第155話 新たな魔法使い①

 ロードベルク王国に生まれた者であれば、王族から奴隷まで全員が「祝福の儀」と呼ばれる儀式を経験する。


 十歳になるとミレオン聖教伝道会の教会で、あるいは司祭や司教を自宅に招いて受けることになる祝福の儀は、人の内に宿る魔法の才を探し出し、その者に才を自覚させることで魔法を使用できるようにするものだ。


 もし多大な魔力と優れた魔法の才を持っていれば、その者の人生は一変する。民からは「魔法使い様」と呼ばれて尊敬され、実力によっては貴族や王家に好条件で雇われ、さらに働きによってはその者自身が名誉貴族に叙されることさえあり得る。


「――では、この床の魔法紋様の中心に来てください。この円の中に両膝をついて座ってください」


「は、はい」


 秋のある日、領都ノエイナの教会では、この半年以内に十歳を迎えた子どもたちが集められ、ハセル司祭の指示に従って一人ずつ祝福の儀を受けていた。


 祝福の儀は穏やかな季節に執り行うのがよいとされており、平民や奴隷は年に二回、春と秋に教会でまとめて儀式を受けるのが一般的だ。


「次にこれを飲んでください。薄いワインに魔石の粉末を溶かしたものです」


「は、はい……」


 ハセル司祭に言われるがまま、今まさに祝福の儀を受けようとしている少年が手渡された杯の中身を飲む。酒を口にするのは初めてだったのか、途中で少し咳き込みつつもなんとか飲み干す。


「飲めましたね? では、両手を胸の前で組んで祈りの姿勢をとってください……それでは始めましょう」


 少年の頭の上に儀式のための魔道具である杖を掲げるハセル司祭。彼がそこへ自身の魔力を込めて起動すると、杖に刻まれた魔法紋様が光る。


「おお、神よ。大空の父、そして大地の母たる唯一絶対の神よ。その庇護と慈愛のもと、血の巡るが如く川はせせらぎ、息吹の巡るが如く風は吹き――」


 ハセル司祭によって、長い聖句が語られる。


「――その偉大なる御手をこの幼き子にかざし、その内に秘められし祝福を示したまえ」


 この聖句が終わるのに合わせて、司祭の持つ杖は最後に一度大きく光り、その場に居合わせる者――儀式の順番を待つ他の子どもたちや、その親たちの視界をまばゆい白で埋め尽くす。


 この光が消えたとき、今度は祝福の儀を受けた子どもの体が輝きを放っていれば、その子どもは魔法の才を有していることになる。輝きが強いほど、その魔法の才は大きい。


「……おお、これは!」


 杖の光がそのまま移ったかのように体を輝かせる少年を見て、ハセル司祭は思わず声を漏らす。


 誰が見ても疑いようがなく、少年は魔法の才を、それも「魔法使い」と呼ぶに値するであろう大きな才を持っていた。


 後ろで見守る少年の父親も目を見開き、他の親子も驚き、その場にざわつきが広がる。当の少年は両手を組んで目を閉じたまま動かない。少年の頭の中には、今まさに自身の才がどのようなものか自覚するための神の言葉が流れ込んでいるはずだった。


 やがて少年の体の輝きが収まる。


「皆様、どうかお静かに……コンラートくん。どのような魔法の才を授かったか、説明できますか?」


 授かったのがどのような才かは、儀式を受けた本人にしか分からない。ハセル司祭はその少年――コンラートに尋ねる。


「は、はい、えっと……会話の才、って言えばいいんでしょうか。遠くにいる人とでも、言葉の違う人とでも、会話できる魔法の才……みたいです」


「……なるほど、対話魔法の才でしたか」


 対話魔法は、「遠話」や「翻訳」によって常人の限界を超えた対話を成す魔法だ。このコンラートの先ほどの体の輝きを見れば、おそらくは「対話魔法使い」と呼ばれながら王や貴族のもとで働くのに十分な能力も持ち合わせている。数十kmも離れた者と言葉を交わし、遠い異国の民とも意思疎通ができる能力を。


