った。

初めの頃はそれぞれまともに武器を扱えず、それはそれは酷い有様だった。

中でも、特に苦労していたのは空間移動士だ。

何でも、いくら正確に転位させようとしても、野球のピッチャーが狙ったところに完璧に投げ込めないのと同じで、どうしてもズレが出てしまうらしい。

試しに、初め森に落ちていた木の実でやってみたところ、見事に木に激突して粉々になった。

それ以来、正確な転位が出来るまで人を転位させることは禁止になった。

今はもう、そんなミスは起こらないが。

「じゃあ、今日の夜みんなに提案してみるのはどうかな?みんなも、そろそろこの森を出てもいいと思ってるだろうし。」

俺の提案に一也が答える。

「そうしてみよっか。」


夕食後、みんなが集まったところで一也が話を切り出した。

「みんな、大事な話があるから聞いてくれ。」

一気に部屋が静かになる。

「ここのところの森での戦闘から考えて、俺たちはかなりレベルアップしたと思う。上級モンスターにも余裕で勝てるようになった。そろそろ、この森を抜け出してもいい時期じゃないかと思うんだ。」

みんなも頷いている。全員、内心ではそう思っていたのだろう。では、それを言葉にさせなかったものは何か。一也は的確に捉えていた。

「確かに怖い気持ちはある。ここを抜ければ本物の犯罪者がいる訳で、いよいよをもってデスゲームだ。怖くないはずがない。」

一也の言葉は、みんなの気持ちを正確に代弁していた。

しかし、一也ははっきりと、力強く続けた。


「ただ、ここで余裕の戦いを続けていても何も始まらないと思う。虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。踏み出さなきゃ、帰還はない。みんなで一緒に帰るためには、この森を抜けて犯罪者たちと戦わなきゃいけない。そうじゃないかな?」


みんな大きく、強く頷いている。

美怜といい、一也といい、こういう人をやる気にさせる力はすごいと素直に感心してしまう。

ならば、俺も見習ってみよう。


「よっしゃ!!やってやろうじゃん!!」


立ち上がり、大きく声を上げる。

みんなの視線が俺に集まったかと思うと、みんな笑顔になった。

「ああ。やってやろう。」

三南人も声を上げる。

クラス全体にやる気が満ちていた。

「頑張ろ。零斗。」

朱莉が、胸の前で小さな拳を作って微笑む。

「ああ。」

俺も、力強く拳を作って応じた。

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