第162話 攻撃開始

「……そう言えば、攻める戦いをするのはこれが初めてだな」


 カレヌ村奪還作戦の当日。村の東に広がる森の中で待機中に、ノエインはふと思ったことを呟いた。国内紛争とはいえ一応は戦闘に臨むために兜とローブの戦装束で、すぐ傍には完全装備でさらに小盾を持ったマチルダが護衛に就いている。


「確かに、ノエイン様はこれまで守る側ばっかりやってますね」


 ノエインの横で待機していたラドレーがそれに応える。白兵戦の得意な彼は、クロスボウではなく槍を装備していた。


 ランセル王国との戦争も、盗賊団との戦いも、ノエインは防衛側だった。攻城戦をするのは今回が初だ。


「まあ、心配ねえですよ。砦攻めは普通は守る方が有利ですが、こっちはゴーレムがありますからね。おまけに破城盾まで。ありゃあ反則ですよ」


「そうだね。どんなに矢を放っても止まらない攻城兵器なんて、自分が攻撃される側だったら絶対に嫌だな」


「敵さんはたまったもんじゃねえでしょう。あっちが領地侵犯したのがそもそも悪いですが」


「あははは、違いないね」


 攻城兵器はそれを運ぶ兵士が無防備になるのが弱点だが、ゴーレムならどれだけ矢を当てられても死ぬことも負傷することもない。弱点となる火による攻撃があっても破城盾が防いでくれる。


 そもそも破城盾は、本来はゴーレムが火矢などを防いで敵陣に突っ込めるようにとダミアンが開発したものだ。簡易の攻城兵器として運用するのは後付けの使い方である。


「……だからグスタフもセシリアも、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。こっちが圧倒的に有利だし、領軍兵士たちが二人のことはしっかり守るから」


「は、はい!」


「あ、ありがとうごじゃい……ございます!」


 傍らでガチガチに固まっているゴーレム使い二人に声をかけるノエイン。アールクヴィスト領では訓練がてら魔物を相手に一応の実戦を経験している彼らだが、さすがに人間相手の集団戦となると気楽には臨めないらしい。


 ゴーレムで戦うためにグスタフとセシリアも村内に突入することになるが、貴重な魔法使いである彼らを守るために、盾を持った兵が二人ずつ護衛に充てられている。絶望的に運が悪くない限りは死ぬことはないだろう。


『アールクヴィスト閣下、こちらは間もなくカレヌ村への攻撃を開始します』


 と、そこでノエインの脳内に、本隊と行動を共にするユーリの声が響く。ヴィキャンデル男爵領軍も聞いている手前、彼も家臣としての口調を保っている。


「分かった、それじゃあこっちもいつでも動けるようにしとくね」


『お願いします。本隊が敵を十分に引きつけたらまた報告いたします』


「うん。大丈夫だと思うけど、死なないよう気をつけて」


『はっ。ご心配には及びません』


 そこで、脳内に魔力が繋がっている感覚が途切れる。ユーリが『遠話』を切ったらしい。


「そろそろ始まるんですかい?」


「らしいよ。まあこっちが攻めるのはもう少し経ってからだねー。ぼちぼち準備だけはさせておいて」


「分かりやした……おうお前ら、いつでも殴り込めるよう備えとけ」


「「はっ」」


 ラドレーが指示を飛ばし、待機していた兵士たちがそれに応えて気を引き締め、装備をあらためて確認し始める。ラドレーの口調が荒いのもあってまるで盗賊か何かのようだとノエインは内心で思った。


「……マチルダ、頼りにしてるよ」


「お任せください。ノエイン様には指一本触れさせません」


 傍らのマチルダにノエインが微笑みかけると、彼女は無表情を保ったまま返す。


 そのとき、ノエインたちから見て北西の方向から男たちの鬨の声が響いた。ヴィキャンデル男爵領軍が攻撃を開始したのだろう。


「……始まったね」


「賑やかなこって。気合入ってますね」


 まるで祭りの音でも聞いているかのような気楽さで話すノエインとラドレー。決してやる気がないわけではなく、気を引き締めつつも余計な肩の力を抜いているからこその口調だ。