「おめでとうございます、コンラートくん。あなたは大きな可能性を秘めた存在です。そして……御父君もおめでとうございます。今日この日、あなたのご子息の将来は開けました」


 ハセル司祭はそう言って、目の前の少年を、そして少年の後ろに立つ彼の父――リックを見た。


・・・・・


 息子コンラートの祝福の儀を見届けたリックは、彼を連れて教会を出た。


「……ははは、驚いたな。まさかお前にこんなに凄い魔法の才があるなんてな」


「……う、うん。そうだね父さん」


 家までの道を歩きながら、リックはまだどこか夢心地のコンラートと言葉を交わす。


 成人して間もなく結婚し、その翌年には生まれたのがこの長男だ。生まれ故郷の開拓村が紛争に巻き込まれた際には、妻とまだ幼いコンラートを連れて逃げ、王国西部をさまよい、やがてアールクヴィスト領にたどり着いた。


 豊かな新天地でコンラートはのびのびと成長し、そして今日、魔法使いになった。


 本人も喜びと困惑の両方を抱えているだろうが、それは父のリックとて同じだ。息子の前に突然開けた可能性があまりにも大きすぎて、何をどうすればいいのか分からない。


「……とりあえず!」


「っ?」


 リックが突然明るい声を出し、並んで歩いていたコンラートは少し驚いて父を見上げる。


「今日はお祝いだ! 母さんに美味いものを作ってもらおう。金は俺が出すから、この領都で買える食材なら何でも好きなものを言っていいぞ!」


「……ほ、ほんとに?」


「ああ、本当だ! めでたい日なんだからな!」


 努めて明るく話すリックを見て安心したのか、コンラートもいつものような笑顔を見せる。


 息子がこれからどのような道を進むのか、自分はそれをどのように支えればいいのかは分からないが、それは従士長ユーリや領主ノエインに相談すれば助けてもらえるだろう。


 まずは、今は、息子の将来が開けたことをただ喜び、祝ってやるべきだ。リックはそう考えた。


・・・・・


 祝福の儀の翌日。長男コンラートの魔法の才について、リックはまずは自身の上官であり、不完全ながらも対話魔法の才を持つ従士長ユーリに相談することにした。


「そうか、対話魔法の才を……それも俺みたいな半端なものじゃなく、完全な才を授かったのか。よかったじゃないか」


「ありがとうございます。それで、今後のことなんですが……俺じゃあ息子に何も教えてやれないし、それどころか俺もどうすればいいのか分からなくて。恥ずかしながら」


「ははは、無理もないだろう。気にすることはない」


 深刻そうに語るリックに、ユーリはあえて気楽な声で返す。


 元は田舎の農民であるリックには、ある日いきなり魔法使いになった息子の導き方など分からなくて当然である。本人は何も悪くない。


「まあ、俺もこれでも対話魔法を便利に使ってきたからな。訓練方法や魔法を使うときの注意なんかは教えてやれるが……あとはお前の息子がどこでどう生きたいのかの問題だな」


「……そう、ですね」


 対話魔法使いは希少で、なおかつ非常に有用な存在だ。「遠話」を使えば馬で一日かかる距離にいる者と会話ができるのだから。


 王家は破格の待遇で対話魔法使いを雇い集め、王都から各地方へ届く通信網を築き上げている。対話魔法使いの多くはこうして王宮魔導士となるので、貴族が個人的に抱える例は少ない。


 リックの息子コンラートも、もしかすると王のもとに行ってしまうかもしれない。そうなればその後の人生で会う機会は数えるほどしかなくなるだろう。親としては喜ばしくもあり、寂しくもある。


「どっちにしろ、まずはノエイン様に報告しないとな。お前の息子とも一度会ってもらって、今後のことについてノエイン様から直々に話をしてもらおう」


「……はい」

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