第350話 強気の会談
「こちらは『火炎弾』を放つことができる攻撃魔法の魔道具です。まだ使える状態であることは、試射によって確認済みです。この度の両家の婚約を祝うアールクヴィスト家からの贈呈品として、どうぞお納めください」
ノエインの説明を受けながら、オスカーは魔道具を実際に手に取り、細部まで眺める。
「なるほどな……お前が私を欺くとは思っていないが、こちらも王として立場があるのでな。おい、確認しろ」
「はっ」
オスカーが命じると、傍に控えていた王家の親衛隊兵士が魔道具を受け取り、退室していく。実際に使えることを外で確かめるつもりだろう。広大な王宮には王宮魔導士のための訓練場もあり、そこでは王家が保管する魔道具の整備がてらの実射も時おり行われているという。魔道具を撃っていても不自然ではない。
「それで、ケーニッツ伯爵を介して伝えられた話だと、遺跡からは少なからぬ魔道具が発見されたとのことだが……」
確認を待たず、献上された魔道具が本物である前提で話を先に進めるオスカーに、ノエインも頷く。
「はい。発見された攻撃魔法の魔道具は、陛下に差し上げたものを含めて全部で十二本。全て使える状態でした。遺跡は西ゼーツガルド帝国末期のもので、攻撃魔法の魔道具を製造する皇帝家直属の工房だったようです。製法も設備も全て失われていましたが」
「そうか。帝国末期の……二十年足らずで滅びた西ゼーツガルド帝国に、末期などという言い方をするのもおかしな話だな」
「同感です。一応、西ゼーツガルド帝国の本当に滅亡間際の頃の工房らしい、という意味でこういう言い方をしました」
古の大国は多くの場合は畏怖の念をもって語られるが、末期は別だ。
晩年の帝国は広大な国土をまとめきれず、最後には真っ二つに分裂した。当時の皇帝たちの具体的な失策の記録も多少残っている。建国の時点で崩壊が始まっていた西ゼーツガルド帝国も、失敗国家として評価は低い。
「それにしても、攻撃魔法の魔道具の製法は分からず、か。残念な話だが、お前にとってはかえって幸いだったか?」
「ええ、まったくです。私は今の穏やかな暮らしを愛していますから、身に余る知識や技術を偶然に手にしてしまい、それによって平穏を失うのも不幸なこと。そのようなことにならず幸いでした」
反応を確かめるような目で問いかけてくるオスカーに、ノエインは心から安堵しているように答える。
実際にノエインは本心から安堵しているわけだが、オスカーは間違いなく、ノエインが攻撃魔法の魔道具の製法を発見したにもかかわらず隠している可能性を考えているだろう。この状況では疑わない方がどうかしている。それでいいとノエインは考えている。
どうせ、王家がどれだけ調べようと、何年かかっても攻撃魔法の魔道具の製法など出てこないのだ。そもそも存在しないのだから。
「ははは。昨年のワイバーン騒動然り、お前は争いや揉め事を嫌うのに、何かと面倒なことに巻き込まれることが多いからな」
「ええ。つい先日、義父にも同じことを言われました」
尚もノエインの本心を見抜こうと視線を鋭くしているオスカーに、ノエインは平静なまま返す。動揺する理由がないのだから、当然動揺することはない。
「製法がないのは仕方ないが、それでもアールクヴィスト大公家が攻撃魔法の魔道具を十一本も保有することになるのだな。我がロードベルク家に次ぐ数だ。お前にとってはさぞ大きな戦力となることだろう」
「そうですね。手にしてしまった以上は、我が国を守るための盾として有効に使っていく所存です」
攻撃魔法の魔道具を持たせれば、たとえ子供だろうと手練れの魔法使いと同様の戦力になる。アールクヴィスト家はお抱え魔法使いを一挙に十一人得たようなものだ。極端な話、農民十一人と指揮官一人で上級貴族家の領軍ひとつと互角に戦えてしまう。
唯一の欠点は魔石代がかさむことだが、大公国には非常時となれば湯水のごとく金を使えるだけの富がある。何なら、ベゼル大森林という良質な魔石の供給源さえある。
大公国から見ればありがたく、周辺国から見れば留意すべき大火力。それをノエインはあえて「我が国を守るための盾」と呼ぶことで、専守防衛を基本とする自国のスタンスを示す。オスカーがそれを丸吞みしてくれるとも思っていないが、表立って示す姿勢は大事だ。
「ふむ、やはり十一本全てを保有する意思なのだな」
「はい、我が国の領土で発見されたものですので、当然ながらアールクヴィスト家に所有権があるかと……あの、もしや、陛下に献上したのが一本のみだったことでご気分を害されましたでしょうか?」
ノエインがわざとらしく不安げな顔と声色で尋ねると、オスカーは苦笑しながら首を横に振る。
「まさか。私はそのような狭量な人間ではない。ただ、攻撃魔法の魔道具を多く抱えるとなれば場合によっては面倒ごとを招くこともあろうからな。それを踏まえた上でお前の意思がどうなのか、あらためて確認しただけだ」
ロードベルク王家とアールクヴィスト大公家は子女が婚約を結んだばかりだ。そんな大切な局面で、オスカーも殊更にノエインが不信感を募らせるような言動は避ける。
攻撃魔法の魔道具は確かに有用だが、それでもロードベルク王国から見れば何を置いても欲しいというほどのものではない。大公国との次代の結びつきを強めることには勝らない。
