第427話 軍議①

 オスカーと共に応接室を出たノエインは、部屋の扉から十分に離れた廊下の一角で顔を突き合わせる。


「奴らの話、どう思った?」


「……あのノーマン・フォスターという青年、フォスター将軍の弟であることは間違いないと思います。単に容姿が似ているだけでなく、声や話し方、醸し出す雰囲気までフォスター将軍にそっくりです。赤の他人ではあのようにはならないでしょう……弟の彼と叔父のジョージ殿が密使かつ人質として来ている以上、彼らの話は本当と見ていいかと」


 実の弟と叔父を人質として差し出す、というのは、言葉でどれほど誠意を語られるよりもよほど信用できる。そうノエインは語った。


「それに、海を越えての再侵攻を行うとすれば、その数か月前にはベトゥミア共和国内でそれなりに大きな動きがあるはず。事前に再侵攻があると聞いていれば、ロードベルク王国もその予兆を掴むのは難しくないのでは?」


「そうだな。何の情報もない状態で遠く海の向こうにあるベトゥミア共和国の動向を掴み、その意図を探るのと、かの国がこちらへ再侵攻をするつもりだと知った上でその予兆を探るのでは難易度が段違いだ。初めから警戒してかかるのであれば、再侵攻が事実か否か程度は分かる」


 戦前はベトゥミア共和国に対して完全に無防備だったロードベルク王国も、今は情報収集に努めている。


 自力でベトゥミア共和国のある大陸まで行く手段がないため、収集できる情報の量も鮮度も限定的ではあるが、大規模な軍事行動の予兆程度なら掴むのは難しくない。少なくとも、前回のようにある日いきなり奇襲を受けるような無様をさらす心配はない。


「再侵攻計画がどのようなものであれ、その具体的な時期さえ掴めれば、対応の選択肢はいくらでもある。奇襲さえ防げれば、地の利も数の利も得られるのだからな」


「そうですね。一方でベトゥミア共和国側は、再侵攻計画の予兆を早く掴まれれば掴まれるほど不利になる……再侵攻計画の存在を知られる不利益が、嘘の再侵攻計画を吹き込んでこちらを欺く利点を上回るはずです」


 ベトゥミア共和国がロードベルク王国に侵攻するのであれば、大軍である以上、その上陸地点は大きな港のある数か所に絞られる。その全てを警戒しておくことは容易だ。ロードベルク王国側が防衛の心構えをしておけば、ベトゥミア共和国の再侵攻の難易度は跳ね上がる。


 ベトゥミア共和国にとって最善の手は、再侵攻計画の存在をロードベルク王国側につかまれないよう、できるだけ長く秘匿しておくことだった。その選択肢を自ら投げ捨て、大切な身内を密使として送り込んできたアイリーンを尚も疑っていてはきりがない。


「……そもそも、再侵攻の話が事実であれば、攻められる側である我々に選択の余地はない。フォスター将軍の話、乗るしかないだろう」


 オスカーはニヤリと笑って言った。ノエインも不敵な笑みでそれに応える。


「アールクヴィスト大公国はどうする? 我が国と共に戦うか?」


「今の我が国は、ロードベルク王国から独立した友好国の立場です。が、我が国にも、ベトゥミア戦争で家族や友人知人を失った者は少なくない……臣民たちは参戦することを望むでしょう。ロードベルク王国のために命を捨てる覚悟で、とはいきませんが、精いっぱいの助力をさせていただきます」


 現在のアールクヴィスト大公国は周囲を友好国に囲まれているので、領土防衛については心配はない。


 他の戦争であれば参戦については是非を考えるが、今回の相手は因縁深きベトゥミア共和国。臣下も、兵士も、先の大戦での遺族も、復讐を果たしたいと願うだろう。ノエイン自身も、可愛い民をベトゥミアに殺された恨みを、晴らせるものなら晴らしたい。


 ベトゥミア共和国軍と決着をつけ、忘れられない憎悪にけじめをつけ、この地域の安寧が二度とベトゥミア共和国によって脅かされないようかの国の富国派の勢力を潰す。それは生涯の幸福を実現する上で、ノエインがなすべき行いだった。


「よくぞ言ってくれた……では、奴らのもとに戻り、伝えるとしよう。我が国はフォスター将軍の策に乗るとな」


 応接席へと戻るオスカーの後に、ノエインも続く。


・・・・・


 フォスター将軍の密使によってもたらされた情報に一定の信用を見出したオスカー・ロードベルク三世は、『遠話』通信網を使って、各地方貴族閥の盟主たちを王城に呼び集めた。


 この緊急招集を受けて、北西部閥盟主ジークフリート・ベヒトルスハイム侯爵、北東部閥盟主ライナルト・シュタウフェンベルク侯爵、南東部閥盟主ブロニスラフ・ビッテンフェルト侯爵、南西部閥盟主ルボミール・ガルドウィン侯爵とその補佐役が王城に集結。


 世間に対しては秘密裏に集結した王国の重鎮たちに、国王オスカー、軍務大臣ラグナル・ブルクハルト伯爵、さらにノエイン・アールクヴィスト大公を加えた顔ぶれで、会議が開かれた。


