第347話 思わぬ発見④

「次、風魔法の二番です」


「よし、それじゃあ撃つぞ」


 親衛隊兵士から攻撃魔法の魔道具を受け取り、原動力となる魔石を中央の箱状の部位に入れたペンスは、それを構える。


 場所は遺跡の中に残された、まだかろうじて森に飲まれていない開けた区画。狙うのはその端に建てられた木製の的だ。後ろには土を盛って壁を作ってあるので、的を外しても危険はない。


「……っ!」


 持ち手の中央に作られた引き金をペンスが絞ると、杖状の魔道具の先端に魔法陣が浮かび上がり、強い光が発せられ、その直後に魔法が――当たれば人を両断できそうなほど大きな『風刃』が放たれた。


 凄まじい速さで撃ち出された『風刃』は容易く的を粉砕し、その後ろの盛り土を深々と抉る。


「風魔法の二番、『風刃』だ」


「了解。記録します」


 ペンスが魔道具を手渡すと、兵士は魔法の属性と魔道具の番号、放たれる攻撃魔法の種類が記された紙をその魔道具に巻き付ける。


 遺跡から発見された魔道具は全部で十二本。火魔法が五、水魔法が三、風魔法が二、土魔法が二だ。


 火魔法の魔道具は五本中四本が『火炎弾』で、残り一本は先端から長い火炎を放射するもの。水魔法の魔道具は二本が『氷弾』で、一本は人を弾き飛ばすほどの勢いで放水を行うものだった。


 風魔法の魔道具は二本とも『風刃』。いかに古の大国と言えど、魔道具で再現できるのは単純に破壊力をぶつけるような攻撃魔法のみだったらしいと分かってくる。


「……あらためて見ても凄い光景ですね。感覚が麻痺してくるわ」


 魔道具の試射を進めていくペンスたちの傍らでそう呟いたのは、魔道具職人のダフネだ。大公国内では最も魔道具に詳しい彼女は、何かあったときのための助言役としてこの場に立ち会っている。


 極めて希少な攻撃魔法の魔道具の実射ということで最初は喜んでいた彼女だが、これだけ次々に試射が行われるのを見ていたら、ありがたみが薄れるのも無理のないことだった。


「ああ、全くだな。普通なら上級貴族家の家宝になるような貴重な魔道具に、番号を振って貼り付けてるんだからな」


 一周回って呆れた笑みを浮かべているダフネに、ペンスも苦笑しながら答える。


 と、そこへ遺跡の調査を進めていた班の兵士が駆け寄ってきた。


「失礼します、シェーンベルク閣下」


「おう。調査は終わったか?」


「はっ。工房も倉庫もくまなく探しましたが、壁の中、屋根裏、地下に隠し部屋らしきものはありませんでした。敷地内の地面も調べたものの、何も発見されておりません」


「そうか……ご苦労だった」


 どちらかというと安堵に近い感情を抱きながら答えるペンス。正直に言って、これ以上何かを発見しても持て余すだけだ。主君ノエインも同じ考えだろう。


「お前たちは少し休憩したら、周囲を警戒してる班と見張りを変わってやれ。俺はとっとと試射を済ませる。それが終わったら片づけをして帰るぞ」


「了解しました」


 報告を終えた兵士が敬礼して去っていくと、ペンスは小さく嘆息し、傍らの部下に呼びかける。


「よし、後は土魔法のだな」


「はっ。まず、土魔法の一番です」


 そう言って魔道具を渡してくる部下も、杖から攻撃魔法が放たれる光景に慣れきってしまったようだ。ペンスは疲れた表情の部下と、ぼんやりした表情のダフネの視線を受けながら、十一本目の魔道具を構える。


・・・・・


「では、羊皮紙の古典語を読み解いた結果をご報告させていただきますね」


「うん、よろしく」


 会議室のテーブルに広げられた羊皮紙を挟み、ノエインは妻クラーラと向かい合っていた。会議室には他にも、副官のマチルダと側近のユーリも同席している。さらに、クラーラと同じく報告役として、名誉士爵ダミアンも座っている。


 クリスティと結婚してから少し言動が落ち着いたダミアンは、今は君主や公妃が目の前にいることもあってか特におとなしい。大声も出さないし跳んだり揺れたりもしない。この地に来た当初では考えられないほどお利口だ。


「まず、あの隠し部屋の入り口に残されていた書き置きの方からです。あのときは私が簡単に意訳しただけでしたが……」


 そう切り出して、クラーラは書き置きの羊皮紙の全容を語る。


 文面を精査すると、この伝言はあの工房の主が味方に宛てたものだとあらためて分かったという。


 当時、西ゼーツガルド帝国は地方豪族たちの反乱独立が立て続けに起こり、崩壊の只中にあった。皇帝家の直轄地であったこの一帯も、おそらくはそんな反乱の波に飲まれかけ、工房の主は外に出て戦うことを決意した。決意に至った理由は今となっては不明だが。


 もともと味方が工房に来る予定だったのか、それとも他に何か訳があったのか、とにかく工房の主は奥の一室に漆黒鋼の製法を隠し、後から来るはずの味方に攻撃魔法の魔道具を残し、入り口を塞ぎ、棚で隠した。


 しかし、何らかの理由で書き置きを宛てた味方は来ることなく、工房の主が戻ることもなかった。森の奥に作られた秘密の工房は誰にも気づかれることなく、年月が経った。


 そして今に至る。


「なるほどね。これを書いた人も、隠し部屋にあった一式を受け取るはずだった人ももういない。他の関係者も帝国ごと歴史の中に消えた。つまりこの羊皮紙や攻撃魔法の魔道具は……」


