第345話 思わぬ発見②

 公都ノエイナからラガラ村までは、人の行き来や農作物の運搬のために、簡単にだが整備された道が通っている。街道と比べれば少々荒いその道を馬車で進み、ノエインたちは出発から一時間ほどで村に入った。


「アールクヴィスト大公閣下、公妃殿下、並びにご側近の皆様方。ようこそお越しくださいました」


 僻地の小村に、大公と公妃、側近のグラナート準男爵、そしてこちらも側近のシェーンベルク士爵がやって来たのだ。普通ならあり得ない事態に、村民たちは緊張した様子で頭を下げてノエインたちを出迎え、代表して牛人の村長が挨拶の口上を述べる。


「皆さん、出迎えありがとうございます」


「急に騒がしくさせて済まないね。顔を上げて」


 クラーラから労いの言葉を受け、続いてノエインに許可を出されて、村長と村民たちはおそるおそるといった様子で顔を上げる。


「遺跡の話は聞いたよ。君は遺跡を発見してすぐに村人たちをそこから遠ざけて、軍に報告を入れてくれたそうだね。良い判断だった。さすがはこの村を守る村長だ」


「め、滅相もございません」


「それで、第一発見者の少年は?」


「あの子供でございます」


 村長が指差したのは、十歳前後の普人の少年だった。ノエインは他の村人とは離れて立たされているその少年のもとに歩み寄り、固い表情の彼と視線を合わせる。


「凄い発見をしたね、お手柄だ。それに森の中で迷ったそうだけど、何事もなく帰って来られてよかった」


「あ、ありがとうございます」


 農村の子供にとって、アールクヴィスト大公とは移住の際に言葉を一度かけられ、その後はせいぜいが式典のときに、公都ノエイナの広場で遠目に見るだけの存在だ。少年はノエインから直々に言葉をかけられた緊張と興奮で、声をやや裏返らせながら答えた。


「君は遺跡の中で一晩過ごしたそうだけど、中で何かを見たかな? 何かを拾ったりは?」


「な、中はふつうの、石造りの部屋に見えました……机とか棚とかがあって……何か変な模様が書いてあるぼろぼろの羊皮紙もあって。それだけです。怖かったので何も拾ったりはしてません」


「そのことを神と家族に誓えるかい?」


「は、はい……神様と、父さんと母さんと妹に誓って本当です」


「そうか。君の名前は?」


「オッツです」


「オッツ。君はアールクヴィスト大公国にとって重要な発見をしてくれた。あとで相応の褒美をとらせよう。その上でだ……君が例の遺跡の中で見たものについては、誰にも話してはいけないよ。たとえ見たものの意味がよく分からなかったとしてもだ。君がそれを守れなかったとき、僕は大公として君を、場合によっては君の両親も罰しないといけなくなる……その年で、自力で森から帰れるくらいしっかりしてるなら、僕の言っている意味が分かるね?」


「は、はい。絶対に誰にも、友だちや家族にも遺跡の話はしません」


 顔をより一層強張らせて答えるオッツ少年の頭を撫で、ノエインは微笑む。


「いい子だ。遺跡を見つけたのが君のような聡明な子でよかった」


 そして表情を引き締め、村長の方を振り返る。


「それじゃあ、遺跡まで案内を頼むよ」


 ・・・・・


 件の遺跡までは、ラガラ村からさらに南西に五キロほど。当然ながら整った道などないので、全員が徒歩で森の中を移動することになる。


「クラーラ、大丈夫?」


「ええ、これくらいは平気です。授業をするときはずっと立っているので、こう見えても体力は意外とありますわ」


「そっか、それならよかった」


 クラーラを気遣い、久しぶりに自身のゴーレムも一体連れて、周囲はマチルダやユーリ、ペンス、親衛隊兵士たちに守られながら、ノエインは森の中を歩く。


「それにしても、村からたったの数キロか。今までよく見つからなかったものだね」


「も、申し訳ございません。村民は魔物を恐れて、西側や南側の森へは本当にごく浅いところまでしか立ち入らないものですから……私も村長として、そちら側の森の奥には入らないよう厳命していましたので」


「ああ、違うよ。叱責するつもりはないんだ」


 案内役として先導する村長が少し怯えた声で答えたので、ノエインは彼を安心させるために優しい声色で返す。


 それから間もなく、森の中には異質な人工物が並んでいるのが分かった。


「……あれか」


 そこには確かに報告通り、何かの工房とその倉庫だったものと思わしき数棟の建物があった。


「アールクヴィスト閣下」


「皆ご苦労だったね」


 先遣隊として到着していた親衛隊兵士と案内役の村民の出迎えを受けつつ、ノエインは遺跡を見回す。


 工房と思われる建物は平屋だが、面積は小さな屋敷ほどはある。倉庫は一軒家ほどの大きさのものが全部で三棟。未だに建物の形を成しているのは、どれも石造りであったためだろう。


「クラーラ、どうかな?」


「ごめんなさい、外観を見た限りでは何とも……」


「そっか、まあそうだよね。それじゃあ入ろうか」


 村長と村民たちには外で待つよう命じ、親衛隊兵士たちには倉庫を調べるよう指示を出し、自身はマチルダとクラーラ、ユーリとペンスを連れて工房らしき建物に踏み入る。


 中には何があるか分からない。先頭には剣を抜いたユーリとペンスが立ち、その後ろにノエインとクラーラが続き、その傍をマチルダが守る。さらに最後尾にはノエインのゴーレムが続く。工房の入り口は、ゴーレムでも余裕を持って通れる程度の広さがあった。