オスカーがそう判断すると分かっているからこそ、ノエインもやや強気で残りの魔道具を総取りすると言い切ったのだ。そもそも、嫡子の婚約を口実に一本献上しただけでも大盤振る舞いと言っていい。
「たくさん手に入れたから親友のお前に一本分けてやる」と贈られたものを、一本じゃ不満だからもっと寄越せなどと言えば、その瞬間に友情は終わる。それが分からないオスカーではない。
「そういうことでしたか。安心しました」
ほっとしたと言わんばかりに、ノエインは作り笑顔を見せる。
「これでアールクヴィスト大公国は、また一段と軍事力を高めたわけだからな。娘をアールクヴィスト家に嫁に出すのも決まったことであるし、私もお前を怒らせないようにしなければ」
「これはお戯れを。私は今でも陛下の友人であるつもりですし、今後も末永く、息子や孫の代になってもロードベルク王家とは友好的な関係でありたいと思っています」
「はっはっは、嬉しいことを言ってくれるな。これからもそう言い続けてもらえるよう努力しよう」
涼しい顔で言ってのけるノエインに、オスカーは機嫌よく笑う。
そのとき、最初に退室していった王家の親衛隊兵士が戻って来て、魔道具が確かに本物であったことをオスカーに告げた。
・・・・・
リヒトハーゲンの貴族街に佇む、小さいながらも上質な造りのアールクヴィスト大公家別邸。
魔道具と交換でロードベルク王家から受け取った山のような贈呈品と共に、そこへ帰宅したノエインは、妻クラーラに出迎えられる。
「お帰りなさいませ、あなた。いかがでしたか?」
「ただいま、クラーラ。まあ成功と言っていいんじゃないかな。取るべき言質もとったし」
そう答えて、ノエインはオスカーとの会談の内容をクラーラにもざっと語って聞かせる。
今回の会談で、ノエインは残りの攻撃魔法の魔道具を全てアールクヴィスト大公家で保有することをオスカーに認めさせた。魔道具の製法についても「存在しない」と明言した。
前者については、オスカーが話を覆す心配はない。王家から見ても、覆すメリットよりもデメリットの方が大きいのだから。
後者についてはもう少し探られるだろうが、肝心の答えがないのだから、ノエインとしては痛くない腹をいくら探られようが知ったことではない。
ありもしない製法の情報を掴むことに王家が時間と労力を割き、大公国に関する通常の情報収集が疎かになるようであれば、ノエインとしてはかえってありがたい話だ。
それに、情報を探るといっても手段には限度がある。オスカーも愛娘の嫁入り先に対して、あまり強引な諜報や工作活動はできない。表立って「製法を知っているんだろう。教えろ」などと圧力をかけるのも不可能だ。
あまり派手に動けば周囲からも知られるところになるし、場合によってはアールクヴィスト大公国から公に抗議を受けてしまう。そんなことになれば、王国貴族たちからも「国王は友好国に何をしているのだ」と侮られる。
「これで、魔道具の件についてはひとまず心配しなくていいかな。いずれは話が洩れて色んなところに知られるようになるだろうけど、ロードベルク王家を押さえておけば大事にはならないだろうし」
「そうですね……漆黒鋼についても、上手く隠すことに成功しましたね」
「何も聞かれなかったから言ってないだけだしね。僕は何ひとつ嘘はついてないよ?」
マチルダに淹れてもらったお茶を口にしながらノエインがいたずらっぽく笑うと、クラーラも微苦笑を見せる。
漆黒鋼の一件についてはケーニッツ伯爵家にさえも話していない。現段階で知るのは、本当にアールクヴィスト大公家の臣下たちだけだ。
ノエインはアルノルドを介してオスカーに遺跡の件を伝える時点で、あたかも重要な発見は魔道具に関することだけだと印象づけるように言葉を選んだ。オスカーたち王国側は、魔道具があったのなら製法も見つけたのではないかと疑うのに夢中で、他にも成果物があったとは思っていない。
「さて、仕事も終わったし、やっと家族でのリヒトハーゲン訪問を楽しめるね」
「ふふふ、エレオスは父上と色んなところに遊びに行くんだと息巻いてますよ」
肩の荷が下りた安心感で息をつくノエインに、クラーラが微笑みながら言った。
「そっか。エレオスも披露宴では頑張ったからね。満喫させてあげないと」
「あの子の好奇心は無尽蔵ですから、王都なら何を見ても喜ぶでしょうね。フィリアはまだ小さいので行けるところも限られますけど、動物園にでも連れて行きましょう。それとあなた、私のお買い物にも付き合ってくださいね?」
「……明日から休む暇もなさそうだね」
大国の王都だけあって、リヒトハーゲンには劇場や闘技場、遊技場、公園、珍しい生き物を集めた動物園など、遊べる場所が多い。商業区には国内外の様々な品を集めた店が並び、買い物客で連日賑わっている。
そんな大都市で、妻と息子と娘が満足するまで遊ぶのに付き合う。ある意味では社交や外交よりも大変そうだと思いながら、ノエインは苦笑を見せる。
それから三日間、くたくたになるまで家族サービスに勤しんだノエインは、子供たちの負担を考えてゆっくり帰るクラーラに先駆けて、マチルダと護衛の一部を連れて急ぎ足に帰国した。
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