第209話 儲け話と急展開

 フィリップとの商談からさらに半月ほど経って。


 北西部閥の盟主であるジークフリート・ベヒトルスハイム侯爵から「急ぎ話したいことがあるから侯爵領まで来てほしい」と言われたノエインは、いよいよパラス皇国との戦争勃発を確信しながら領を発った。


 呼び出しを受けた翌週には侯爵領の領都ベヒトリアにたどり着き、早々に侯爵家の屋敷でベヒトルスハイム侯爵と面会する。


「急に呼び立ててすまないな、アールクヴィスト卿」


「いえ、私は北西部閥の一員でありますから、お呼びとあらば馳せ参じるのは当然であります」


「殊勝な心がけだな……さて、こうして呼び出したからには、相応に重大な要件があるわけだが。早く聞きたいだろう。本題に移ろうか」


「はい。ぜひお伺いしたく存じます」


 貴族特有のだらだらとした挨拶を潔く省略した侯爵に、ノエインも背筋を正して応える。


「……今年の晩秋に、ロードベルク王国はパラス皇国へと攻勢を仕掛けることとなった。つまりは戦争だ。とはいっても、この北西部で直接関わることになる貴族は少ないし、北西の国境防衛という任のある卿に出征しろと言うわけではないがな」


「……なるほど」


 ノエインは静かに答える。やはり予想通りだった。強いて言えば、攻勢の開始時期が予想より早いだろうか。今から準備をするなら来年の冬明け頃かと思っていた。


「驚いておらんようだな?」


「噂は耳にしていました。私も一応は自前の情報網を持っていますので」


「ははは、そうか。卿は抜かりがないな」


 微苦笑を浮かべるベヒトルスハイム侯爵にノエインも微笑で返す。


「もともとは王家の間諜が、来年あたりにパラス皇国が攻勢をかけてくるという予兆を掴んだそうだ。なので受け身になる前にこちらから攻め、冬の直前に退くことで敵の反撃を封じる、という計画が急きょ立てられた」


「なるほど、だから晩秋に攻めるのですね」


 冬になってしまえば、敵が大規模な反撃に出ることは難しくなる。晩秋の攻勢は、ロードベルク王国からすれば短期決戦で相手を一発殴りつける絶好の機会ということか。


「そういうわけだ。それでだな……王家からの強い求めもあって、他派閥の貴族に北西部独自の兵器や物資、つまりバリスタとクロスボウ、あとジャガイモだな。それらの販売を解禁することになった。そろそろ我々での独占も限界だ」


 そこで言葉を切って、侯爵は小さく嘆息する。


「……我々はジャガイモのおかげで農業生産力を高め、新兵器の導入で軍事力も増した。それらの下地をもとに今後は他派閥に先駆けて人口が増え、経済的にも発展していくだろう。数年にわたる独占の成果は十分にあったわけだ」


 そういう話はノエインも何度か聞いている。かつては地方派閥の中で最弱と言われた北西部閥も、このペースで発展すれば近いうちに三番手だった北東部閥を上回るだろうと。


 他派閥に輸出を解禁しても、ジャガイモや兵器が浸透するまで数年分のアドバンテージは維持できる。北西部閥の勢いは当面保たれるだろう。


「……輸出解禁の話を聞いても驚かんな」


「はい、まあ……こうなるのではないかと薄々思っていました」


「これも予想していたのか? 本当に可愛げがないな」


 冷静なままのノエインを見て、ベヒトルスハイム侯爵が面白そうに笑う。


「まあ、ジャガイモに関してはすでに密輸で他派閥にも少しこぼれ出ているようだがな。クロスボウも、見よう見まねで模造されたものが出回っているらしいが……正規品を堂々と買えるとなれば、欲しがる貴族は多い。東部の連中も、せっかくなら早速実戦で使ってみたいようだ。北東部と南東部の盟主たちから、私に輸出の段取りをまとめてほしいと頼まれたよ」


 そこまで話して、侯爵は鋭い目をノエインに向けた。


「ずばり聞こう。四か月で北東部と南東部に届けるとして、バリスタとクロスボウをいくら揃えられる?」


「……バリスタを20台、クロスボウを100挺といったところでしょうか。矢はその30倍ずつ」


 数秒考えた後にノエインは答える。既に北西部内の他貴族から受けている注文に加えて、今から追加で生産できるであろう数を正直に言う。


「輸送にかかる時間も込みで四か月だぞ? クロスボウはともかく、バリスタを20台も生産できるのか?」


「はい。我が領は兵器の効率的な量産体制を確立していますので」


 クレイモアのゴーレム使いたちを動員することで、バリスタ用の大型の金属部品も型鍛造で量産できている。輸送にかかる日数を除くと生産に二か月半ほど使えるとして、この数の生産は今のアールクヴィスト領なら十分可能だとノエインは考えた。


「……そうか。東部からはバリスタを計30台欲しいと言われ、北西部全体でおそらく半数程度しか用意できんだろうと返答したが……卿だけで三分の二は揃えられるわけか。残りは他の各領で分散して作ればいけるな」


 バリスタは北西部の主だった上級貴族たちには販売済みなので、彼らもそれをもとに同じものを作ること自体は可能だろう。生産効率はともかく。


「よし、では卿にはバリスタ10台と矢を300本、クロスボウ50挺と矢を1500本を十月半ばまでに北東部閥盟主のシュタウフェンベルク侯爵に、同数を十月末までに南東部閥盟主のビッテンフェルト侯爵に届けてほしい。彼らには私から話を通しておくから、卿はそれぞれの領都に品を送るだけでいい……どうだ?」


