第161話 作戦

 カレヌ村の状況確認が済んだところで、要塞化された村をどのようにして奪還するか、という具体的な話に移る。


「今のところ、我が方からは寄り子の下級貴族も併せて最大で200人弱の兵力を動員できる」


「200人……それは、なかなか多いですね」


 ヴィキャンデル男爵領の人口はカレヌ村を含めても3000人程度だと聞いている。寄り子とその手勢も加わるとはいえ、人口の5%以上とはかなりの規模の動員だ。


「とは言っても、軍人はうちの領軍兵士を含めて50人ほどだ。あとは領民の男を集めた徴募兵で、練度は期待できない」


 男爵領の規模から考えると、その編成は妥当なものだった。むしろ、人口1500人に満たない領地から正規軍人を30人以上も援軍に連れて来られるノエインが特殊だ。


「だが、カレヌ村からの避難民と、あの村に親戚や知人のいる者が多く集まるから、士気は高いはずだ」


「なるほど、それは頼もしいですね」


 見知らぬ貴族の軍勢に家族や親族、友人が捕まっているのだから、怒り狂って奮戦してくれることだろう。


「ああ。実際に、一度奪還のための総攻撃を仕掛けたときは徴募兵たちがそれは勇ましく戦ってくれたんだが……相手は貴族とその手勢ばかりで練度が高かった。おまけにあちらは要塞化した村に閉じこもっていたからな。そのときは200人以上を動員したのに決定打を与えられず、怪我人ばかり出て、結局取り返せなかった」


 そこまで語って、男爵は目を伏せた。


「……男爵家を継いで早々に村ひとつを横取りされて、もう何か月も占拠されているのに何もできない有り様だ。このままでは兵士も民も私についてきてはくれまい……」


「……」


 苦しげに言葉を吐いた男爵に、ノエインは何と返すべきか迷って黙る。


 先代ヴィキャンデル男爵は病を抱えて隠居し、昨年にこのノア・ヴィキャンデルが若くして後を継いだのだとアルノルドから聞いていた。当主になったばかりでこんな面倒ごとを抱えてしまっては、精神的に追い詰められるのも無理はない。


 これまでほとんど交流のなかった義弟に助けを求めたのも、本当は不本意なことなのだろう。


「……ああ、すまない。要らぬ弱音を聞かせてしまった」


 閣下、と自身の従士長にたしなめられたヴィキャンデル男爵が顔を上げて、照れ隠しのように笑った。


「いえ、どうかお気になさらず」


「ありがとう……それで、アールクヴィスト卿の兵士たちは皆その、散弾矢と言ったか? それを装備しているんだな?」


「はい。これがあれば、敵を殺めることなく簡単に無力化できるはずです」


 ヴィキャンデル男爵の問いかけにノエインは首肯する。


「それに、ゴーレムが私のものを含めて四体。ゴーレム専用の新装備もあります。これらがあれば、要塞化された村に突破口を開くことも容易いでしょう」


 ノエインから破城盾の説明を聞いたヴィキャンデル男爵の表情が明るくなる。


「なるほど……それならいくら補強されているとはいえ、農村の柵程度は簡単に破壊できそうだな」


「はい。これを踏まえてこちらで考えた作戦をご説明させていただいても?」


「……ああ。ぜひ頼む」


 ヴィキャンデル男爵が了承したのを確認して、ノエインはユーリに視線を向けて頷く。


「では、私の方からご説明いたします。まず、ヴィキャンデル男爵閣下の軍は本隊としてカレヌ村の正面、門の方を攻撃していただきます」


 会議机に広げられていた、カレヌ村内部と周辺の大まかな地図を指で差しながらユーリが話し始める。


「敵はおよそ100人ということなので、200人近い兵力による攻撃を受ければ防衛のために半数以上をそちらに割くでしょう。必然的に、門以外の防備は手薄になります……その隙をつきます」


 カレヌ村の北側、門を指差していたユーリが、次は森に面した東側の柵を指し示す。


「アールクヴィスト閣下率いる別動隊が森の中を通って村の東側に回り込み、敵が本隊に気をとられている隙に奇襲をかけます。ゴーレムが二体もあれば、丸太を組んだ橋を堀に渡すことができますので、そこへさらに別の二体が破城盾を構えて突撃し、木柵を破壊。ここを突破口にクロスボウ隊が村内へ入り、散弾矢で敵を無力化していきます」


「なるほど……そうして村内で混乱が起これば、門の守りにも隙ができて私たちが門を突破することも叶うだろうな」


「それも別動隊の狙いのひとつです。本隊による門の突破が叶えば、それが決定打となってこの戦いに勝利できるでしょう」


 実際はノエインたちが村内に入りさえすればそれで勝てるだろうが、ユーリはあえてヴィキャンデル男爵の軍が最後の決め手になるかのように話す。


 アールクヴィスト領軍を別動隊、実質的にはただの囮であるヴィキャンデル男爵の軍を本隊と称するのは、名前だけでも主力の立場をヴィキャンデル男爵に譲ろうというノエインの配慮だ。こうしておけば、男爵が中心となって南西部貴族を追い返したことにできる。


 その裏にはただの親切心ではなく、ヴィキャンデル男爵に実績を作ってもらい、領主としての求心力を高めてもらう方が、長い目で見てアールクヴィスト家の利益になるだろうという思惑があった。遠方に有力貴族の親戚がいると何かと都合がいいだろうという理屈だ。


「それと……うちの従士長はヴィキャンデル閣下の本隊の方に同行させたいと思っています。彼は不完全ながら対話魔法の才を持っていますので、彼の『遠話』を使えば本隊と別動隊で連絡を取ることが可能です。その方が都合がいいでしょうから」


「それは助かるが……いいのか? その、そちらの参謀役を引き抜いてしまって」


「ええ、構いません。私も何度か戦いを経験して、側近にお守りをしてもらわなくても兵を率いることができる程度には成長しましたから。そうだろうユーリ?」


「はい。今の閣下であれば、私が付きっきりになって指揮のお世話をしなくても問題ないかと」


 おどけた口調のノエインにユーリも生真面目な表情のまま冗談で返し、それを見たヴィキャンデル男爵側の下級貴族から小さな笑いが起こる。


「いや、私は決してそういうつもりでは……分かった。それでは従士長殿はこちらと行動を共にしてもらおう」


 結果的にノエインの指揮能力を疑うような言い方になってしまったヴィキャンデル男爵は、少し気まずそうな顔でそう言った。


「作戦の決行はいつ頃にいたしますか?」


「こちらは兵を集めて軽く訓練を行う時間が欲しいな。それに、別動隊が堀を越えるための橋も用意しなければ」


 男爵によると、堀の深さは普人がすっぽり埋まる程度、幅はぎりぎり跳び越えられない程度だという。そのくらいであれば、丸太を組んだ橋をゴーレムに運ばせて容易に乗り越えられる。


「こちらも柵の突破を想定した練習を少ししておきたいですね……それと、私たちも一度カレヌ村の様子を実際に見ておきたいので、偵察の機会をいただきたいです」


「そうだな。それでは諸々の準備と偵察の時間を考えて、作戦の決行は三日後ということでどうかな?」


「ええ、問題ありません」


 戦いに向けた話し合いがまとまったところで、アールクヴィスト領軍とヴィキャンデル領軍はそれぞれ準備のためにこの日から動き始めた。

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