第428話 軍議②

「私はあえてベトゥミア共和国軍のオストライヒ上陸を許し、敵を王国の奥深くまで進撃させることを考えている」


 オスカーの発言を聞いて、ガルドウィン侯爵以外の派閥盟主たちは表情を動かさなかった。事前にこの策を聞いていたノエインも、反応を示さない。まだ若く経験不足のガルドウィン侯爵だけが首をかしげている。


「詳しく説明しよう……ブルクハルト伯爵」


「はっ」


 オスカーに促され、ブルクハルト伯爵が詳細な計画説明を始める。


 ベトゥミア共和国軍のオストライヒへの上陸。これについては、ロードベルク王国は手出しをしない。オストライヒ復興の現場には治安維持のために百余名の兵が置かれているが、兵力の増員などは行わない。


 ベトゥミア共和国軍が接近してくると同時に、オストライヒの住民や復興の労働者たちは急ぎ避難させ、港そのものは敵に明け渡す。陥落をあっさりと許したように見せかける。


 その後も、オストライヒから王都リヒトハーゲンまでの途上にある村や都市は、住民のみ避難させてベトゥミア共和国軍による占領を許す。


 そうして敵が王国の奥深くに侵入し、リヒトハーゲンまで迫ったところで――一気に反撃に出る。


 まず、リヒトハーゲンに迫る敵主力に対しては、こちらも王都に集結させた主力で迎え撃つ。王領とそれを囲む譜代の貴族たちの軍、北西部閥や北東部閥の貴族領軍、そして徴集兵。総勢で数万は揃えられる。数としては十分だ。


 そして、オストライヒからリヒトハーゲン眼前まで伸びきった敵の補給線を、左右から叩く。事前に、南西部と南東部それぞれにある程度の規模の軍勢を素早く集結させる準備を進めておき、このタイミングで一気に攻撃を仕掛ける。


 敵も補給線を維持するためにある程度の兵力を用意しているだろうが、左右から挟撃すれば、補給線を大いに圧迫できるのは間違いない。


 補給線を圧迫すれば、それは敵主力の退路を締めつけることにも繋がる。補給が滞り、後方への撤退も容易に叶わなくなった敵主力を、こちらの主力が一気に撃滅する。


 主力を潰せば、敵の戦略目標は達成できなくなり、継戦能力も失われる。ロードベルク王国は守られ、富国派の影響を強く受けているベトゥミア共和国軍正規軍も潰せる。あとは、主力を失って烏合の衆となった後方の敵志願兵たちを捕虜にするのみ。


 フォスター将軍に求められた役割を果たす上では、十分以上の成果を得られる。王家はそう考えていた。


「また、諸卿もご存知かとは思いますが、現在ロードベルク王国はキヴィレフト伯爵領ラーデンを拠点に、東の緑龍帝国より技術者を招いて本格的な海軍の創設を進めています。その海軍を試験的に利用し、ベトゥミア共和国軍の海上の補給線を叩くこともできるでしょう」


 王家がラーデンの港の一部をキヴィレフト伯爵家から借用して行われている海軍の創設準備の一環として、王家の所有する数隻の大型船の訓練航海が定期的に行われている。


 この訓練艦隊を、ベトゥミア共和国軍の侵攻に先立ち、やはり訓練航海と称して出航させた上で、遠回りの末にベトゥミア本国からの輸送船を急襲。まさか海上で攻撃を受けるとは思ってもいない敵の度肝を抜く。


 陸と海の双方で敵の補給線を締め上げ、軍としての機能を麻痺させて崩壊させるのが、ロードベルク王家の立てた作戦だった。


「ガルドウィン侯爵。疑問があるのだろう。遠慮せず言ってみろ」


 この機会を利用してガルドウィン侯爵に勉強をさせるつもりで、オスカーはそう声をかける。呼ばれたガルドウィン侯爵は、おそるおそるといった様子で口を開く。


「……で、では失礼します。陛下は敵をわざと上陸させ、王国の奥深くまで侵攻させるとのことですが……どうしてオストライヒの港で敵を押し止めないのですか?」


「ふむ、お前の疑問も尤もだ。敵の国土への侵攻をあえて許す理由……それは、できる限り確実性の高いかたちで敵主力を無力化するためだ。我が国がベトゥミアの再侵攻にあらかじめ備えていることを、ベトゥミアに勘付かれないためでもある」


 ノーマンたちの話では、ベトゥミア共和国のロードベルク王国に対する諜報網は劇的に弱くなった。ロードベルク王国の動向を正確かつ迅速に知る術は、もはやかの国にはない。


 それでも、大規模な軍勢を動かせばさすがに勘付かれる。港でベトゥミア共和国軍を迎え撃とうとすれば、事前に大規模な軍勢をオストライヒに集結させることになり、それを知ったベトゥミア共和国の侵攻部隊は身構えるだろう。


 そうなれば、侵攻部隊は上陸地点の変更を試みるかもしれない。迎え撃つロードベルク王国側の対応は一気に難しくなる。


 また、予定通り侵攻部隊がオストライヒ上陸を試みたとして、そこに待ち構える迎撃部隊がもしも敗北すれば、後がなくなる。こちらは最初の段階で主力を失い、一方のベトゥミアは侵攻部隊の大部分が無傷のままで上陸を果たし――ロードベルク王国は再び危機に陥ることとなる。