「――以上が、フォスター将軍の密使より伝えられたベトゥミア共和国の現状と、それに伴うロードベルク王国への再侵攻計画の情報です」


「ふむ、かの国がそのような状況に陥っているというのは驚きだが……国王陛下がこの話に乗るとご判断されたのであれば、我々としては何も言いますまい」


 ブルクハルト伯爵の説明を受け、まず最初に発現したのはベヒトルスハイム侯爵だった。


「敵の上陸地点は王家直轄地のオストライヒですか……まあ、妥当なところでしょうな」


「王都リヒトハーゲンの急襲が基本戦略であるならば、私が敵軍の将でも同じ戦略を立てるでしょう」


 続いて言葉を零したのは、シュタウフェンベルク侯爵とビッテンフェルト侯爵。まだ十代の当代ガルドウィン侯爵は、やや緊張した面持ちで無言を保っている。


 派閥盟主たちの集結を待つ間に、オスカーとノエインは密使であるノーマンとジョージと、さらに対話を重ねた。そして、ベトゥミア共和国がロードベルク王国再侵攻のために、具体的にどのような戦略を立てているかの情報を得た。


 彼らがベトゥミア共和国を発った時点での情報で、既に二か月以上前のものではあるが、これほど大きな侵攻計画の内容がそう極端に変わる可能性は低い。万が一事態急変があっても、そのときはフォスター将軍がまた手段を見つけて連絡役を送り込んでくれる。


 ノーマンたちの語ったベトゥミア共和国軍の侵攻計画の内容は、こうだった。


 まず、動員予定の兵力はおよそ八万。そのうち正規軍が三万で、志願兵が五万。ベトゥミア戦争での動員数が二十万近かったことと比べると、規模は半分以下となっているが、それでも十分に脅威と言える。


 そのうち正規軍を主力とした第一陣の二万が、ロードベルク王国領土の沿岸部に上陸する。上陸地点は沿岸部のうち、王国南東部と南西部のちょうど境界あたりを予定している。


 この場所にはかつて、ロードベルク王家の親戚である公爵家の領地が存在していた。しかし、ベトゥミア戦争によって荒廃し、公爵家の人間も多くが死亡したため、現在は王領の飛び地として王家が管理している。


 この飛び地の中心都市として、オストライヒという港町があった。王国を代表する二大港湾都市である、王国南東部キヴィレフト伯爵領都や王国南西部アハッツ伯爵領都と比べると規模は劣るが、それでも王国第三の港として一定の存在感を誇っていた。


 ベトゥミア戦争で甚大な被害を負い、ほとんど無人の廃墟と化したオストライヒは、王国南部の各貴族領の復興がある程度進んだ数年前より復興を開始。まずは港としての機能回復がなされ、現在は市街地の再建の最中にあり、それに伴ってかつての住民や新移民が少しずつ移住を進めている。


 復興が完了すれば、以後は王国沿岸部における王家直轄の港湾都市として活用されていく予定となっている。


 それなりの規模の港があり、しかし都市としては未だ防御力の極めて脆弱なこの場所。侵攻の入り口としては都合がいい。


 復興の途上にあるオストライヒは、現在の定住人口は二千人ほど。再建工事の人手を含めても三千人には届かず、二万の軍勢があれば上陸と制圧は容易。ベトゥミア共和国軍はここに橋頭保を築いて残る軍勢も上陸させ、そこからは一気呵成に王都リヒトハーゲンまで侵攻する。


 王家にとって王国南部復興の重要拠点であり、今後は大切な大港湾となるオストライヒには、王都リヒトハーゲンと繋がる街道の整備も進んでいる。この街道を利用し、前回を上回る速さでリヒトハーゲンに迫り、侵攻軍の半数以上、五万を以て陥落させる。


 王都を、王家を滅ぼすことでロードベルク王国を瓦解させ、後は本国でさらに集った志願兵の部隊を上陸させ、数十万の軍勢をもって各貴族領を撃破していく。


 それが、ノーマンたちの口から語られたベトゥミア共和国軍の計画だ。


「それにしても、ご都合主義というか、楽観的というか……雑な計画ですね」


「ああ、全くだ。我が国も舐められたもの……というよりは、フォスター将軍があえて楽観的な策を、富国派議員の耳に心地よく聞こえるよう提示して認めさせたのだろうな」


 冷めた声で呟くノエインに、オスカーがそう言って首肯する。


 港を急襲して橋頭保を築いてからの王都侵攻、というのは、はっきり言えばベトゥミア戦争の焼き直し。王都侵攻部隊の規模も前回と変わらない。


 王領の真南にあり、王家直轄で街道を整備しているオストライヒからの方が、ラーデンなどより素早く王都までたどり着ける……という利点はあるが、目新しいところと言えばそれくらいだ。


 前回のように完全な奇襲が叶えば成功可能性もあるが、再侵攻の情報そのものをロードベルク王国が半年以上も前から掴んでいる現状では、とても上手くいくようには見えない。


「そ、それで、ロードベルク王国としては、オストライヒで迎え撃って敵の上陸を阻止する……ということになるのでしょうか?」


 固い声で言ったのは、先代ガルドウィン侯爵の孫であるルボミール・ガルドウィン侯爵。賢くはあるがまだあまりにも経験不足の彼が、何かしら発言しなければ、と気負って口を開いたのは誰の目にも明らかだった。


 彼のそんな初々しい振る舞いを誰も笑うことはなく、オスカーも彼を一派閥盟主と見た上で、真剣な顔で答える。


「いや。策としてはそれが王道であろうが……私はあえてベトゥミア共和国軍のオストライヒ上陸を許し、敵を王国の奥深くまで進撃させることを考えている」

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