「うわ、ほんとに始まった……」


「た、た、戦ってる音がするぅ……」


 一方で、グスタフとセシリアは緊張がさらに高まって浮き足立っているようだった。


 それから間もなく、木の上を伝ってカレヌ村の様子を偵察しに出ていた獣人の兵士が報告に来る。


「敵は我が軍本隊への対応に兵力の多くを割いています。村の中に残っているのは村人を監視するための20人ほど、柵の見張りも各方角に5人程度いるだけです」


「ご苦労様。それじゃあ自分の班に合流して」


「はっ」


 女性兵士が他の兵士のもとへ走っていくのを見ながら、ノエインはラドレーに呟く。


「村内に侵入したら、僕たちが対峙するのはとりあえず30人強か」


「多くても40人ってとこでしょうね。どっちにしろまともな勝負にもならねえ」


 たった40人なら、ノエインたちのゴーレムで簡単に蹂躙できるだろう。捕まえ損ねた敵も散弾矢クロスボウで沈黙させていけば、大して苦労もなく勝てるのは間違いない。


 そろそろ別動隊も出撃かというとき、ちょうどユーリから「遠話」がまた繋がった。


『閣下、こちらは十分に敵を引きつけていると思われます。そちらもそろそろ』


「うん。今から奇襲をかけるよ。ヴィキャンデル閣下にも伝えて」


『了解しました。ではご武運を』


「ありがとう、頑張るよ」


 ユーリからの「遠話」が切れた後、ノエインは自身の率いる三十余名を見回した。


「それじゃあ行こう。前進!」


 敵に気づかれるほどの大声ではなく、しかし別動隊の全員に聞こえる程度の声量で言ったノエインに従い、兵士たちは森の中をそろそろと進む。


・・・・・


「……確かに東側の見張りは5人だけですね。わざわざ各方角を監視できるよう足場まで作ってんのか。手間かかってらあ」


 カレヌ村の木柵……というよりは土で補強されたもはや土壁と呼ぶべきものの上から、周囲を見張る敵を見てラドレーが呟く。高さ3mほどの土壁から顔を出せるということは、彼の言う通り壁の裏には足場が作られているのだろう。


「それも防壁の東側に均等に距離をとって立ってるね……監視が薄い部分がないや。奇襲も想定のうちなのかな」


「力づくで突破するしかねえですね」


 壁に囲まれた村落の広さは南北で200mもなく、そこに数十mおきに見張りの兵が立っている。ノエインたちは村の南東あたりから奇襲をしかけるつもりだが、これでは敵に気づかれずに突入するのは不可能だろう。


「まあ、ゴーレムなら何の問題もないか……グスタフ、セシリア、準備はいいね?」


「お任せください!」


「やってみせますっ!」


 覚悟を決めたのか半ばやけくそ気味に応えた二人に、ノエインは小さく笑う。


「各位、突入する順番は分かってるね? じゃあ……突撃!」


 ノエインの命令に合わせて、グスタフとセシリアの操るゴーレムが丸太の橋を抱えて走り出す。そこから少し距離を置いて、破城盾を構えたノエインのゴーレム二体が駆ける。


 その後ろにはノエインたちゴーレム使いと、護衛のマチルダや領軍兵士が続く。さらにその直後を、ラドレー率いる領軍兵士たちが追った。


 東側の土壁に立っていた敵の見張りたちは、森から飛び出して奇襲をかけてきた別動隊に一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに対応してくる。援軍を呼ぶためか一人が壁の裏に姿を消し、残る4人は橋を抱えて先頭を走るゴーレムに向かって矢を放ってきた。


 異常に俊敏に走るゴーレムたちは、敵の放つ矢をものともしない。敵もそれを分かっていてせめてもの抵抗をしているのだろう。


 間もなくグスタフとセシリアのゴーレムが堀に到達。丸太を繋げた橋を堀に渡す。


 それにタイミングを合わせて、ノエインのゴーレムが破城盾の先端を真正面に向けながら橋の上を駆け、土壁に突入する。三角形の鉄板を二枚張り合わせたような構造の破城盾の先端が、ゴーレムの重量から生まれる破壊力を一点に集中させて土壁に突き刺さった。


 一歩先に突入した右手側のゴーレムが、破城盾と併せた全重量をもって土壁をその中の木柵ごと突き崩す。数瞬遅れて左手側のゴーレムが突入すると、二つの突入地点を起点に、その間にある土壁がそのまま村の内側に崩れた。


 ちょうど攻撃地点の土壁の上にいた兵士が、壁ごと倒れて村内に転がり落ちる。他の見張りの兵士たちも、壁が破壊されたのを見て慌てて村内に逃げ戻った。


「よし、突破口が開かれた! 突入!」


 ゴーレム四体を先頭に、別動隊はカレヌ村の土壁の中になだれ込んだ。

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