「……かしこまりました。このお話、喜んでお受けさせていただきたく存じます」


 ノエインはニコリと笑って侯爵の提案に頷く。


 その後も、バリスタとクロスボウの販売額や上乗せする輸送費などについての打ち合わせがしばらく続いた。


・・・・・


「ふう……笑っちゃうくらい予想通りの話だったね、マチルダ」


「はい。さすがはノエイン様です。素晴らしいご洞察です」


 話し合いを終えてベヒトルスハイム侯爵家の屋敷を出たノエインは、馬車の中でマチルダとそんな言葉を交わす。侯爵から話された内容はおおよそ想定済みだったのだから、実に楽な会談だった。


 おそらくこんな話を振られるだろうと予想して、ノエインは次の一手についても考えてある。


 ベヒトルスハイム侯爵領からアールクヴィスト領へと帰る道中、いつものようにケーニッツ子爵領レトヴィクに一泊。その際に、ノエインはマイルズ商会本店を訪ねた。


「お久しゅうございます、アールクヴィスト閣下。閣下の御名声は私も常々聞き及んでおりますれば、こうしてまたお会いできることを心より光栄に存じます」


「ありがとうございます。ベネディクトさんには私が開拓を始めた当初からお世話になっているのに、最近はあまりご挨拶にも来られずに申し訳ない」


「いえいえ、王国の英雄となられた閣下が私のような一商人を気にかけてくださること、言葉に表せない喜びにございます」


 商会の応接室に通されたノエインは、以前と比べてもことさらに丁寧に、揉み手をせんばかりに歓待してくれるベネディクト・マイルズ商会長と挨拶を交わす。


「さて、実は今回はお願いがありまして……」


「ほう、御用商人のフィリップ殿ではなく私にお声がけいただけるとは、またどのようなご用件でしょうか?」


「彼は確かに優秀な商人ですが、今回の用件については、彼のスキナー商会ではどうしても力の及ばない問題があるのです」


「となると……人脈、あるいは流通網に関することですかな? ああ、もしや東方で起こるという戦争に関係したお話ですか」


「……ご名答です。さすがは北西部有数の大商会を経営されている方だ」


 ノエインは素直に感心した。少ないヒントでよく察したものだ。やはり彼も伊達に商会長をやっていないということか。


「我が領で開発された兵器……バリスタとクロスボウを王国北東部と南東部に輸出することになったのですが、スキナー商会の流通網も知名度も、未だ北西部内に留まっています。アールクヴィスト家の最重要商品の輸出ということで私も御用商会を使いたいのですが、期日までに迅速に届けるために、マイルズ商会の力もお借りしたく――」


 北東部にも支店を持ち、さらに南東部についても多少は知っているマイルズ商会が力を貸してくれれば、道の選択や信用できる宿の確保、関所での手続きなどをよりスムーズに行える。確実かつ迅速に届けなければならない以上、東部での商売に慣れている商会の力を借りた方がより安全だ。


 なので、スキナー商会とアールクヴィスト家、マイルズ商会で協同で隊商を組んで東に行かないか、という提案をノエインは語った。


「いかがでしょう。重要兵器の輸送に貢献したとなれば北東・南東の貴族閥盟主からも良い印象を持たれるでしょうし、おそらく王家の耳にもマイルズ商会の名前が少しばかり入ると思います」


「それは……確かに魅力的ですな」


 ベネディクトは少し考えて、ノエインの提案に頷く。


 スキナー商会を同行させれば王国東部における安全で効率のいい輸送ルートの情報を与えてしまうことになるが、大貴族や王家からの覚えがめでたくなるというのは、その対価としては十分以上だ。北西部を出ればずば抜けて有名というわけではないマイルズ商会の知名度を、これでまた一段高められる。


 それに、彼らを東部へ連れていくついでに、マイルズ商会はマイルズ商会で戦争前の地域に高く売れる商品を持っていけばいいのだ。商品と名前を同時に売れる、東への遠征。なかなかいい商売になるだろう。


「かしこまりました。我々でよければ、喜んでお力添えさせていただきます」


「それはよかった。感謝します、ベネディクトさん」


 ひとまず話がまとまったことを喜び合い、ノエインはベネディクトと握手を交わした。


・・・・・


 マイルズ商会との話し合いを済ませれば、ノエインの用事は全て済んだことになる。翌日の午前中のうちにはレトヴィクを発ち、夕方前に領都ノエイナに到着した。


 護衛を務めるペンスが先触れに出たので、ノエインの乗る馬車が屋敷に着くころには当主の帰宅を迎える準備は整えられている……のが常であるが。


 いつもは屋敷の玄関前で家令のキンバリーが出迎えるはずが、なぜかそこに立っているのはメイド長のメアリーだ。しかも妙にそわそわしている。


「メアリー、何かあったの? キンバリーは――」


「の、ノエイン様っ! クラーラ様がっ! 少し前に産気づかれましたっ!」


 屋敷の玄関前に横付けされた馬車の窓からノエインが尋ねようとすると、メアリーはそれを遮って言った。


「!!!」


 それを聞いたノエインは、本来は使用人や従者に開けてもらうべき馬車のドアを自分で開けて飛び降り、屋敷内に駆け込む。そんなノエインの後を、マチルダもすぐさま追って走った。

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