第393話 調査結果と根回し

 ミレリッツ商会を名乗る工作員三人を公開処刑し、その際のノエインの演説の効果もあり、アールクヴィスト大公国における種族間のぎくしゃくした空気も解消した四月半ば。


 黒幕の疑いがあるロードベルク王国南西部のソロンハイト男爵家とヘルダー商会について調べた外務長官バート、そして彼に助力したアールクヴィスト大公家御用商人のフィリップと、ノエインは屋敷の会議室で顔を合わせていた。


 この面会には他にノエインの副官マチルダと、軍務長官でノエインの最側近であるユーリも同席している。


「まず、現在のロードベルク王国南西部の状況を、政治的な面と商業的な面の双方から調査した結論としては……ソロンハイト男爵家は白、ヘルダー商会が黒、他に関わっている貴族家や商会はない、というのが私とフィリップさんの共通の見解です」


 バートの言葉を聞いたノエインは、小さく片眉を上げて反応を示した。


「……なるほど。理由を聞かせてもらおうか」


「はい。最初にソロンハイト男爵家の方ですが、こちらはやはり評判通りのまともな貴族家です。領地運営については秀才と評される当主が多い家で、なかでも現当主に至っては、男爵家の中興の祖などと呼ばれています。数年前までのランセル王国との紛争においては堅実に国境を守り、現在は領内の産業構造をうまく転換し、盟主ガルドウィン侯爵家や南西部閥を支えています」


「ベゼル街道開通の影響で南西部の貿易構造が大きく変化し、ソロンハイト男爵領の街道が貿易でほとんど使われなくなると、現当主は貿易に寄り過ぎていた領内の経済基盤の転換を図ったそうです。今までは規模が大きくなかった農業に力を入れ、領内の手つかずの土地でジャガイモ栽培を大規模に行い、今ではガルドウィン侯爵領に食料を供給する重要な農業拠点になりつつあるという話でした」


 バートの説明に、フィリップがそのように補足する。


「なるほど。つまりソロンハイト男爵家は、ガルドウィン侯爵領の胃袋を支える立場になって独自の存在価値を築いたのか」


「南西部国境の大戦とベトゥミア戦争を経た今の王国南西部では、特に都市部への食料供給体制が脆弱になっていたはずです。派閥盟主の領地に食料を安定供給できる体制を領内に築けば、それだけで存在感を一気に高められる。栽培が比較的容易なジャガイモを作らせれば、農業に不慣れな者を動員しても失敗する可能性は極めて低い……それらを計算した上で動いたのだとしたら、本当に賢い当主だと言わざるを得ません」


 ノエインが感心したように目を見開いて言うと、ユーリも腕を組んで頷きながら同意を示した。


「……ああ、それでヘルダー商会は領主家から切り捨てられて、追い詰められて暴走することになったのかな?」


 ノエインがふと思い至って尋ねると、バートもフィリップも首肯する。


「閣下の仰る通りです。ランセル王国との貿易を利益の源泉としていたヘルダー商会は、ただでさえ収益が大幅に減っていたところでソロンハイト男爵家が貿易から手を引く動きを見せ、破滅が確定することになりました」


「その結果……こればかりはヘルダー商会の商会長に直接尋ねなければ分かりませんが、おそらくは『公都ノエイナが交易都市として機能しなくなれば、ソロンハイト男爵領の街道が再び貿易路として使われるようになり、ヘルダー商会も再興を果たせる』などと考えて血迷ったのではないでしょうか」


 その話を聞いたノエインは、皮肉な笑みを浮かべた。


「まあ、そんなところだろうね。確定的なことは、ヘルダー商会の商会長に直接尋ねてみればいいだけの話だし。ソロンハイト男爵家の方は……結果的には現ソロンハイト男爵がヘルダー商会を追い詰めたせいで、そのとばっちりがアールクヴィスト大公国に来たとも言えるけど、それでかの家を恨むのもなぁ」