「……今あの遺跡を領土に持つ、アールクヴィスト大公国のものでしょうね。つまりはあなたの所有物ですわ」


 ノエインはクラーラと微苦笑を向け合う。


 これで正式に、攻撃魔法の魔道具と漆黒鋼の製法はノエインのものだ。これらから生まれる利益を全て受け取る権利がノエインにある。同時に責任も。


「……まあ、今回も上手いことやるよ。それで、漆黒鋼の製法については?」


「ええ、こちらもおおよそは読み解けました。詳しくはダミアンさんの方から」


「おまかせくださいっ!」


 そこでダミアンが声を発した。自分の出番が来るまで静かに待っておけたのは、やはり成長と言える。


「この漆黒鋼ですが、文献にある話が本当なら凄い合金ですよ! 軽さと強度の高さが特徴だと書いてあります! 革鎧と同じくらい軽くて、並みの金属鎧よりも丈夫な防具が作れるそうです!」


「へえ、それは凄いね。もしそんなものが実現できるなら、兵士たちの生存率がかなり上がる」


 ダミアンの言葉を聞いて、ノエインは目を見開いた。


 アールクヴィスト大公国軍では正規兵たちに揃いの装備を支給しており、兜以外の防具に関しては黒塗りの革製。いわゆる軽歩兵と呼ばれるスタイルが主力となっている。これは主に防御施設に籠っての防衛戦や、森の中での遊撃戦を想定しているためだ。


 革鎧は軽さと防御力のバランスはいいが、金属鎧と比べればさすがに脆い。そのため部隊や任務によっては鎖帷子を下に着込んで胴体や上腕部、脚の防御力を上げるが、そうすると今度は重量が増してしまい、機動性や持久力が損なわれる。


 装備の重量は革鎧と代わらず、防御力を飛躍的に高めることができるのなら、人口が少ないために兵士一人ひとりが貴重なアールクヴィスト大公国軍にとっては非常に大きなメリットとなる。愛する民の命が守られる可能性が上がる、という点でも喜ばしい。


「それで、その漆黒鋼は再現できるの?」


「製法は素材を混ぜ合わせて普通に鍛造するだけみたいです。温度や時間の記述が大雑把にしか分からない部分もあったので、最初は少し試行錯誤がいるでしょうね! 問題は製造に必要な素材ですね。鉄の他に、魔石とラピスラズリと柘榴石を粉末にしたものが要るみたいです!」


「……柘榴石」


 ダミアンが漆黒鋼の素材として挙げた鉱物の最後の一種類を、ノエインは呟く。


 ふとユーリの方を見ると、彼も複雑そうな表情でノエインを見返している。


「ねえユーリ、確かレーヴラント王国の特産物に……」


「……ありましたね。柘榴石が」


 そのことを確認し、二人は同時にため息をついた。


 鉄と魔石とラピスラズリは大公国内で揃う。柘榴石はレーヴラント王国から輸入できる。漆黒鋼の素材は、簡単に揃ってしまう。


「ここまで来ると少し怖くなるね。いくらなんでも都合が良すぎるよ」


「まったくです。閣下は神に愛されていますな」


「あはは、毎日お祈りしてるご褒美かもね」


 苦笑いを浮かべながら軽口を言い、机に置かれたお茶を一口飲んで落ち着くと、ノエインは顔を引き締めて会議室の面々を見回した。


「とりあえず、リヒトハーゲンに発つまでにあの遺跡や漆黒鋼について分かってよかったよ。ダミアン、今日はご苦労様」


 ひとまずダミアンを退室させ、室内にはノエインとマチルダ、クラーラ、ユーリ、そして部屋の隅に影のように控えるキンバリーが残る。どんな重要事項を聞かせても問題のない顔ぶれだ。


「攻撃魔法の魔道具も全部使えることが分かったし、あとはこれらの扱いだね……」


「オスカー陛下にはそのままお伝えされるのですか?」


「遺跡と攻撃魔法の魔道具を見つけたことについてはね。黙ってて後からバレたら不要な警戒心を抱かれるから。さすがに陛下も魔道具を奪おうとまではしないだろうけど、うちが大量の魔道具を保有することについては複雑に思うだろうから、そこをどう言い含めるかは僕の腕の見せどころだね」


 クラーラの問いかけに、ノエインは不敵に笑って見せる。


「漆黒鋼については?」


「そっちは今回は黙っておくよ。本当にそんなものが作れるのか、今の段階では一応まだ分からないし。もしあの羊皮紙の記述通りに再現できたら……うちの国で独自開発されたことにする。その上でその後も当分は黙っておく」


 今度はユーリが尋ねたので、ノエインはそう答える。


「今後よっぽど大きな戦争に参加して他国の軍と行動を共にしない限りは、大公国軍の鎧だけ防御力が高いなんてばれないよ。ばれたらそのとき初めて説明すればいい。『最近うちの国で発明された合金製の鎧です。しばらく使って有用性が実証されたら広めようと思ってました』ってね」


 軍事技術はそれによって生み出されるものはもちろん、技術そのものも武器になる。漆黒鋼それ自体は国外に輸出する特産の武具として、製法は友好国との外交の強い手札として使える。今はまだ隠し持っておきたい。ノエインはそう考えていた。


 そして、そんなノエインの意図は、ここにいる面々なら言われるまでもなく理解できる。ユーリは「了解しました」と頷き、他の者も特に疑問は口にしない。


「じゃあ……あとはリヒトハーゲンで、僕がオスカー陛下と話して頑張るよ」


 そう言ってノエインは笑う。オスカー・ロードベルク三世と今回の件について話すのは、君主のノエインにしかできない仕事だ。

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