「……ほとんど空っぽだね」


「まるで意図的に施設を放棄したように見えますね」


 屋内を見た印象をノエインが呟くと、それにユーリが同意する。


 中は大小いくつもの部屋に分かれており、どの部屋にも大したものは残っていない。金属製の棚や机、食器など、形を成しているものは僅かだ。朽ちた木材が床に落ちているのは、おそらく木製の家具が年月の経過とともに崩れたものだろう。


 一番大きな部屋には鍛冶設備があったことも伺えるが、残されているものは他者が使用できないようにするためか、全て滅茶苦茶に破壊されていた。金属製の設備には攻撃魔法までぶつけた跡が見られるほどの徹底ぶりだ。


「……閣下、これを」


 と、別の部屋から古びた羊皮紙を抱えて戻ってきたペンスが、それを部屋の中央に残っていた机に置く。


 羊皮紙は経年劣化でところどころ文字は掠れているが、まだ文書の体をなしている。


「……古典語? ってことは、ここはやっぱり古の大国の施設なのか」


「ええ、この文字は……古の大国の後期、いえ末期のものですね。これなら私でも多少は意味が分かります」


 ノエインと共に興味深そうに羊皮紙を覗き込みながら、クラーラが言った。


「どんな内容が書いてあるの?」


「『西ゼーツガルド帝国初代皇帝、ゼーフリート・ゼーツガルドがここに認める』……と始まっています」


 その名前には、ある程度の歴史の知識を持つノエインも聞き覚えがあった。


 俗に「古の大国」と呼ばれるゼーツガルド帝国は、やがて現在のロードベルク王国とパラス皇国のある地域へとそれぞれ分裂した。


 そのうち西ゼーツガルド帝国は二十年足らずで皇帝の支配が完全に崩壊し、小国乱立の時代に突入することとなる。ちなみに、東ゼーツガルド帝国は国の形こそかろうじて崩れなかったものの、内乱に突入してやはり大混乱が起き、このときにゼーツガルド帝国の文化や技術、知識の多くが失われることとなった。と、推測も含めて語られている。


「初代皇帝か。これを記したときのゼーフリートも、まさか自分が最初で最後の皇帝になるとは思ってなかっただろうね……それで、続きは読める?」


「はい。この文によると、ここは皇帝家の直轄の工房だったようです。これはそのことを宣言する公文書みたいですね」


「ってことは、よっぽど重要な何かを作ってたのかな」


「こんな森の中に隠すように建てられてるのも納得でさぁ」


「きっとそういうことでしょうね。作っていたものは……一種の合金のようです。訳すとしたら……”漆黒鋼”でしょうか? ですが、製法などはここには書いてありません」


 そう言いながらクラーラが何気なく羊皮紙をめくる。


「あら、裏にも何か……」


「こっちは急いで殴り書いたみたいだね」


 そこには、表の書面と比べたら明らかに荒い文字の列があった。


「……『乱暴な』、いえ『野蛮な裏切り者たちに、裁判を』、いえ『裁きを』でしょうか? ……『西ゼーツガルド帝国万歳』……そう書いてあるみたいです」


「野蛮な裏切り者っていうのは、帝国を滅ぼして自分たちの国を作った、今の王国貴族たちの先祖のことかな……これを書いた人は、最後まで帝国人でいることを選んだのか」


 数百年前にこの地に生き、短命の帝国と運命を共にする道を選んだ誰かが、感情をむき出しにして刻んだ言葉。縁あって数百年後に同じ土地に生き、その言葉を受け取ったノエインたちの中に、憐れみにも似た奇妙な感情が漂う。


「破壊されてる鍛冶設備は、その合金とやらを作るものだったんでしょうね」


「ああ、壊したのは機密保持のためだろうな。その上で、何か理由があって工房を放棄したと」


「みたいだね。逃げたのか、それともどこか別の場所に拠点を移したのか……どっちにしろ、実益のあるものは残ってなさそうだね」


 それから再び、ノエインたちは工房内を探索する。が、やはり目に見える成果は得られない。倉庫らしき建物を調べていた親衛隊兵士たちからも、中には何も残っていなかったと報告がなされる。


「ユーリ、ペンス、残念だけどやっぱりここには……どうしたの?」


 ひとまずの探索を切り上げるため、工房の最奥の部屋にいる二人をノエインが呼びに行くと、彼らは奥の壁に並ぶ朽ちかけた棚をじっと睨んでいた。


「……広さが合わないんでさぁ」


「外から見た工房の大きさを考えると、この部屋は本来もっと広いはずです」


「……それって、つまり」


 息を呑むノエインの方をユーリが振り向く。


「閣下。この棚をどけて壁を調べようと思いますが、よろしいですか?」


 ノエインの許可を受けて、ユーリとペンスは二人がかりで棚を倒していく。それを、ノエインはマチルダとクラーラと共に見守る。


 やがて、右端の棚がどかされたその裏に、他の壁とは色が違う部分があった。


「ここだけ他の壁とは別の時期に作られたものと思われます。元は出入り口があったのでしょう」


「二人とも下がって。ゴーレムで壊してみる」


 何があるか分からないので、一応はノエインとクラーラの前にユーリたち三人が立つ。その上で、ノエインはゴーレムを操作し、色の違う壁を軽く殴りつけた。


 一発では表面に多少のひびが入った程度だったが、何度か殴るうちにひびが広がって一部が欠けていき、やがて穴が開く。人が通れる程度にまで穴を広げると、その奥には明らかに隠し部屋と思わしき空間があった。


「当たりだね」


 通路の前からゴーレムをどかしながら、ノエインは緊張をはらんだ声で言った。

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