「そのヘルダー商会ですが、特に現在の商会長はかなり評判の悪い人物のようです。フィリップさんの話では、スキナー商会も迷惑を被ったことがあるそうで」


「そうなの、フィリップ?」


 バートの言葉を聞いたノエインがフィリップの方を向くと、フィリップは苦笑しながら頷く。


「はい。まだベゼル街道が整備される前、ロードベルク王国とランセル王国が戦争状態にあった頃のことです。ラピスラズリ商品の販路をランセル王国の方にも伸ばせないかと、スキナー商会からヘルダー商会に接触したことがあったのですが……商品の取り扱いに際し、現ヘルダー商会長は、法外な手数料を請求してきました」


「法外な手数料?」


「ええ。自分は戦時下においてもランセル王国商人への伝手を持っているのだから、流通させてやる謝礼として多額の手数料を受け取る権利がある……と商会長は主張していました。南西部閥の盟主であるガルドウィン侯爵家が、当時は立場もあってランセル王国方面との貿易をほぼ全面的に停止していたことを利用し、他の取引先についてもそのような手口で利益を上げていたそうです。スキナー商会としてはそのような条件は到底受け入れられず、その取引は断りましたが」


「なるほど、それはかなりの曲者だね」


 その話を聞いたノエインも思わず苦笑する。


「ロードベルク王国南西部の貴族社会の噂によると、ソロンハイト男爵もヘルダー商会の現商会長の態度には手を焼いていて、両者の関係はお世辞にも良好とは言い難かったようです。そのような中で南西部の情勢が変化し、商業領地から農業領地への転換が叶いそうだったので、問題児な上に足枷となっていた商会長を商会ごと切り捨てたのでしょう」


「それじゃあ、ヘルダー商会の没落は自業自得か……」


「自己の責任で没落しそうになったところで、アールクヴィスト大公国を陥れて再起を図ろうとしたのだとしたら、許しがたいですな」


 呆れた表情でノエインが呟く横で、ユーリが顔をしかめながら言った。


「だね。自身の努力でもう一度成り上がろうとするならともかく、他者の足を引っ張って相対的に自身の立場を高めようというのは……それも世を生き抜く一つの術として別に否定はしないけど、失敗したらやり返されることは、覚悟していないとは言わせないよね」


 そう言って、ノエインは凶悪な笑みを浮かべる。


「すぐにでもヘルダー商会の商会長に話を聞いて、けじめをつけてもらいたいところだけど……彼がいるのはロードベルク王国だからね。まずはオスカー陛下に一言断りを入れておこう」


・・・・・


 王暦二二三年の四月下旬。ロードベルク王国の現国王であるオスカー・ロードベルク三世は、王城の応接室でアルノルド・ケーニッツ伯爵と顔を合わせていた。


 城の中にいくつもある応接室のうち、今回使うのは豪奢さが中程度の部屋。国内の重要な貴族と、非公式の会談を行う際に主に用いる一室だ。


「国王陛下、本日はご多忙の中でお時間を頂戴つかまつり、誠にありがたく存じます」


「気にするな。我が国の重要な友であるお前の義息子から文が届いたと聞いては、会談の場を設けないわけにはいくまい」


 非公式の会談であるために挨拶は簡素に、しかし必要十分の礼節を払うアルノルドに、オスカーは鷹揚に答える。


 領地運営を嫡子フレデリックに任せて現在は王都暮らしの身であるアルノルドは、半隠居のような生活を送りつつも、王国北西部閥の重鎮の一人として、自家や派閥の利益のために王都で各方面への根回しに励むことを務めとしている。


 それと併せてアルノルドが担う重要な役目が、王国とアールクヴィスト大公国のパイプ役だ。


 アルノルドはノエイン・アールクヴィスト大公の義理の父であり、公妃クラーラ・アールクヴィストの実父。その関係上、ノエインが一定の信頼を置く数少ない人間だ。そのため、王国と大公国の間に揉め事が起こらないようオスカーとノエインが私的に話し合って調整を行う際、その仲介役を務める立場にある。


