第381話 戦後情勢
フィオルーヴィキ峡谷の戦いで決着がついてから、十日ほどが経過した。
死体の埋葬や捕虜の整理、その他の戦場の後片づけは一通り終わり、レーヴラント王国は少しずつ戦時から平時へと戻りつつある。国民からの徴募兵も兵力を削減し、交代で数百人ずつが動員されて国境の警戒やさらなる戦後処理に充てられていた。
また、身代金と引き換えにした捕虜の返還についても準備が進んでいる。早い国は既に交渉のための使者を送ってきており、レーヴラント王国の貴族たちが対応していた。
さらに、これらの使者から、カイア・ヴィルゴア亡き後のヴィルゴア王国と従属国の現状についての情報ももたらされた。
「――というわけで、カイア・ヴィルゴアのまだ幼い嫡男では従属国をまとめ上げることは到底叶わず、強大な軍事力を損なったヴィルゴア王家の求心力は急速に失われつつあるそうです。ヴィルゴア王国への従属を反故にして離反したり再独立したりする国も出始めており、この流れは今後も加速するだろうと」
戦後処理を手伝いながらクルタヴェスキの王城に滞在しているノエインに、そう説明するのは外務担当貴族の騎士ベーヴェルシュタムだ。場所は王城の会議用の一室を使っている。
「なるほど……では、ヴィルゴア王国とその傘下の国々が再び脅威になる心配はなさそうですね。参謀役のカドネも死んだことですし」
「仰る通りかと思われます。ヴィルゴア王国から離反した国同士が徒党を組む可能性も考えていましたが……その恐れもないようです。むしろ、それらの国同士でも争いが生まれようとしているようで」
「それらの国同士でも、ですか? ヴィルゴアの周辺は、元々は国家間の関係がそれほど険悪ではない地域だったと聞いていますが……」
驚いて片眉を上げるノエインに、ベーヴェルシュタムは頷きながらまた口を開く。
「今回の戦争で、その関係にひびが入ったようです。ヴィルゴア王国とどれほど近い関係だったか。ヴィルゴア王国からどの程度の恩恵を得ていたか。先日の戦いでどのような役割にいたか。各国とも状況が違いますから、それを理由に禍根が生まれたようです」
「ああ……」
ノエインは納得して呟き、苦い表情を浮かべた。
「なかには先日の戦いで逃げる際に同士討ちになったり、自国まで逃げ帰る際に物資や装備の奪い合いになったりした国同士もあるそうです。さらには、先にカイアの軍門に下っていた国が、別の国を併合するための侵攻に兵を出していた例もあり……それが今になって新たな禍根を生んでいるのだとか」
「……なるほど、それは揉めますね」
後からヴィルゴア王国の支配下に入れられた国から見れば、先にヴィルゴア王国に従属していた国は、すなわちヴィルゴア王国と共に自国へと侵攻してきた国だ。共通の宗主であったカイア・ヴィルゴア亡き今、それらの国々が対立し始めるのも不思議ではない。
「いくつかの国が捕虜返還の交渉を急いでいるのも、そうした背景があるようです。捕虜には各国の貴族や従士も多いですから、隣国との紛争が本格化する前に主戦力を取り戻したいのでしょう。今や大陸北部でも一目置かれる我が国と良好な関係を再構築しようと、やけに身代金の金払いが良い国や、謝罪の念を込めて賠償金を払うと自ら言ってくる国もあるほどです」
「ははは、貴国もこれから大変ですね」
苦笑しながら話すベーヴェルシュタムに、ノエインも苦い笑みで返す。
国と国の関係は移り変わるもの。「昨日の敵は今日の友」が当たり前に起こるのが外交だ。落ち目のヴィルゴア王国を離れてレーヴラント王国と、延いてはその背後にいるアールクヴィスト大公国や大陸南部との関係を深めたいと考える国が出るのも、当然のことだろう。
「後日に我が主君からも話があるかと思いますが、今後もアールクヴィスト大公閣下のお力をお借りする場面も多々あるかと思います。その際は何卒……」
「ええ、私で力になれることがあれば、できる限り支援をさせていただきますよ」
