第163話 蹂躙

 土壁を破壊してカレヌ村の中に突入した別動隊は、戦闘に備えて即座に陣形を組む。


 最前列はノエインのゴーレム二体を正面に、その左右にグスタフとセシリアのゴーレムが並ぶ。その後ろにクロスボウ兵20人が半円状に並び、さらにそのすぐ後ろをラドレーと彼が選んだ特に屈強な兵士6人が槍を持って固め、陣形の中心にノエインたちゴーレム使いとその直衛が立つ。


 陣形は瞬く間に完成したが、その頃には村内の監視にあたっていた敵兵や、他の方角の壁を見張っていた敵兵が集結して対峙してきた。東側の監視に立っていた敵兵たちもその隊列に加わっている。


「敵も動きが速いね」


「はい、さすがは貴族とその手勢です」


 陣形の内側でノエインとマチルダがそんな言葉を交わしていると、ノエインたち別動隊を囲むように布陣していた敵の、この場の最上位らしい男が進み出る。鎧を見るに、おそらくは下級貴族だろう。


「私はベラッド・アードラウ準男爵だ! この村は既に王国南西部の勢力範囲である! ただちに退けぇ!」


 ノエインも陣形の中央から少し前に出て、男に応える。


「私はノエイン・アールクヴィスト準男爵です。カレヌ村は開拓当初からヴィキャンデル男爵閣下の領有する村。そちらこそ不当な占拠を止めて南西部に帰られよ!」


 当然ながらお互いの主張が相容れることはない。


「アールクヴィスト準男爵? ……なるほど、ヴィキャンデル男爵め。自力で勝てないと考えて他貴族に泣きついたか。北西部貴族は軟弱よのう」


「自分では戦わずに下級貴族をけしかけるそちらの寄り親も大概では?」


 ノエインが小馬鹿にするような声色で皮肉を返すと、アードラウ準男爵は苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。


「……ちっ、話にならんな! 力づくで叩き出してやる! やれぃ!」


「同じ言葉をお返しします。構え!」


 指揮官の命令を受けた両軍が激突する……とはいえ、ゴーレムを有するノエインたちと普人の歩兵ばかりの南西部貴族軍では力の差は歴然だ。


「クソッ! 何て速さだこのゴーレム!」


「まさかあのアールクヴィスト準男爵が来るなんて! それに他にも凄腕のゴーレム使いがいるぞ!」


 そんな声を上げながら、敵兵は次々にゴーレムに弾き飛ばされていく。昨年の戦争をきっかけに、ノエインの存在は南西部でも多少有名になっているらしい。


「戦いづらいねえ」


「ゴーレムで殺さない程度に痛めつけるって、逆に難しいですね」


 最も安全な陣形中央からゴーレムを操るノエインは、左隣のグスタフと呑気にそんなことを話す。彼もセシリアも先ほどの突撃でゴーレムの圧倒的な強さを実感したためか、当初のような緊張はなくなっているようだった。


 本気で力を振るうことはない四体のゴーレムだが、それでもその重量の乗った攻撃は人間にとっては脅威だ。腕をぶつけられた兵士が数m吹っ飛んで地面に倒れ伏し、足で小突かれた兵士が近くの民家の壁に激突して意識を失い、南西部貴族の兵はどんどん無力化されていく。


「ちっ! 小癪な人形使いめが!」


 それでも、手加減して暴れるゴーレム四体では数十人の敵を全て止めることは敵わない。その攻撃をすり抜けた15人ほどが突撃してくる。その中には先ほどのアードラウ準男爵もいた。


「クロスボウ隊、構え!」


 それに対して、ラドレーの命令を受けた20人のクロスボウ兵が動く。


「なっ! この距離でクロスボウの水平射だと!? 俺たちを本気で殺す気か!?」


 敵側も昨年のランセル王国との戦争に従軍して、クロスボウの威力を目にしたのだろう。殺傷力の高いクロスボウが国内の貴族同士の衝突で持ち出され、威嚇ではなく明らかに自分たちに当てるつもりで向けられていることに慄いた。


「目は覆ってろ! 当たると失明するぞ!」


「気でも触れたか! これを本物の戦争にする気か!?」


 ラドレーが敵に呼びかけるが、その意味が理解できないアードラウ準男爵は動揺しながら叫ぶ。


「警告はしたぞ! 放てえっ!」


「や、やめろ!」


 ラドレーの言葉に従ったのか、あるいは本能的に急所を庇ったのか、手を上げて顔を守ろうとした十数人の敵を散弾矢が襲う。


 弦の張りを緩めて初速を遅くした、太めの針程度の散弾矢が20射で計140本。前方に広く飛び散った矢の多くは敵から外れ、または兜や鎧に弾かれるが、それでも数本ずつは防具のない無防備な部分に突き刺さった。