 今回アルノルドがオスカーに非公式の会談を申し込んだのも、ノエインからオスカーへの個人的な文がつい先日に届いたためだ。


「それでは、早速その文を見せてもらおうか」


「はっ。こちらになります」


 そう言って、アルノルドは未開封の書簡をオスカーに手渡す。封を切ってその内容を読んだオスカーは、小さな笑みを浮かべた。


「なるほどな……ほら、お前も読んでみるといい」


「では、失礼いたします……ほう、この件についてでしたか」


 それは、アールクヴィスト大公家がロードベルク王国南西部、ソロンハイト男爵領でとある工作活動を行うことについて、王国の主たるオスカーの許可を求める申し入れだった。


 アールクヴィスト大公国の公都ノエイナで、先月に種族間の関係を悪化させる事態が発生していたことは、オスカーもアルノルドも知っている。オスカーは大公国に出入りさせている商人に扮した間諜の報告で。アルノルドは嫡男フレデリックからの報告で。


 それら一連の事態が架空の商会を名乗る男たち三人による犯行で、犯人は公開処刑されたという情報も、当然ながら入ってきている。


 今回のノエインの申し入れは、それに関連したものだった。


 公都ノエイナの治安を脅かした犯人たちへの尋問から、黒幕はソロンハイト男爵領のヘルダー商会であると特定し、そこの商会長には動機になり得る事情があることも突き止めた。ついては、ソロンハイト男爵領に大公家の手の者を入らせ、ヘルダー商会の商会長から事情を聴取し、場合によっては力ずくで落とし前をつけさせたい。公都ノエイナでの事件の関係者以外には被害が及ばないようにするので、王国内で荒事に及ぶにあたってオスカーの許しをもらいたい。そのような内容だ。


「我が国内で、アールクヴィスト大公家の手の者……まあ、つまりはアールクヴィスト大公の親衛隊兵士あたりだろうな。それが殺生を働く許しが欲しいというわけか。ケーニッツ伯爵、どう思う?」


「……個人的な意見としては、この程度をお許しになられても、陛下が損を被られる可能性は皆無と存じます。ソロンハイト男爵家とヘルダー商会の関係や現状については、私も他貴族と同程度には知っております故。陛下より一言、ソロンハイト男爵や南西部閥盟主のガルドウィン侯爵にお口添えが成されれば、彼らも苦情を述べることはないかと」


「私も同じ考えだ。落ちぶれた商会のひとつ程度、ソロンハイト男爵も失って惜しくはあるまい。ましてや、この一点を許せば、先月の公都ノエイナでの事件についてロードベルク王国やソロンハイト男爵家に責を求めることはないと、私的な文とはいえ文書に残してあるのだ。ソロンハイト男爵は喜んでヘルダー商会を差し出すだろうな」


 おそらくノエインが行いたいのは、自身の膝元を荒らされたことへの復讐と、自身の膝元を荒らした者がどのような末路を迎えるかを暗に周囲に示すこと。王国にとって重要な友であるノエイン・アールクヴィスト大公がそれで溜飲を下げ、工作員とはいえ王国の民が引き起こした先月の事件を国家間の問題にしないと確約してくれるのであれば、オスカーやアルノルドとしては願ってもないことだ。


「アールクヴィスト大公のこの申し入れについて、快諾する旨の文を今日明日中にもしたためよう。アールクヴィスト大公へ届ける役目は……ケーニッツ伯爵、お前に任せてよいな?」


「もちろんにございます。心して務めさせていただきます」


 オスカーの言葉に、アルノルドは恭しく頭を下げた。




★★★★★★★


書籍版『ひねくれ領主の幸福譚』1巻、おかげ様で多くの方に手に取っていただき、書店や販売サイトのランキング等でも健闘しているようです。皆様本当にありがとうございます。


本作のシリーズ継続を目指す上で、何よりの力になるのは読者の皆様のお声です。各販売サイトやSNS上で本作について率直なレビュー(批判的なものも大歓迎です)をいただけますと、より多くの方に本作を知ってもらうことが叶います。


お願いばかりになり心苦しい限りですが、気が向かれましたら何卒よろしくお願い申し上げます。

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