「感謝いたします。我が主君もお喜びになると存じます」
慇懃に頭を下げて退室していったベーヴェルシュタムを見送り、ノエインは同席していたユーリとペンス、グスタフの方を向く。
「まだまだ大変そうだね、この国も」
「これから我が国が関わる場面も多くなるでしょうな」
「特に軍事の面では、レーヴラント王国単体だと少し心許ないですからね。うちの手を借りたいはずでさぁ」
「私たちクレイモアがこの国にいた方が良いことも多々あるでしょうね……」
もちろん、支援には礼が返って来るものなので、レーヴラント王国の戦後処理に関わることで、アールクヴィスト大公国がさらに得られる利益もある。具体的には、人手を貸す謝礼として受け取る柘榴石をはじめとした資源類だ。
だが、そうした話はノエインも臣下たちも今は口に出さない。ここはレーヴラント王家の王城で、誰が聞き耳を立てているか分からない。自国の困窮を稼ぎ時として見られていると知れば、いい気分はしないだろう。
「そうだね。僕の代わりに君たちに力を発揮してもらう場面も多いだろうけど……ひとまず今は、そろそろ帰り時だ」
・・・・・
それからまた数日後、ノエイン率いるアールクヴィスト大公国軍は、ようやく帰国することとなった。
とはいえ、全員がすぐに帰れるわけではない。クレイモアのうち、四人一個小隊がレーヴラント王国への助力のために残ることになっている。人員は後に本国の小隊と交代させるが、空白の期間を作るわけにはいかないので、ひとまずアレインの隊が残留する。
また、戦闘で重傷を負った兵士のうち、まだ長距離の移動に耐えられない数人も回復するまでレーヴラント王国に預かってもらうことになっている。彼らは長旅に耐えられる程度まで回復し次第、クレイモアの交代時に合わせて帰国する予定だ。
「ではアールクヴィスト大公、帰りの道中の無事を祈っている。今回は本当に助かった。我が国が存続できるのは貴国の助力のおかげだ。重ねて礼を言わせてほしい。どれほど言っても感謝は尽きないが」
山越えの準備を整えて出発しようとしていたノエインたちに、ガブリエルが見送りで声をかけてくる。彼の隣では、王妃も丁寧に礼の言葉を口にしながら頭を下げてくる。
「お役に立ててよかったです。十分なお礼の品もいただくのですし、これからはまた対等な立場で両国の関係を築いていきましょう」
ノエインは小さく苦笑しながら答えた。戦いの直後も、つい先日の戦勝を祝う宴の席でも、礼の言葉は正直に言って聞き飽きるほど受け取っている。ガブリエルからも、王妃からも、彼らの臣下たちからも。
「今後もどうか我が国の友人でいてください。隣国同士、助け合いながら共栄の道を歩んでいきましょう」
過剰に借りを感じられても困るが、ひとつ恩を与えたことは忘れず、アールクヴィスト大公国側が危機に陥ったときは手を貸してほしい。そういった意図を込めてノエインは言う。
「ああ、貴国に助けが必要なときは、我が国ができる限りの助力をすると約束しよう。我が名にかけて誓う」
その意図を正しく汲み取り、ガブリエルが言った。ノエインはそれに満足げな笑みを返す。
「それと、我が娘からも貴殿に伝えたいことがあるそうだ……ヘルガ」
ガブリエルに促されて、彼の後ろに王妃と共に並んでいたヘルガ・レーヴラントが前に出てくる。
やや緊張した表情の彼女がなるべく話しやすいように、ノエインは微笑みを向けてやった。
戦争が終わった後の彼女はひどく疲れた様子で、いつも考え込むような表情をしていた。今回の戦いを経て、彼女がどのように心境を変化させ、これからどんな言葉をかけてくるのか、ノエインは純粋に興味があった。
「あ、あの、アールクヴィスト閣下」
ヘルガは緊張した面持ちのまま、そう切り出す。
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