「がっ! 何だこれは……」


「くそっ! 痛えな!」


 クロスボウに貫かれることを想像したのであろう敵は、体のあちこちに極細の矢が刺さるという予想外に地味な痛みに戸惑い、または悪態をつく。


 左足と左腕、そして不運にも頬に矢を受けたアードラウ準男爵も、苦々しい顔でノエインの方を睨みつけてきた。


「こけおどしか? ふざけるな! おいお前ら! 舐めた真似をしてくれたほくせいうのやつらり……らんら? したあおかしい……うれとあしも……」


 次第に呂律が回らなくなり、左手の盾を地面に落とし、左足の膝をつくアードラウ準男爵。他の敵兵もそれぞれ矢を受けた部分が麻痺して、武器を取り落としたり倒れこんだりと戦闘不能になっていく。


「て、手が痺れて動かない!」


「立てない! 何なんだこりゃあ、力が入らない!」


 その様子を見ながら、ノエインはぼそりと呟く。


「勝負ありだね……ラドレー、一応彼らの意識を奪っておこう。このままだと麻痺した手足以外は動けちゃうわけだし」


「分かりやした。おうお前ら聞いたな、やるぞ」


 ノエインの指示に頷いたラドレーが、槍持ちの兵士を引き連れてアードラウ準男爵たちに近づく。


 そのとき、


「くっ……うおおおおっ!」


「っ!? まずい、肉体魔法だ!」


 片腕片足が麻痺してまともに立てなくなっていたはずのアードラウ準男爵が、鬨の声とともに立ち上がって爆発的な勢いで駆けた。魔力で体を無理やり動かしているらしい。


 凄まじい速さでノエインに迫るアードラウ準男爵を、やや離れた位置から止めようと走ったラドレーがあと一歩及ばず取り逃がす。


 準男爵は立ちふさがるクロスボウ兵を二人ほど吹き飛ばすと、そのまま拳をノエインに振りかざして飛びかかる。


「ノエイン様っ!」


 その前に立ちふさがったマチルダの回し蹴りを、アードラウ準男爵は振りかぶっていた腕で咄嗟に受けた。


 常人であれば腕が折れるであろう兎人の戦闘靴での蹴りを、しかしアードラウ準男爵は受け止めきり、蹴り飛ばされた反動で倒れるようなこともなく数歩後ろに着地する。


「ちっ! 獣人風情が――」


 生意気な、とおそらくは続けようとした準男爵は、最後まで言い切ることなく死角からタックルしてきたゴーレムに弾き飛ばされた。ちょうど飛ばされた先にあった石造りの民家の壁に激突し、勢いよく跳ねて転がり戻ってくる。


 準男爵を突き飛ばしたゴーレムは、セシリアのものだった。


「わ、私あの人殺しちゃいました……?」


「大丈夫だ、肉体魔法を使ってんならこのくらいじゃ死なねえだろ。お手柄だったな……すいやせんノエイン様、油断しました。俺の失態です」


 陣形の中心へと駆け戻ってきたラドレーがセシリアにそう言って安心させつつ、神妙な面持ちでノエインに頭を下げる。


「大丈夫だよ、彼が肉体魔法の使い手だなんて知らなかったし、魔法で一時的に麻痺を乗り越えられるなんて僕も思わなかったからね……『天使の蜜』の意外な弱点だな」


 昨年のオークとの戦闘では、おそらく体内に魔石を持つためにオークが『天使の蜜』に多少だが耐えたと報告が上がっていた。準男爵の今の抵抗も、それと同じ原理なのだろうとノエインは考える。


「無力化できたか確認しやす。もし起きてたら今度こそ抵抗力を奪いやす」


「うん、よろしく」


 地面に倒れたままのアードラウ準男爵にラドレーが近づく。


「……おろれ、ひひょうな」


「まだ意識あんのか、すげえなあんた」


 散弾矢とマチルダの蹴りとゴーレムの突進を受け、肉体魔法による強化もすでに切れている様子なのに、まだ恨み言を吐きながら睨みつけてくるアードラウ準男爵を見てラドレーは呆れ声で呟く。


 ラドレーも人並外れて体が頑丈だと自負しているが、この男も相当なものだった。まともに戦っていたらかなり厄介な敵になっただろう。


「体の痺れは一、二時間もすりゃあ消えるから心配すんな。戦いが終わるまで寝てな」


 そう話すラドレーに槍の石突で顔を殴られて、アードラウ準男爵は今度こそ意識を手放した。

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