 逆に、ロードベルク王国側が侵攻部隊の上陸を阻止できてしまうと、それはそれで都合が悪い。


 ベトゥミア共和国本国でアイリーンが政変を起こしている最中に、富国派の影響下にあるベトゥミア共和国軍主力が帰還してしまうと、革命が失敗してベトゥミアは富国派の支配下に収まったままとなる。そうなれば、かの国に攫われたロードベルク王国民は帰らず、賠償金も得られず、かの国がまたいつか再侵攻してくる恐れが残ることとなる。


 ロードベルク王国の目的を達成するためには、下手に真正面から戦いを仕掛けるよりも、陸路での侵攻で間延びした敵を多方向から包囲殲滅する方が確実。


 オスカーがそう語ると、ガルドウィン侯爵は納得した様子を見せた。


「補足すると、この作戦は密使からもたらされた上陸地点の情報が欺瞞だった場合、あるいは敵方の侵攻計画の内容が変更となった場合にも効果を発揮します。事前にキヴィレフト伯爵領とアハッツ伯爵領への軍集結準備を進めておけば、そちらへ敵が上陸を試みても一定の防衛機能を発揮し、その間に他地域の軍勢が救援に向かうことが叶うでしょう」


 敵がオストライヒに上陸すれば本来の作戦を開始し、予想に反してキヴィレフト伯爵領やアハッツ伯爵領に上陸すれば、王国を守ることのみを考えた次善策として沿岸部での防衛戦に移行する。これはそんな二段構えの策だと、ブルクハルト伯爵が語った。


「確かに、効果的な作戦ですな。ですが、私からも疑問点がひとつ……オストライヒからの敵の侵攻路上の民については急ぎ避難させるとしても、防衛戦力までもが一兵もいなければ、ベトゥミアの侵攻部隊も不審に思うでしょう。そこはどうなさいますか?」


 オストライヒからリヒトハーゲンまで、全く無抵抗で明け渡してしまえば、ベトゥミアの侵攻部隊もさすがにがら空きすぎて様子がおかしいと気づく。


 かといって、敵に不信感を抱かせないために少数の警備部隊で形ばかりの抵抗をさせれば、その部隊の兵士たちは確実に死ぬ。どちらにせよ問題がある。そう意見を語ったのはシュタウフェンベルク侯爵だった。


「その点は心配ない。オストライヒ及びそこからリヒトハーゲンまでの進路上には、捨て駒の兵士を少数配置する。通常の街道警備の部隊を模してな……捨て駒としての役割を、喜んで果たす者たちもいる」


 オスカーはそう答えた。


 ベトゥミア戦争では、敵の侵攻部隊のうち少なくない人数が、占領地で残虐な振る舞いを見せた。目の前で家族が凄惨な暴行を加えられ、殺される様を見た王国民も少なくない。


 そうした戦災者たちの中には、たとえ己の命と引き換えにしてもベトゥミア共和国に一矢報いたい、ベトゥミア共和国の兵を一人でもいいから、刺し違えてでも殺したいと考えている者もいる。


 その執念のもとで軍に入り、オストライヒをはじめとした沿岸部防衛という、ベトゥミアの再侵攻があれば真っ先に危険にさらされる任務に望んで就いている者も多い。


 その中から、今回の戦いで捨て駒を担う志願者を集める。自分が生贄になることでベトゥミア共和国軍の包囲殲滅が叶うとすれば、数百人程度の志願者は簡単に集まるだろう。そうオスカーは語った。


「……なるほど。陛下の仰る通りです」


 シュタウフェンベルク侯爵はそう答えた。切り捨てる前提で兵を使うこと自体には、何も言わない。侯爵もまた為政者として、全体のために少数を犠牲にする考え方には慣れている。


「敵補給線を挟撃するための各派閥での動員は、これまでの七年間の備えを発揮すれば迅速に行えるだろう。そう期待していいな?」


 オスカーが尋ねると、派閥盟主たちは即座に頷く。


 ベトゥミア戦争以来、ロードベルク王国は予期せぬ侵攻への備えを進めてきた。


 各貴族領では領内の都市や村から戦時に動員する者の名簿をあらかじめ作り、迅速な動員や戦闘の訓練を施している。そうして各貴族が動員した兵力を迅速に集結・移動させるための計画も、各派閥で立てられている。


 いざとなれば、各派閥は数日で五千の兵力を揃えられる。一週間あればその倍を揃えられる。オストライヒに上陸後、リヒトハーゲンを目指して補給線を伸ばした敵を正面と左右から挟むことは容易だ。


 敵をあえて上陸させ、国土の奥深くに誘い込んだうえで多方向から徹底的に叩く。この作戦を実行する上で、障害はない。


 それが確認された上で、会議はより具体的な内容へと入っていった。



★★★★★★★


本日より新作『ルチルクォーツの戴冠』の投稿を開始しました。


小国を舞台に、平民から次期国王となった主人公が奮闘する内政・戦記ものです。

まだ最序盤ですが、皆様に『ひねくれ領主の幸福譚』と同じエモーションを感じていただけるような作品へと次第に盛り上げていく予定です。


お読みいただけますと嬉しく思います。ぜひよろしくお願いいたします。

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